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2007/07/19

永遠の学生

ホテルから大学への道は世界遺産にも
指定されている旧市街を通る。

本当に楽しみで、しかし
二日だけである。

そう、もうあっという間に終わってしまった。

ミラベル公園を通る。
美しい。

ヨーロッパの庭園は幾何学
に基づいており、
日本庭園とは異なるプラトン的
領域を刺激される。

会場に着き、Jim Laukesを
見ると、何やら見覚えのある
Tシャツを着ている。

「あれ、それ!」

ボクが数年前につくった
「Qualia」のTシャツをJim Laukes
が着ていてくれた。

Einsteinを組み合わせた画像は、
qualia-manifesto.comのトップページに
掲示していたもの。
復活させようかしら。

自分自身のトークは、
The origin of non-locality in consciousness
という題。
質疑応答が楽しかった。

二日間たっぷり量子力学と意識の
関係について考えた。
いろいろ議論もした。

魂の洗濯をして、戻る。

ボクは学部を出た後学士入学して、
博士課程に行ったから、計11年
大学生をしていた。

カナダのホストファミリーの
Vernaが呆れて、
Ken、あなたはeternal studentを
やるつもりかと言った。

もしそれだったら、お金持ちの
女の人と結婚しなさい、
そうすれば、一生勉強できるよ、
とVernaは言った。

お金持ちうんぬんはともかく、
「永遠の学生」というのは
そんなに悪くないと最近思う。

脳の学習はオープンエンドで、
学ぶことが沢山あるということは、
小学生でも、年経た研究者でも
変わりがない。

研究も、創造も、広義の学習の中に
含まれるとボクは思う。

外国の大学のカフェテリアで
ランチをとりながら
話をするというのは独特の
楽しさがあるが、
それも今日で終わり。

ヘルムート、フランシスと
喋りながら「最後の昼食」を摂った。

自分の発表が終わり、
それが一日の最後のセッションでもあった。
田森佳秀、院生のトミタくんと
旧市街にぶらぶらと歩いた。

カフェトマゼリでビールをのむ。
しかし、この二人といると、
「ザルツブルクで優雅な時間を」
というのとは違う雰囲気になるのである。

トミタくんが首に下げているタオルには、
「北國新聞」と染めてあった。

近くで子どもがトランペットを
吹いていて、時々音を外す。
近くに、ステージパパのような
風体の男の人が立っていて、
観客が小銭を落とすと肯いていた。

その様子を見ていて、ボクは
モーツァルトを思い出してしまった。

ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトは
まさにこの街で育ち、
そして6歳の時からヨーロッパ中を
旅して演奏した。

それは、「こんなに小さな子が
立派に演奏する」という多分に
「見せ物」的な要素を含んだ
興行であり、実際、モーツァルトは
大きくなって「見せ物」としての
価値がなくなるにつれて苦労した。

モーツァルトの生涯の前半は、
子どもの見せ物から本物の音楽家への
変貌をいかに人々に判らせるかという
苦闘であった。

そんなことをぼんやりと想いながら、
ボクが本当に大好きなトマゼリの
空気を味わった。

田森のたっての希望で
ものすごく辛くしてもらった
インド料理を食べ、
ザルザッハ川のほとりで風に
当たる。

苦労なんて買ってでもすべきだなあ。

一生上り続ける。

一介の「永遠の学生」
でいいんじゃないかと思う。

7月 19, 2007 at 02:03 午後 |

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コメント

"Eternal Student"

いい言葉ですね。

生涯学習論なんかにももってこいの言葉だと思います。


俺もそれを自覚しながら、
「どこにも所属することなく学問を継続したい」
ですね。

投稿: Kashiroman | 2007/07/23 2:13:14

お友達に会えてよかったですね。
一緒に食べるゴハンも
おいしいというもので

ザルツブルクでインド料理を
激辛で食べるのも珍しい経験。
(しかし、わざわざ・・・)

私も今東京に向かっています。
結果、2週間の帰省。
来週には人生初のアフリカ大陸に
行ってきます。
正直、い、いきたくな・・・

経験は買ってでもしろは
私も座右の銘ですが、

先生との違いは、
先生はそれを楽しんでいて
私は面倒くさくて仕方ないと
いったところでしょうか。

どんなことにも、出会えたことの無い
経験と感覚が待っているもので、
自分の想像の範囲内がこの世の
全てと思うなと常に言い聞かせ、

無いお金と、
全く無い根性をひねり出し、
狭い感性と見地が
少しでも広がるようにと、

他力本願、
努力放棄で
祈りまくりです。

これだけ姿勢が違えば
そりゃあ得られるもの違いますわ。


投稿: soiyasoiya | 2007/07/20 15:52:32

毎日すごい大量かつ良質のブログですね。本当に驚きます。
茂木さんはどのくらいの時間でこれらを書く(キーボードを打つ)
のでしょうか?

投稿: かまくら | 2007/07/20 7:05:05

>しかし、この二人といると、
「ザルツブルクで優雅な時間を」
というのとは違う雰囲気になるのである。

お二人はそれなりに楽しそうだけど、
背後にあるザルツブルクの花が
がっかりしてうなだれています(笑)

投稿: 新屋敷 恒 | 2007/07/20 2:31:57

子供から大人への外見の変化にともない、
周りの見る目は変わる。
モーツァルトが経験した苦闘は、
子役が大人の役者として通じることを証明しなくては
ならなことに似ているのだろうと、私は思った。

子供の「かわいらしさ」は、多かれ少なかれ、
どんなきれいごとを言っても、見世物の要素を
含んでいるのだろう。

そして、親にとっては、子供はいくつになっても子供で、
きっとかわいいものなのだろう。

子供にとっては、親はいつまでたっても親で、
そこに、また世間の見る目とはちがった落とし穴が
あるように思う。

ときどき報じられる、親と子の関係の捻れが
原因または遠因となっている事件、
これは、上記の落とし穴にはまってしまったのだろうと
感じることがある。

子供はいつか、親離れをして自立する。
親はいつまでたっても、子供がかわいく、
「自分の子供だ」と思うので、それを寂しく思う。

しかし、それは親にとっての試練なんだろう。
「親って、損だね」と言った友人がいた。
きっとそうなのだろう。

子供から大人への脱皮のように、
親もまた、脱皮しなければならないのだろう。

投稿: aki | 2007/07/19 22:38:07

最近、脳のノイズは、地上デジタルの放送のノイズに似ているのではないかと考えたりする。電波の状態により、解像度が良くなったり、悪くなったり、画像の一部が、ノイズで更新されず残ったりする。


英語でご発表、ダウンロードして聞きました、ご苦労様です。

私は、英語が苦手で、よくわからない×難しい話=やっぱりよくわからない、このような状態に陥ってしまいました。でも、アインシュタインの猫の話が受けていたのは、わかりましたぞ(笑)

投稿: tain | 2007/07/19 22:20:54

「苦労なんて買ってでもすべきだなあ。

 一生上り続ける。

 一介の『永遠の学生』
 でいいんじゃないかと思う。」

この言葉が今、とても胸に染みる。人間、一生勉強だ。常に上へ上へと向上し続けるのが、人間の特権だ。

その死の瞬間まで、苦労をしながら、オープンエンドの脳の学習力を駆使して、多くのことを学び続けていく。

それが、人間にとっての最高の権利であり、また人生の大いなる歓びに繋がる筈だ。

人間はみな『永遠の学生』なのだと思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/07/19 22:13:59

映画「アマデウス」では、神童がそのまま天才に
なったような印象の描写でしたが実際には、決して、
そうじゃなかったんだ、すごい苦しかったんだ、と
しみじみ思う。私は遠くまで出掛けられないけど、
茂木さんのおかげで、幼いモーツァルトが
過ごした街を旅した気分になれて、感謝です。。。
庭園のお写真とても素敵、
Tシャツも、とっても素敵です、
首にかけたタオルも、すてき!
なんだか心なごみました。
こちらも、とても暑い一日でした。
茂木博士、皆様、ほんとうに、おつかれさまでした。


投稿: F | 2007/07/19 17:56:36

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