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2007/07/22

情報倫理

金曜日の夜。
どうも疲れていたらしく、
9時間くらいは眠った。

一度起きたのだけれども、
それから眠って、「時差スイッチ」
が入ってしまったらしい。

フジテレビで
『ベストハウス1、2、3』
の収録。

NHKで『プロフェッショナル 仕事の
流儀』の打ち合わせ。

須藤ユーリさんが
干したマンゴを「ほい」と
くれる。

現在フィリピンに取材中で、
一時帰国したユーリさん。

「マンゴ」の複数形は、
「男は行く」というスペルに
なることに初めて気付いた。

男ユーリ、ひとりフィリピンを行くのである。

竹内薫が、7月22日の日記で、amazonに載った自著の書評について嘆いている。

日本のネット文化において「匿名性」
が強いことについては、様々な
歴史的要因があるのだろう。

個人が言挙げしにくい文化風土、
俳句や短歌などの「雅号」、
巨大匿名掲示板の隆盛。

インターネットというと、
世界共通のように思うが、
文化は国によって大分違う。

ハンドル名などを用いて実名を
用いないというのは、日本に顕著な
現象であることは知っておいて
良いと思う。

アメリカのアマゾンでは、ブックレビューを
本名で書いていることを示す
Real Nameというサービスがあり、
その割合は多い。

韓国のSNSでは、実名が基本で、
SNSの中に親戚が全員いる、
という状態になっていると
東大の水越伸さんに聞いた。

欧米の著名人に会って、メールアドレスを
交換すると、何のひねりもない
実名であることが多い。

テレビのプロデューサーに聞いた
話だが、番組への意見を募集する時に、
本名、郵便番号、メールアドレスなどの
最低限の「属性」を書き込むことを条件に
すると、クオリティが格段に上がる
のだという。

「何よりも、文章自体がまともになる
んですよ」
とそのプロデューサーは言った。

個人名を明らかにして書けば、
それはその人の個人的な意見になる。

ところが、匿名で何かを書くと、
あたかもそれが社会の「空気」である
かのような錯覚が生じる。

ネットは世界を結んでいるにも
かかわらず、日本語圏は事実上
閉じているから、自分たちの
特殊性に気付かずに済ませてしまって
いることが随分多いのではないかと
思う。

インターネットというメディアは、
日本人にとって、自らの姿を
映す鏡になっている。

「匿名で書かれた意見は、無視して
かまわない」

極言すれば、そんな情報倫理を日本人も
少し持ったらどうかと思う。

7月 22, 2007 at 09:00 午前 |

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so-netの表示がおかしい点については質問メールを出した。 いつ改善されるのだろうか。 他のso-netブログについてはこうした表示の崩れはない。 お見苦しい点、ご了承ください。 (サイドバーの形式変更で対処しました 16時) ------------------------------------------------ ネット上での匿名(HN)・実名に関して考える。 たとえば批判や書評を行う場合は 文責ということがあるから、実名であることが望ましい。 また、そうでなけ... [続きを読む]

受信: 2007/07/22 17:25:06

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受信: 2007/07/25 22:41:42

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受信: 2007/08/16 13:59:03

コメント

はじめまして。
アカデミック・シェイクスピア・カンパニー(ASC)代表の彩乃木崇之(あやのぎたかゆき)と申します。
私ども劇団のメンバー一同、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」、毎回楽しみに拝見しております。
ネット上での匿名、私も常々疑問に思っていたところ、茂木さんの明快なご意見に触れ、同感。劇団内でもこの話題を持ち出してみました。
勝手ながら、劇団の公式サイト内にある私のブログ「代表の徒然」にトラックバックさせていただきました。
ご一読いただければ幸いです。
お身体、くれぐれもご自愛を。

投稿: 彩乃木崇之 | 2007/07/31 17:16:28

匿名性、ですね。勝手ながら「匿名=ハンドルネーム」と
解釈して話しをさせて頂きます。
ざっとコメントを拝読しましたが、補足事項を述べておいた
ほうが良いようなのでおじゃまします。

科学者・教授・○○会社社長・弁護士などは、「偽りの名(匿名)」を
用いては正しい論文や答弁が信憑性を失いますね?
「科学の現在」や「法律に則った叙述」に「偽りの名」は、
必要ないということです。

しかし、リングネーム・芸名・筆名等々があるのはどうして
でしょうか? 茂木さんの論理で考えれば、ハンドルネーム
(ネット)のみならず、皆実名でテレビ出演なり文筆業なり
すればいいということにもなります。

有名になれば「有名税」なるものがついてまわるのは仕方が
ないのはご承知のはず。特に日本は。

……持論で進めてもいいとは思いませんので、エピソードを
一つ。
一時期、モーターボートだったでしょうか。女性選手が性同一
障害を主張しており、性転換をし話題になりました。メディアは、
「性転換(女性→男性)」にスポットをあてていましたし、
周囲も応援していたそうです。
しかし、某番組でコメンテーターのピーコさんは、
「あたしの立場から言わせて貰えれば、初めは応援の声があった
ものの、風評や偏見は後から来ました」等と言った内容を述べて
いらっしゃいました。

ピーコさんは「芸名ピーコ」であって、実生活の「私」とは
異なる。これにより、自己を襲う「暴力性」から若干の回避ができる。

真意は判りませんが、この文意でお伝えしたい内容は、ご理解
頂けるかと思います。

それからもう一つ。匿名での発言は、(全てを相手には
できないので)切って捨てるのが利口な生き方、かもしれませんが、
匿名性を余儀なくされていながらも「悲痛な訴え」をされている
方等にも耳を傾けてくださいませ。


そうそう、「レディメイド作品」はどうなったのでしょうか?
全ての日記に目を通していないため、状況の把握はできませんが、
お時間がありましたら、メールでも頂けたら感激です。

長文失礼しました。

投稿: 久路毬(くろかさ) ゆう | 2007/07/27 8:32:30

>ところが、匿名で何かを書くと、
>あたかもそれが社会の「空気」である
>かのような錯覚が生じる。

これは、感じませんね。僕の場合。
むしろ、「我々は〜」とか「脳は〜」という言い方の方がそういった欺瞞に陥る危険性があるのではと考えます。

匿名であっても実名であっても、表れた言葉それ自体を相手にすれば良いのであって、その裏にいる人の事はどうでも良いのではないでしょうか。

匿名のネット社会を否定する事は、多様性を否定する事につながりませんか。

投稿: ミーさー | 2007/07/23 22:50:31

過去2スレに投稿していたら
自分のハンドルネームを見知らぬ他人の名前にされていた

怖くて止めた

なんでも管理人次第で出来るのがネット

今の世の中
名を明かさないことが身を守ることに直結している人種が
いるかもしれないとは思いませんか?
グロテスクな発想ですが・・


投稿: climb decoy | 2007/07/23 10:32:21

噂のネット人類(二十一世紀はじめの・・)
>>

私はいま、風のモバイラー&野村和生 とクレジットしてるのだけど

学生の頃 Rockin’onや音楽関係の同人誌などに投稿して

いたせいか 自分の名前や文章が活字になることに喜びを感じてしまう

ので 実名での署名投稿は極アタリマエの行為だと思っていたけどさ。

まあ「風のモバイラー」と野村和生の関係は不可分というか 漫才で

いう相方・・落語で言えばカミ・シモ・・要は使い勝手がいいので

そんな表記をしています。

で、茂木先生のクオリア日記での私の立ち位置は 前にも書いた覚えが

あるけど 茂木先生が大家さんである「めぞん一刻館ヌーヴォ」なる

仮想のアパートメントの二階に厄介になっている「ジュッカイの

身の上」の傘張り浪人(笑)・・どんな立ち位置やねん しかし。

まあそんなことで 自分の名前に対する「違和感」というものも

わからないではないけど不思議といえば、ふしぎな現象ですな。

姓名同一性障害!なんてね

ネット上で流通する・・やりとりされる「書かれたもの」というのは

ある面で観客席からの「掛け声」とか「野次」に似ている。

「成り駒や!」とか「ふるたああ そろそろやんないと暴れるぞ

代打オレ!やってくれーっ」とか・・

エンターテインメントとかユーモア(広義の)のないものって

ツマラナイのである ヨウスルニ

どうせやるなら 粋でいなせにみせようじゃねえか ブラザー 

いつ何時、観客席にカメラがパンされてもいいように!


投稿: 風のモバイラー&野村和生 from nomgroove.com | 2007/07/23 0:39:10

それを言ったらまず、新聞記事、雑誌の記者名を本名にすることが先だと思う。
まず、プロがお手本を見せるべきじゃないかな?

投稿: xx xx | 2007/07/23 0:23:47

匿名性はある意味、誰でもタイガーマスクに、なれると言う点である。

もちろん、弱いタイガーマスクもいれば、強いタイガーマスクもいる、凶器攻撃をするタイガーマスクもいる。彼らは、匿名掲示板と言うディベートのリングで日々戦っているのである。不思議だが、強いタイガーマスクには、誰も戦っては行かないのである。


テレビでやっていたが、モーツァルトの時代は、今と違い、観客は野次や居眠り、会話をしたりして、聞いていたらしい。茂木さんも慣れれば、気にしなくなるし、批評の内容によっては、ヒントになる場合もあると思いますよ。


私も、タイガーマスクとなり、某掲示板(2chでない)で、ディベートを楽しんでいたが、ある時「今の法案が、『骨抜き』にならないように。」と言う内容の事を、書いたら、翌朝、新聞一面全紙「法案骨抜き」等と見出しに書いていて、ビックリした事がある。

今では、法案等の「骨抜き」は電子辞書にも載っている。思わぬ事で、この日本の政治文化に貢献してしまった。ただ、素直に喜んでいいのか、今でも考える。

投稿: tain&片上泰助 | 2007/07/23 0:13:33

昨今の個人情報の流出などの問題もあります。
今では謝るだけですむぐらいの風潮にもなっている問題。
セキュリティーや、ネット上での犯罪を取り締まる有力な方法を確立しないで、個人情報をさらすのを普遍的にするのは難しいのでは?
茂木さんは飛び回っているのでわからないと思いますが、家にいると一日に何度勧誘の電話が来る事か。。
個人情報が飛び交っているのが常態化しているいるのです。
軍も持たず、公安のトップが日本国民を拉致する国家とつながってるような国です。
日本は特殊な国ですよ。

そういうよりどころのない国、コツコツ払ってきた年金すらわけわからなくなってしまうような国ですよ。政府、役所、国を運営している側の倫理観が崩壊しているのです。
そんな時代背景があって、自らを公的に公開して表現する事で生計を立てているわけではない一般の人が、自らの個人情報をわざわざさらして表現しますか?そんなもろいネットというまだ未熟な社会で。なるべくさらしたくないのが普通の安全意識では?
茂木さんのうらやましがっている国は、自らの国民を全力で守る事が出来る国です。
日本はそうではありません。
極端な話、今のようなネットなどのない時代、現実として拉致され不幸な人生を歩まれた方がおられます。そしてそれが何十年もたってやっと公にされる国です。今も国内に多くの工作員がいる事でしょう。
匿名性でうまれる倫理上の問題という一部の問題のために、自らの安全性を放棄する気はありません。
今のネット社会の形成の仕方からいって、そういう匿名で投稿される表現でダメージを受ける、そんな自らを公開しているような人たちが”知恵を絞って”何かしらの防御策を講じていくという事が先ず最初のステップなのではないでしょうか。
それで生計を立てているんでしょう。
だいたい本気で調べれば何者が書き込んだかなんてわかるはずですし。
今日のエントリーで書かれている通り、本名でしか書き込めないシステムにすればいい事でしょう。
本国のアマゾンが用いてるシステムを使えという圧力をかければいいじゃないですか?
所詮は、文字と映像、たまに音ぐらいのコミュニケーションです。そのコミュニケーションの限界を知り、過信せずにまだまだ形成段階であるネット社会を作り、育てていくべきだと思います。
ちょっと性善説に寄り過ぎでは?
私は、匿名性で成り立っているのに、ここまで秩序と倫理性が保たれている事の方が凄い事だと思いますが。

投稿: とうふ | 2007/07/22 15:13:55

>「匿名で書かれた意見は、無視してかまわない」

こういうことを堂々とおっしゃる茂木さんは
最高にかっこいいと思います。

一目あったときから(茂木さんのご著書ですけど)
信じてきて良かったです(笑)。

ブラボ~~茂木健一郎さん!!!

投稿: 新屋敷 恒 | 2007/07/22 15:04:40

茂木さんへ

「電車が来るまで」に気が付かなくて、さっき拝読しました。
私事ですが、母が入院手術することになり、その準備で、
今ばたばたしています。私は携帯持ってますが電話のみ、
メールしなくて、pcを設置した自宅まで帰らないと、
ブログが見られないのです。しばらくは、付き添いで、
家にいないかも、なので、感想のコメント途切れるかも、
クオリア日記は私の支えで、いつも見ていたいのですが。
もし失礼あれば、お許しくださいますように。
                 ご連絡まで。 ふみより


投稿: F | 2007/07/22 14:12:34

ネットに関する情報倫理のお話、深くうなずきました。
個人がものを言いにくい社会の反映がネットに現れると
いうお話は、うなずきつつも、なんと恐ろしい、と思います。

しかし、抑圧された自己が、どこかで出口を求めると
いうこと自体は、自然ななりゆきにも思えます。
それがねじれた形であることは望ましくありませんが。

日本が欧米民主主義的、自由経済主義的なシステムを
取り入れた社会でありながら、
文化的には、歴史的に連綿と続いているものが根底に
流れていて、その表面と根源との摩擦が、匿名性の公共の場に
現れているのでしょうか。

また、日本においては、メディア教育が欠片もなされていない
ことも、この問題の大きな要因の一つだとも思います。
イギリスでは、中学くらいから、メディアという科目があって、
番組作りの体験を通じながら、メディアというものを学ぶようでした。
基礎的なメディアリテラシーもないまま、
溢れる情報に接することは、決して幸福なことだと思いません。
ましてや、情報にかかわり、発信する側に立つなんて。

メディアでお仕事されることが多い茂木さんは、
日本におけるメディア教育、メディアリテラシーについて、
どのようにご覧になりますか?

投稿: aki | 2007/07/22 13:54:36

独りのユニークな人間がその人の全人格をもってして世界を引き受けるということで、それは当然のことであり、それでこそインディペンダントなユニーク性がそこにある。
村社会の発展系である日本は、ユニークを埋没させることで生きる術を養ってきた長い歴史がある。130年程度の時間ではDNAに染み付いた個人の生き方をそんな簡単に払拭することはできないのだろう。そうした生き方をするのは日本人だけではないが、少なくとも狩猟民族であった欧米の人たちを見ていて感じることは、インディペンダントな頼もしさである。その主張の内容はともかくとして、一個の生を胸を張って生きている。
日本という国の個の埋没性は現代という時代になっても依然として続いている。名前なき集団を続けている限り、世界市民としての市民権を獲得することは難しい。そのことは外交一つをとってみても明らかだ。
日本の若者たち、埋没をよしとせず、胸を張ってユニークを示せ。赤信号皆で渡れば恐くない? もうそんなことを言っている時代ではない。

投稿: 岩佐英一 | 2007/07/22 13:38:23

匿名と顕名にも大きな違いがあると思います。
あとは日本の場合、本名だとうかつなことが他の国以上に言えない風土、というのもあります。
海外礼賛な考え方なら差し支えありませんが、
日本の土壌では、匿名で書かれた意見を全て切り捨てるのは単なる情報封鎖であり、
情報倫理というならばかなりレベルの低い防御の一となるでしょう。

投稿: 匿名、です | 2007/07/22 13:18:25

昨晩、とても怒っている夢を見た。

家の中には、たくさんの人がいて、
それは家族なのか、だれなのか分からない。
気が付くと、玄関の扉を、ぎいぎい、
道具を使って、だれかが外している。
「なにをしているんですか」と私は怒鳴ったが、
その人は、ちょっとした悪戯のつもりとでもいうように、
黙ったまま笑って走り去っていった。
扉は、勝手に、外されたままで。

そこで目が覚めた。
おかしな夢だと思いながら、
喉が渇いていて、
水を飲んで気持ちを落ち着かせた。

どんな言葉にも、言霊が宿っている。
自分から発した言葉は、
忘れたころ、ブーメランみたいに
いつか、自分のところに戻ってくる。
きまぐれに、言葉を用いてはいけない。
これは、いつも私が自分に対して、
言い聞かせているのですが。
ときどき、体調のわるいときには、
おかしな言葉が出てしまうから。

「もし、どんなに汚い言葉を浴びせられても、
 汚れたのは、あなた、ではない。
 そんな言葉を発した人が、汚れるのです。」
どこかで、そんな言葉をききました。

  よごれて、たまるか!

今、怒りながら書き込みしてます。
ごめんなさい。。。


投稿: F | 2007/07/22 12:25:14

私を含めて、人に本を薦める人には、お人よしで悪気がそれ程ないという面がある。竹内さんが落ち込む必要はないけど、影響力は無視できないのでしょう。
よって、推薦しない理由を書く場合には当然、常識と倫理が要る。

Amazonの書評は玉石混交で、しかも噴飯ものの石が多い。
私は3つAmazonに書いたが、熟読後に本音を書けるものしか投稿しない。そのため出版からはずいぶんと時間のラグができる。
新刊にすぐに飛びついて、一番乗りで書いている人は、どんな人なのか、理解できない。
もっと他にやることあるやろ。ヒマつぶしのための「書評」なんか、禁止!!

私fructoseは、限りなく実名に近いが、フルの実名がコメントの条件となったら、そうします。

意見表明で、本当に匿名でしか書けないようなものは、それ程多くない。

投稿: fructose | 2007/07/22 11:01:49

はじめましてこんにちは。

素人なので、衒学的になってしまうのですが、

日本には個人的な発言は後ろめたいと感じるとか、あるいはそう感じなければいけない、という風潮があって、防衛上やってるだけじゃないでしょうか
(?_?)

養老孟司さんは茂木さんとの対談で英語は嘘がつきにくい、と仰っていましたし(『養老孟司 アタマとココロの正体』)、言語的な問題かもですが。


いずれにしても、日本語では偽名を使わないと本音が言えないという事ですね。

この書き込みだって、茂木さんが耳を傾けてくれることがなければ「ふざけんな勘違い野郎!」と思われるかもしれないわけでー。

イラク人(たぶん)のサラーム・パックスの日記にはハンドル名がでてきますから。レジェンダリー・モンキーとか。

だから匿名は、非管理下にいることの表れではないかなと思います。

茂木さんも「顕著」といっているので例外があるという前提でお話はされているのでしょう。

雅号という事でいえば、ストリートカルチャーでは、仮名を名乗ってタギングしたりラップしたりしますし(笑)、エルトン・ジョンは芸名を本名にしたそうですから、芸名文化自体は日本に限ったことではなさそうです。

投稿: 斉藤大亮 (僭越) | 2007/07/22 10:48:17

「匿名で書かれた意見は、無視して構わない」…。

私もハンドルネーム(HN)を用いて、自分のブログを書いたり、この「日記」のコメントを投稿したりしているのだが、HNを使い本名を明らかにしないで、インターネットを通じてTV番組などに意見を投稿する、などといった傾向は、なるほどたしかに日本に顕著、というより日本独自の傾向といえる。

博士が本日のこのエントリーで挙げてくださった、さまざまな歴史的要因…。

個人が言挙げしにくい文化風土(=庶民がお偉方に意見したくても出来ないようにしていた、昔からの文化風土(徳川吉宗の頃の「目安箱」設置など例外的な時代も一時あったが))、

俳句や短歌、小説などの「雅号」、

そして現代における巨大匿名掲示板の隆盛…が私達にネット上で、個人名での意見を書くことをためらわせている。

しかしそれが、この日本のネット社会を、世界から閉ざされた「ブラックボックス」にさせている、大きな一因になっているのだ。

その「ブラックボックス」では匿名社会ゆえに起こる「いじめ」や「からかい」などや、その他さまざまな反社会的行為が横行している。

ネットは世界に開かれているはずなのに、何故か日本語圏という、事実上閉ざされた言語圏で形作られたネット社会であるがゆえに、匿名で意見する傾向が他国のそれと違って顕著になり、そのせいで特殊化した社会になってしまった。


そして私達はその特殊性に気付かぬまま、匿名にてブログやHPを開設したり、TV番組に意見を投稿したりしている…。

「匿名で書かれた意見は無視してかまわない」という情報倫理は、私達独り独りにこそ必要だ、とこのエントリーを読んで、痛切に思う。

そして悩んでいる。この「日記」へのコメントをこのままHN名義で書いていくべきかそれとも個人名を明らかにすべきなのか…。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/07/22 10:16:20

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