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2007/07/01

純粋で、強烈で、黄金だった

その時々の文脈に応じた
最大の負荷をかけ、
 今までは乗り切れなかったような
壁を超える。

 結局、そうすることが
人生における最大のヨロコビにつながる。

 そのためには、文脈に没入
することが大事である。
 他のことは考えない。
 「今、ここ」の文脈の中で、自分が
まだ登っていない高みを目指す。

 そして、後悔しない。

 
 「ドイツ箱」と呼ばれる標本箱の入った
ストライプの袋を
かかえて打ち合わせ室に入っていくと、
室山哲也さんや植木豊さん、兼子将敏さんが
「噂をすれば」
「茂木さんピザ屋さんみたいですね」
と声を上げた。

 「科学大好き土よう塾」の収録。
 「チョウの羽のふしぎ」
ということで、
 私が子どもの頃に集めた本の
標本を持参したのである。
 
 「これは何という蝶ですか」
 「日本の国蝶、オオムラサキです。」
 「いつ採ったものですか」
 「昭和45年、って書いてあるから、
ボクが小学校2年生の時ですねえ」
 「ううむ。標本そのものもそうですが、
そのエピソード自体がカンドー的ですねえ」
などなど、会話が弾んだ。

 昆虫分類学が専門の先生がつくった
立派な標本に混じって、小学生の私が
つくった懐かしくも拙い標本が
スタジオにセットされた。


「科学大好き土よう塾」の台の上の私の標本箱

土よう塾の収録は、最初の「ひらめきエジソン」
のコーナーはゲストは出ないので
余裕がある。

カメラ・リハーサルの時に、
室山哲也塾長、中山エミリさん、
そして三人の子どもたち
(凜ちゃん、舞帆ちゃん、尚樹くん)、
子どもたちに演技指導をしている
内海邦一さんの写真を
ぱちりと撮った。


福井茂人さんとスタジオで立ち話。
福井さんはいろいろスルドイ
質問をしてくるので気が抜けない。

本番も無事終わり、
自分の標本箱を胸に抱えた時、
さまざまなことがフラッシュバックした。

幸福の一つのかたちが
少年時代にある、ということは
よく言われる。

確かに、一つの蝶を追いかけ、
竿を握りしめて森の中に立っていた
あの静寂は忘れがたい。
純粋で、強烈で、黄金だったあの頃。

時を経た今、まさにあの時と
同じような
時間の流れを、「今、ここ」の大人の
文脈の中に招き寄せたいと
思い、
そうすると決意する。

そのためにどうするかという
ことを、今日の日記の最初に書いた。

7月 1, 2007 at 04:47 午前 |

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受信: 2007/07/02 4:49:33

コメント

 おはようございます。
霧雨ですね。
雨期の景色は情緒があって好きです。

 蝶の標本スゴいですね。
10歳にも満たない子がこんなのを
作れるのかと思うとヘコみます(笑)。
喜びに満ちている作品は
見ているだけで楽しくなりますね。

 喜びを見いだすために負荷を
かけているのだと聞くと
とてもせつなくなりますが

 森の中にいることそのものに喜びを
見いだしていて、
より手強い獲物に挑戦するような
無茶苦茶は、
聞く方もワクワクしてきます。

 楽しみながら集中して、
遊び心と共に新しい高見に立つような
そんな先生の黄金期となりますように。

先生が嬉しそうだと、
私も元気になれるのですよ。
 
次回の授業、楽しみにしています。

投稿: | 2007/07/02 13:00:05

私も、茂木さんの言う、「黄金」の感覚がありました。

保育園に行って最初の頃、頭の中が黄金色だった。

高専で5年間同じクラスメンバーで、最後の試験が終わり、卒業研究を発表するのを残す事になって、全員卒業する事になった時、頭の中が黄金色だった事を覚えている。

「黄金」の思い出に関して、日本書紀の「黄泉の国」の「よみ」を「黄」「泉」と書いたのと関係しているのではないかと思っています。


私は今病気ですが、病気でも出来るNPOに近い事業でもしようと思っています。

投稿: | 2007/07/02 0:45:34

「文脈に没入する」とは、「バカになれ」と同じことなのでしょうか?

投稿: | 2007/07/02 0:20:55

少年時代の大切さは、
人間形成においてもっとも大切なことのひとつのようですね。

茂木さんにとっての蝶のような存在、
森の中を歩き回った感覚、

自然に触れる機会の減った子供たちに、
それと同等の何かがあるのかどうか、

自分を振り返ってみても、
少々心配になります。

投稿: aki | 2007/07/01 23:12:08

今日、「フューチャリスト宣言」を読んで、今まで茂木さんを誤解していたことが分りました。
「アインシュタインより、ダーウィンを今目指している」わけですね。
よって、それまでのアインシュタイン型研究態度を10年前にガラッとダーウィン型に変えた訳ですね。
>沈思黙考瞑想したほうが、数段質の良いアウトプットがでる
などとこの前コメントしてしまい、申し訳ございませんでした。
これからも、ブログ楽しみにしています。

投稿: | 2007/07/01 21:04:58

拝見させていただきました。白洲さん初めて見ましたが、個性的な方なのですね。というか、みなさん全員個性的な方でした。刺激し合える仲間っていいですね。ペットボトルのお茶のお話は笑えました。

投稿: | 2007/07/01 20:32:08

「今、ここ」の文脈の中で、自分が
まだ登っていない高みを目指す。
 そして、後悔しない。

この週末 自分の未熟さにほとほと嫌気のさしていた今日。
茂木さんの言葉に また 救われた。ありがとうございます。
「後悔しない。」そう、一生懸命やったんだし・・・
できない今の自分に言い訳しない!!
次へのステップにする。
また、頑張る勇気が出てきた。

一番の問題は、最大負荷のかけ方、没入の程度。。。

投稿: | 2007/07/01 16:13:14

「今、ここ」での茂木さんの並々ならぬ本気。それでいて、”異なるものが対立したまま、そのままいる状態で良い”とする囚われない心。ここにも本気を感じます。

投稿: | 2007/07/01 13:49:09

写真綺麗ですね

蝶といえば揚羽で育った自分は
オオムラサキは標本でしか見たことがない

代わりに何を知っているのかと自問自答して
思い当たる答えは
赤紫蘇のところのショウリョウバッタは赤い、だったりする

フラボノイドとアントラキノンの違いだったか保護色か
小学生のうちに実験しておくんだった
今思いだしたので調べてみようと思った
ずっと昔の忘れていた疑問だった

投稿: | 2007/07/01 11:51:14

茂木博士の“今自分がいるこの文脈の中で、真剣に困難と格闘しながらおのれを燃やして、後悔しない人生を生きていこう”との決意が、きょうの日記からは伺える。

人間はその時々の文脈…「場面」と言い換えても好いだろう…に完全に没入し、その中で最大の負荷をかけつつ、おのれを完全燃焼させて、今までに超えていない困難の「壁」を超え、最大の歓喜を掴む。

その歓喜は、おのれ自身がこの困難を経てまた一歩、大きく成長できたという、充実した喜びなのだ。(またも生意気で済みません…)

自分も含めて、このゆるいわりには世知辛い世の中に生きる者は、中途半端に生きようとしがちだ。もう、そうなりたくはないと常に思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/07/01 9:57:42

「時を経た今、まさにあの時と
同じような時間の流れを、「今、ここ」の大人の
文脈の中に招き寄せたいと思い、そうすると決意する。」

この一節を読んで思いだしたことがあります。
それは宮沢賢治の「注文の多い料理屋」と言う本を読んだ
時のことです。不思議なことにその本を読み終わったら
いつの間にか私のこころに「少年」が生まれていたんです。

彼の中はきっと「少年」が生き続けていたのかも知れないと
ふと思いました。

「時間の流れ」を招きよせたいと、少年が生まれるのとは、
もしかしら違うのかもしれませんが、プログの「脳内現象」で
私が書いたコメントの「なんか今までの人とちょっと違う」と
感じたのはこのあたりから来ているのかもしれないですね。

どんな文脈が誕生するのか楽しみにしています。

投稿: | 2007/07/01 8:46:13

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