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2007/07/02

エイ!

神さまから誘われて、
四国の石鎚に日帰りした。

「神さま」というのは、NHKエデュケーショナル
で今『にっぽん 心の仏像』という
番組を作っている
神 央(じん あきら)さんの
ことである。

http://www.nhk.or.jp/butsuzou/

松山空港で、落ち合い、車で
西条市に向かう。

「あのう、やっぱり、子どもの頃から
神さまとかナントカ言われました」
「それはそうですね」
「仏という名字の人に会ったことが
ありますか」
「まだないです。」
「そもそも神というのは不思議な名字ですね」
「諏訪大社関係なのです。」
「ほう」
「諏訪大社に、昔稚児の生き神を祀る
風習があったんです。うちはその家系らしい
です。」
「なるほど」
「なかなかすさまじい風習で、厳冬期、
生き神となった稚児は穴の中に二ヶ月
籠もって、豊作を祈願などした
ようです。」
「ううむ」
 
ロープウエーの乗り場で、制作の
大澤未来さん、カメラの高橋愼二さん、
音声の平戸さん、照明の大沼静さんと
落ち合う。

奥の院で、蔵王権現三体が
毎年7月1日から7月10日まで
「ご開帳」される。

その「ご開帳」を見に来たのである。

ロープウェーで上る。



(左から)高橋さん、神さん、平戸さん


(左から)大沼さん、大澤さん

ボクは、蔵王権現は、吉野の金峯山寺
のものを見て以来、好きになった。

神さんと芸大の授業の後の上野公園の
飲み会で初めてお目にかかった時、蔵王権現に
小学生の時の自分を重ね合わせるの
だと話した。

ドリフのコントが好きで、ジョークばかり
言っていて、はね回っていた小学生
時代。

あの頃のパワーを一生持ち続けたいな
70、80のじじいになっても、
「もっと落ち着いた方がいいよ」
「君には成熟という言葉は似合わないね」
などとバカにされるような人生を
送りたい。

そんなことを話したら、
他にもっとマジメな仏像の話を
したのに、
神さんが「それいいですね、
ドリフで行きましょう。蔵王権現で
決定です」
と言って、石槌に行くことになったのだ。

さて、蔵王権現のご開帳。
私の想像を全く超えたものだった。

事前知識がなかっただけに、
全くのサプライズ。
本当に驚いた。

「ご開帳をお願いします」
と座って頭を下げると、
「はい、ご開帳!」
という声をして、
蔵王権現三体が、
踊りながら奥から出てきた。

高さ30センチほどの
お姿。

代々そのような役割をしてきた
という人たちによって、
蔵王権現が手渡しで
前に出てきて、
身体が宙を舞いながら、
「エイ!」
という気合いの声をともに、
拝んでいる私の頭や
身体に押しつけられた。

「エイ!」
「エイ!」
「エイ!」

遠くから尊いお姿を拝すると
いうのではない。
蔵王権現そのものが生命をもって、
私の身体の回りを舞うのである。

舞っているから、そのお姿を
しかと見ることができない。
しかし、だからこそ、仮想
が現実を補って、
生き生きと動き出す。

しかも、自分の身体と
直に接触する。
その瞬間、なにかが起きる。

私のご開帳が終わった後、
尾道からの家族連れがきて、
ご開帳を受けていた。

なるほど、これが本当かも
しれないと思う。
蔵王権現の由来やその性格を
考えれば、なおさらである。

このような風習は尊い。
ぜひ長く続いてほしい。

そして、日本にこんな信仰のかたちが
あることを、もっと多くの人が
知ることができたらと思う。

佐々木善教さんをはじめとする
奥の院の関係者の方々、
ありがとうございました。

蔵王権現は忿怒の相だが、
あれは自分の至らなさに
怒っているのだという。

自己批評の精神の守り神として
なるほどふさわしい。
ボクが蔵王権現を好きになった
理由がわかった。

行きも帰りも飛行機は寝た。

その気になれば、いくらでも
眠れる気がする。

時は経っていく。

とにかく暴れることである。

その気になれば、山岳信仰の
清澄なる空気を
都会に持ち込むさえも
きっとできる。

「今、ここ」と「彼方」
は別の世界ではないのだ。

7月 2, 2007 at 05:36 午前 |

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コメント

自分の至らなさに怒る蔵王権現。
自己批評の精神の守り神。
無神論者の私でも心がときめきます。

エイ!その気になって、俗なる聖を生きていきます!


投稿: 新屋敷 恒 | 2007/07/03 3:37:22

「稚児の生き神を祀る」などということがあったのですね。
どこの国だったか思い出せないのですが…
選ばれた小さな女の子を生き神さまとして
お寺に連れてきて、というのを見た記憶があります。
「クマリ」と呼ばれて大切に扱われ、右を見たり左を見たりの目線や
ちょっとした動作のひとつひとつまでを意味のある「ご神託」として
受け取とられる、まさに神さま。
ある年齢に達すると、また次のクマリを選び、今まで神様扱いだった子は
もとのお家に帰されてしまう。
家に帰れば、普通の少女としての生活が待っている。
家事などの日常生活の所作に不慣れなため、そのぎこちなさが
家族の中で浮いてしまう。
クマリであったときにずっと被っていた冠のような飾りのせいで
鬢のあたりの髪がうすくなっていたのが痛々しかった。。。
一番、生き生きして動き回っている時期に神さまになってしまった子は
どんな人生を送ったのでしょう?

「エイ!エイ!エイ!」で『やわらか脳』出版記念の講演会のときの
茂木さんを思い出しました。
ホワイトボードに書かれた字を「えい!えい!えい!」と
カワイらしく消していらっしゃいました。
ホントに、声に出して「えい!」って。。。(笑)

投稿: まり | 2007/07/02 23:57:54

私は、愛媛県出身、在住で、石鎚山に何度か登ったことがありますが、「蔵王権現」は、初耳でした。

1000年後、日本人が「ドリフ」を見たら、言葉がわからないが、面白い。どうして面白いのかと、大学などで研究されているかもしれませんね(笑)。

投稿: tain | 2007/07/02 21:49:24

>「今、ここ」と「彼方」は別の世界ではないのだ。

別世界でないということは、「今、ここ」と「彼方」は地続きということ、
あるいは「今、ここ」は即「彼方」ということなのかもしれない。

茂木さんのまわりを3体の蔵王権現が
「エイ!」「エイ!」「エイ!」
という気合いと共に、舞い躍る、という仮想。

おそらく、茂木さんにとっては、これは恐山の体験と同じく、得難い体験だったのでは、と思う。

写真を拝見したが、茂木さんのあとにご開帳を受けにきた家族の姿が何故か四国のお遍路さんを思わせる白装束なのが印象に残った。

たしかに、こういう山岳信仰のあることは、諸外国ばかりか国内のほかの所には知られてはいないであろう。

「萌え・ヲタ・アニメ」文化ばかりが日本文化だと思っている外国人が、この山岳信仰を見たら、如何思うであろうか。


>自己批評の精神の守り神として
なるほどふさわしい。

自分の至らなさにいつも怒っているという蔵王権現…。それが、茂木さんの目には、いつも厳しい自己批評を繰り返している存在に映ったのだろう。

ひょっとしたら、蔵王権現とは、人の中に秘められた、自己批評の精神が、憤怒の相の「神」の姿として表現されたものなのかもしれない…。

ところで…茂木さんにはやはり、70、80のじいさん、否、100歳(!)になっても、この世で、少年時代そのままの心を持ちつづけ、あのドリフのコントのように、大暴れしていただきたい…と思います。ハイ


投稿: 銀鏡反応 | 2007/07/02 21:23:08

昔、名前の由来からアニミズムの流れを
見出そうと思ったことがありますw

★名字順位検索です。由来もわかることがあります。
http://www.myj7000.jp-biz.net/search/fsearch.htm
神さんは1147位
茂木先生は395位
仏がつく名字は10種類
仏円さんが 14906位
仏さんが 34957位 全国たった約70名

★「茂木」姓の分布。
http://park14.wakwak.com/~myj/bunpu/0385.html
群馬と埼玉に多いんですね(まんまですねw

★百音図。
http://www11.ocn.ne.jp/~jin/S500M3B.htm

「moも:真に多い」
「kyiきぃ:柔らかなもの、木、布」
だそうです。

ネットって何でもありますよね。
ホントにスゴイですよね。

投稿: 槲 | 2007/07/02 19:41:24

仏、神。またこれらの像。

もし、オタクの彫刻家が自室で自作を飾っていても、これに広がりはないし、単なるそこにあるモノである。

しかし、像が歴史の中に置かれて、公開され、それに涙する人、額づく人、すがる人が発生すれば、それはモノでなくなり、影響力の発信装置となる。

発信装置としての神仏と人との相互作用の範囲と境界は、推し量りがたく、思わぬところで驚きを経験する。

私は50代近く続いた伊勢の神官の末裔の一人であるが、ある時占いでこれを指摘されて仰天した。その当てた人から理由を聞くと、オカルトとは全く思えなかった。確実にその雰囲気があるという。

かように、認識される真実と、認識困難であるが可能な人なら嗅ぎつけ可能な真実が混在している。そして、この事実を頭でこねくり回すよりも、体で感じようとするのが修行と思っている。

ゆえに修行は滅びない。

投稿: fructose | 2007/07/02 15:44:07

交通機関の発達によって
土地と土地との時間的距離が縮まると言う事に
違和感を覚えていた時期があった

なんだか都会に憧れを持っている自分とは正反対なのだが

有る土地にいて直ぐに移動で他の土地に行く
或いは自分の生まれ育った土地に帰る
その時の今からこっちの言葉だという感覚に自分が付いて行けない
言葉も全ていつもの様に自分らしく振舞えるのに
何かが違う

もう少し時間掛けて帰れば良いのかとも思った

でも空気を持ち込むのには時間は短いほうがいい
土地には良い物がいっぱいあるから
山の空気の都会の茂木さんはちょっと面白いかもしれない

投稿: climb decoy | 2007/07/02 11:58:09

石鎚山、昔、一度だけ登ったことがあります。
頂上はとても険しそうで途中までですが、
クマ笹や高山植物が印象に残っています。
ご開帳してもらって、茂木先生は益々パワーアップしたみたいですね~!


投稿: ティ・ティ | 2007/07/02 10:40:54

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