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2007/07/25

自発性の玉

聖心女子大学の広尾側の
門から上る階段に、
いつもの猫はいなくなっていた。

そこは日が当たって暖かい
ところなのだが、
むしろ涼を求める気分に
なったのだろう。

試験。
終わった人から
解答用紙を置いて部屋を
出て行く。

三百数十名が二つの部屋に
分かれて受けた。

電通の佐々木厚さんを交えて
ミーティング。

渋谷のNHK西口玄関まで
歩く途中で、小池耕自さんに
出くわす。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の初期、私と小池さん、それに
河瀬大作デスクが「極悪三兄弟」
を名乗っていたことがあったの
だった。

小池さんは、その後、
『クローズアップ現代』に
移られた。

イガグリ頭の僧侶的
印象の迫力は変わらない。

保江邦夫さんに
久しぶりにお目にかかる。

保江さんは、イギリスから
本物の
戦闘機の中古を輸入しようと
したらしい。

「オヤジが戦闘機乗りだった
んでね」
と涼しい顔で言う保江さん。

税関で止められ、廃棄処分の憂き目に。

交渉したところ、機体の一部は
入れられるということで、
岡山の実家の敷地にある。

グーグル・アースで確認できる
とのこと。

朝日新聞社の高橋真理子さんを
ご紹介いただく。

保江さんに、「君は変わらないなあ。
考え方も。感じ方も」
と言われる。

はてそうかしらん。随分沢山の
水が橋の下を流れたはずなのだけれども。

人間の内なるある種のものは、
決して育つのではなく
摩耗するだけではないかと思う。

どんな子どもも、生まれた落ちた
時に光り輝く自発性の玉のようなものを
持っている。
それが次第に摩耗していって
しまう。

大切にその玉を抱いていたい。

夜、『プロフェッショナル』の
アイガモたちを見る。

数ヶ月だけ水田を泳ぐその
生の最初に、カモたちは
光り輝く玉を一つひとつくわえて
いるように見えた。

(ココログのメンテナンスのため、
日記公開が遅れました)

7月 25, 2007 at 03:06 午後 |

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話すことが苦手だという意識が、 子供の頃からずっとあって、 それは、未だに取れることのない、 自意識の形になってしまっている。 何で緊張する必要があるのか、 分からない時でも、 いきなり緊張してしまう経験を、 何度も繰り返して来た。 緊張するということは、 話す内容それ自体が問題ではなくなり、 あがっているという状態の自分を、 そこに見つけ出してしまうのである。 けれども、他人がそう見ないことも、 最近は増えてきて、 場に慣れるということもあるかもしれないが、 とにかく、 とにかく、 困ったも... [続きを読む]

受信: 2007/07/25 21:30:53

コメント

「 大切にその玉を抱いていたい。 」
☆ ・・ 私もそう 思いました。 ☆

投稿: | 2007/07/28 1:11:11

昨日 書き込んだのに エラーが出てきて書き込み出来ませんでした。
アイガモ農法
兼業農家の我が家に 鴨の夫婦がやってくるのは苗代の頃と決まっている。
水を張った田んぼにはいろんなお客がやってくる。
カラス 白鷺 そして鴨の夫婦・・・・・田植えが終わって「田の草とり」の頃にはもう誰も来なくなる。
コガモ達が勢いよく雑草を食べる姿は機械のようにも見える。
我が家ではやさしい除草剤を使うがやはり 草取りはしないとならない。
下手をすると「ひえ」がびっしりと言うこともある。
なかなか 農業も大変です。
テレビを見ていて 青森のりんご農家の事と重なって見えた。

投稿: ウロウロおばさん | 2007/07/26 10:23:50

>光り輝く自発性の玉のようなもの

これがもしたましいだとしたら
磨耗させないように

>大切にその玉を抱いていたい。

と思います。

投稿: 新屋敷 恒 | 2007/07/26 5:24:58

>人間の内なるある種のものは、
決して育つのではなく
摩耗するだけではないかと思う。


人間の記憶には、ニューロン回路が生まれて記憶されるものと、ヒューズのように、回路が切れて、記憶されるものがあるかもしれませんね。


地デジテレビの、アイガモは、毛のポワポワが見えて、可愛かったです(笑)。

投稿: | 2007/07/26 0:56:23

どんな子どもも、生まれた落ちた
時に光り輝く自発性の玉のようなものを
持っている。
それが次第に摩耗していって
しまう。

まったく同感です。

私はキリスト教徒ではないので間違っていたらごめんなさい。
キリスト教では、『人は生まれながらに業を背負って生まれる』
というものがあるそうです、だからその業を解消するために人は生きてゆくという考えは私には難しいです。
人は生まれた瞬間は純粋で汚れないもんだと信じてます。私は人間は生れ落ちた瞬間に持ちえたものが、一生守りぬくべきものだと思います。

昨日息子が生まれました。

自発性の玉を大事に育て守っていって欲しいと思います。

投稿: | 2007/07/26 0:15:51

「プロフェッショナル仕事の流儀」でいつも思うこと。
どの職業の方も、みなさん、自然で真直ぐな笑顔が美しい。
そのように編集されているのでしょうか?
でも、あの笑顔は作られるものではないと言う気がしています。

先日、NHKで「ハチドリ」を目一杯映した番組を見ました。
人の目には見えないほどのものすごいスピードで羽根を動かす
美しい小さな鳥、
それをスローモーションで見せてくれていました。 
文明の進化に感謝したい程の美しい映像でした。

番組の事はさて置き。。

蜜を求めてブンブンと動き続けないと死んでしまうという
ハチドリを見ていて、茂木さんを思いだしました。
ごめんなさい。

投稿: sakuranomori | 2007/07/25 23:47:44

 こんばんは。

生まれ落ちた時に持っていた自発性の玉とは、恒星の自ら光を放つ星みたいな玉でしょう? アイガモの命短し・・。人間の為、と思うと何かしら犠牲にせずには成り立たないのですね・・。
 
昨日の、プロフェショナル、良かったです! いつも面白いけれど。
化学って、やっぱり後追いで、自然の威力にはかなわないのですね~。先ほどは、「ペントハウス123」も見てました~♪
自然の力と人間の化学は張り合って、どっちが勝つのかしら?って感じですね。
昨日の、成るに任せる、って言葉、無理がなくっていいなあ~、今の私の心に染み入るフレーズでした・・。

それから、ピンクのワイシャツ似合って素敵でした。

投稿: | 2007/07/25 23:33:57

>はてそうかしらん。随分沢山の
>水が橋の下を流れたはずなのだけれども。
美しい言い方ですね。私は最近、はしひめさま、になんとかして下さるよう、お願いしています。

投稿: CUSCUS | 2007/07/25 21:02:16

子供のころには誰でも持っていた、まばゆく光り輝く玉。
大人へと成長するにつれて次第に磨り減っていく、自発性の玉。

気がついたら、その玉は、眼に見えないくらいの大きさにまで
磨耗していた…なんてことになっていたら、
その時は、心も身体も老いさらばえている、ということなのだろう。

肉体は老いても、やはり心までは老いさらばえたくはない。

せめて、できるだけすり減らし過ぎないように、その玉を抱いていくならば、心にいつまでも子供の頃の輝きを失わずに、一生を生き抜いていけるだろう…。

投稿: 銀鏡反応=ヤマダミユキ | 2007/07/25 20:59:33

「子供の玉」!!
科学する人には一生、持っていてほしい。

マンガも同じですよ!!

投稿: 長谷邦夫 | 2007/07/25 20:34:26

茂木 先生

●こんばんは.昨日は私も同時刻に「プロフェッショナル」を見てました.古野さんが大学の先輩と知るや否や,たいへん身近に感じました.とくに

 ・種々の「失敗」から学ばれる謙虚な姿勢
 ・ロバストな「精神性」

に感銘しました.

●以前「戸畑」に住んでいた頃の話しですが,仲間たちと「お米づくり」をやっていたことがあります.ご存知のように「北九州」は工業地帯なので,近隣には「田んぼ」がなく,山口県の「滝部」まで出かけておりました.車で片道2時間半の場所です.

●お盆を過ぎたころ,「現場」で事件が起こりました.それは昨日の放送にも登場した「稗」です.その「稗」が大繁殖して「人間」の背丈よりも大きくなっていたのです.私たちも無肥料・無農薬にこだわっていたので,人海戦術で「草取り」をやりました.お米の収量は隣の「田んぼ」とあわせて「一俵弱」でしたが,「失敗」から学ぶことも多々ありました….

●「滝部」は風光明媚な場所ですが,日頃アクセク働いている時間とウイークエンド・ファーマーをやっている時間の流れは,まるで違います.とくに「大の字」になって空を見上げながら,ゆっくりと流れる雲を眺める….そんなマッタリした時間が最高の至福でした.一介の人間が「自然との共生」,「自然と一体化」と言えばオコガマシイですが,自然の中の一部と言いますか,「自然順応」を体感することができました.

投稿: | 2007/07/25 19:38:16

昨日は朝から、ずっと忙しくして、
暑さで、ふらふらして、夕方帰宅。
夜、「プロフェッショナル」を見てから、
感想コメント、送付しようと思い、
遅い時間に長々書いたんですが結局
送れなかったです。メンテナンスでした。
でも、アイガモ、ずっと楽しみにしていて、
見られたので、良かったです。
茂木さんがアイガモを手のひらに抱えて、
楽しい、って言われていたのが耳に残り、
いま、私は楽しい、って、ほんとは、
いえない状況にいますが、とにかく、
楽しい、っていう気持ちをしっかりと
捨てないようにしようと思います。


投稿: | 2007/07/25 18:30:10

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