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2007/06/26

修羅場

私が初めて海外の国際学会に行ったのは、
博士3年の時。
ノーベル賞を受けたアンドリュー・ハックスレー
さんの記念会議である。
アメリカのニューイングランド地方で
開かれた。

時代が違うと言えばそうだが、
私の研究室の学生は修士の時から
国際会議に行く。

修士2年で国際会議で発表ということを
ポリシーにしているので、
皆当たり前のように出かけていく。

修士2年の石川哲朗と、博士1年の
箆伊智充が発表する日だったが、
肝を冷やした。

以前から、「早めにパワーポイントを
作るように!」
「講演では何とか喋れても、質疑応答が
難関だぞ。相手の言っている
ことを聞き取れるかどうかわからないぞ」
などと脅かしていた。
二人ともやっていることは
やっているのだが、準備が遅れ気味に
なった。

前日になっても、できていない。
それで、私は、「明日君たちの
発表は午後からだから、午前に
会って、最終的に固めよう」
と言って別れた。

箆伊の研究は、主体性が視聴覚の
時間順序判断にどのような影響を
与えるかというもの。
石川の研究は、両眼視野闘争と
隠し図形の一発学習を関連させて、
初期視覚と高次視覚の間の
相互作用を統一的に議論しようと
いうもの。

内容は面白いのだけれども、
準備ができていないんじゃ仕方がない。

当日になって会って見ると、
まだ形になっていない。
会場の片隅で、二人の間を
行ったり来たりして、
スライドを作って行った。

途中、私には珍しく、
「おい、早くしないと間に合わないぞ!」
と大声を出してしまった。

後で、小俣圭や田辺史子に、
「茂木さんがあんなにテンパって
いるのを久しぶりに見ました」
と言われたが、それも仕方がなかった。

まともなパワーポイントなしで
30分も英語で喋るというのは、
いわば、下着をつけずに
人前に出るようなものである。

そんな恥をかかせたくないし、
私たちの研究室のreputationにも
かかわる。
だから必死だった。

データを取捨選択し、フレージングを
考え、ロジックを通した。
時間がどんどん経って行く。

田谷文彦と星野英一が
気を利かせてハンバーガーを
買ってきてくれる。

小俣圭と田辺史子も、テイクアウトの
チャイニーズを買ってきてくれる。

それを口の中に投げ込みながら、
作業を続けた。

二人とも英語での口頭発表は初めて
なので、できるだけ細部まで
文章でパワポに書いておく。

「ステップ数」の多い作業。
一時間前になった時、
もう間に合わないかもしれない、
と思った。

行ったりきたり、行ったりきたり。
トイレにもダッシュで行って
戻ってきた。

石川のスライドができたのは、
何と発表開始の5分前だった。

その場に及んで、
石川が、「茂木さん、このグラフ、
英語だとなんて説明すればいいんで
しょう」
と聞いてきた時には目の前が真っ暗に
なる思いだった。

そんなことを、今更言っている暇は
ない。

「とにかく落ち着いてやりなさい!」
とだけ言って、後は石川に託した。

本番。
座長が石川を紹介して、返礼で
「サンキュー、ミスターチェアマン」
という時の声は震えていたが、
すぐに立て直して、
途中からは見違えるほど堂々としていた。

箆伊も、いつものポーカーフェイスで
ひょうひょうとこなした。

二人の発表が無事終わったとき、
思わず「うわあ」と座り込みたく
なるほどの安堵感を覚えた。

一番長かった午後が終わった。

ホテル・ベネツィアン内の
バーで、サミュエル・アダムスを
飲んで乾杯。

小俣圭と立ち話をした。

小俣が、「ボクは生物のゆらぎに
興味がある」と言って研究室見学に
来た時から、歳月が経った。

小俣はずいぶん立派になった。
言うことも分別がついた。

学生たちは成長している。
石川と箆伊もきっと
今回の修羅場から何かを
つかんだろう。

夕暮れ時になっても
相変わらず
ヘアドライヤーのような
ラスベガスの空気。

今日で
終わりだと思うと
名残惜しかった。

今はこちらの時間で
午前5時40分。
もう少ししたら、空港に向かう。

6月 26, 2007 at 09:43 午後 |

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怒涛のような毎日の流れがあり、 昨夜も、やはり疲れていたのか、 11時半頃に眠ってしまった。 そうしたら、 なぜだか、 3時半の真夜中に 目覚めてしまった。 今日の木曜日も、 朝から2コマの授業があり、 午後は、学生が、就職の履歴書の指導に来る予定で、 また別の学生も、就職の面接の練習をして欲しい、 というメールが昨夜に届いたので、 それらを午後に行なう予定で、 その後も、夕方の4時半から、また会議が入ったので、 またまた、今日も忙しいことが予想される。 今日明日の書類の提出もある。 夏の... [続きを読む]

受信: 2007/06/28 5:30:17

» こういう日だってあろうけれど トラックバック なんでもあり! です 私の日記!! 
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受信: 2007/06/28 8:01:15

コメント

時代が変わって修士が普通に国際学会に行くことは、昭和は遠くなりにけりの一つの象徴ですね。平成生まれの大学生が普通の今ですね。

買い物香港ツアーのOLも国際学会で発表の修士も、国内では得がたい何かを吸収して帰ります。島国日本人の特権か。

海外出張の期間のことは、前後の記憶は全くないのに、いつまでも忘れない。

食い物で言うと、どうしても中華味が食いたくなって、夜遅くホテルから歩いて10分くらいの中華屋でビーフンをtake outした。途中でタバコを2回せがまれて緊張が走った。でも、帰ってみたら箸が付いていない。仕方なくボールペン2本で食ったことが今日も鮮明に甦る。

投稿: fructose | 2007/06/29 17:27:30

いつも楽しく拝見させていただいております。

修羅場を経験されたという事は、ほどよく色んな意味で報われたと解釈いたしました。経験はプライスレスですからね〔笑〕

渦中に居るときは笑えないですが、それを脱した時に、良い経験になっていく。と、言うよりそうしていく
そしてそれを糧にしていく。
上手くいったかどうかよりも、その経験をどう生かして行くか
そして、そこからどんな学びを得たか。

学生諸君、世間は意外とあなた達に期待している事に気づいていますか?

投稿: e_x | 2007/06/29 0:31:15

最後の最後に修羅場が来ましたねw

「仕事」は「テスト」と違って
完璧であることが大前提ですが
学生さんにわかってもらうには
時間がかかりますよね。

ウチの新人君がずっと
データバグを出すので

「あと3日したらデーターフィックスで
そしたらAクラス以外のバグは
直せないんだよ!」
と叱ったら

「じゃああと3日したら
Bクラス以下のバグは直さなくても
いいんですね。」
と伝説的返答をしおりました。

私達などはそれでも
周囲の人と揃って指導できるし
いざとなったらデータを差し替えられる
から良いのですが

先生の場合は一人でそこまで
生徒さんを引き上げなければ
ならないから大変ですね。

男の子が怒鳴られる位は社会経験w
人を動かすショートカットですよ。
捨てるもんもあるけんど

終わりよければ全て良し。
本当におつかれさまでした。
無事終わってよかったですね。

投稿: pomutyokin | 2007/06/28 7:52:54

お疲れ様でした。
読んでいて思ったのは、「師」との出会いのことです。
「師」を持つことがどんなに素晴らしいことか十年ほど前に
であった本の中にあった、ある人のコメントを思い出します。
っと言うよりも今もなお私は探しているのかもしれません。
その一節と言うのは・・・。

「私はその人を探しださねばならなかった。
私の心が次第に思いこがれはじめていたその人をである。
自分をより明確に理解し、知ることを助けてくれるようなその人をである。」

先日こちらで小脳のことが書かれてあって、私は中学卒業なので
通信教育の履修科目生にしかなれなかったのですが、
「脳とこころ」と言う教科の中で書いたレポートの小脳に関する考察のところに先生の感嘆符があるメッセージを頂きました。・・って、英語が読めないので未だに意味がわかりませんが、、、。

先生と生徒さんたちの交流を見るとちょっぴり通信教育でがんばっていた
自分を思い出します。

投稿: あすか | 2007/06/27 21:37:58

先生、お疲れさまでした!!!!

投稿: ちからいし | 2007/06/27 1:50:56

こんばんわ。

隠し絵の、初期視覚と高次視覚の一発学習、面白そうですね。

この場合、隠し絵の中に何が隠れているか、予備知識を持っている必要がありますね。
「この絵に、ダルメシアンが隠れている」、「この絵にキリストが隠れている。」と、聞いても、ダルメシアンやキリストを知らなければ、隠し絵の中に何が隠れているかわかりませんからね。


キティちゃんやポケモンが、なぜかわいいのか、なぜ売れるのか、関係してるような気がします・・・。
(ロ_☆).。oO(お金の香り!!?)


元気で帰国お待ちしております。

投稿: tain | 2007/06/27 0:49:40

今日の修羅場 
楽しく御仕事なさっているようす楽しく拝見させていただきました

ツアーで行くラスベガスとは全然違うのでしょうか
とは言ってもラスベガス自体行った事が無いのですけれども

砂漠の国から梅雨の日本へ
御無事でお帰りください
お待ちして居ります

投稿: climb decoy | 2007/06/27 0:37:07

せっかく修羅場を切り抜けられたのだから
もうちょっと、のんびりしていらしたらいいのに。。。と
思うのですが(笑)、こちらに帰っていらっしゃるのは
とても嬉しいです。

投稿: まり | 2007/06/27 0:17:58

>今回の修羅場から何かをつかんだろう。

極上修羅場を踏んで、世界を鷲掴みしたと
思います。

どうもお疲れ様でございました♪

私は、6月27日~7月2日迄、
茂木さんが、十代半ばで原書を読まれたという
『赤毛のアン』の島、
カナダ、プリンス・エドワード島に
L・M・モンゴメリの足跡を辿りに行ってきます。

投稿: 新屋敷 恒 | 2007/06/26 23:51:08

石川さんと箆伊さんの発表が無事終了して、本当にほっ、と安堵の溜息をつかれた茂木博士。

お二人とも慌てて準備をされたにもかかわらず、本番での発表は、堂々となされていたのが印象に残った。さすが!

学生の皆さんがこのように成長されゆく姿をみて、師匠の茂木さんも心から喜びを感じられたに相違ない。

話は変わりますが、前々日のエントリーに出て来た小俣さんの言葉が、自分の頭の、隅っこから離れてくれない。

「意識の問題を正面から解こうとするよりは、トンチ問題のようなことをしている人が多い」(趣旨)…。

今回のASSCに集っていた研究者の多くにとっても、意識の問題は扱うのが非常に厄介で、難しいものだということが、この小俣さんの言葉から改めて伺う事が出来た。

意識の問題がハードプロブレムだからこそ、彼の言うようにそれを真正面から捉えられず「トンチ問題のようなこと」に終始する研究者もいるのだろう。

茂木博士や、門下の皆さんのように、難問に真正面から向かって解こうとする、いわば正攻法の姿勢をとる人は、寧ろ少ないのだろうか。

仮令少数派といわれても、博士やその門下の皆さんは、心脳問題のハードプロブレム…意識の問題の解明…に、これからも真正面から立ち向かいつづけるのに違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/06/26 23:31:23

茂木さん、いつも愛読しています。
自分が発表するより教え子たちが発表する方が数倍緊張する。
特に国際会議のプレッシャーは曰く言いがたいですよね。
似たような経験を僕も何度かしたので、
思わず「わかる、わかる」と膝を打ちました。
発表が成功してなによりでした。お疲れさまでした。

投稿: 中山幸雄 | 2007/06/26 22:51:26

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