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2007/06/17

少し私も佇みたく

土曜日。

日経サイエンスで、国立情報研究所の
新井紀子さんと対談。

新井さんは、不思議な人だった。

「最初は法学部に行ったんですよ。」
「私と重なるところがありますね。」
「それから、数学が好きになった
んです。」
「むむむ?」
「イリノイ大学に6年間行きました。
数理論理学をやっていたのです。」
「それは、つまり法学部を卒業
してから?」
「日本に帰ってから、法学部を卒業
しました。」
「どういうことですか?」
「日本人には論理が欠けている
ように思うのです。」
「御意。」
「高校に授業に行くと、ワレワレハ
ウチュウジンダと言います。」
「誰がですか? ひょっとして新井さん?」
「ええ。」

といささか脚色が入っているが、
編集部の糸屋さんを笑わせる会話が
続いたのである。

詳しくは、日経サイエンスに掲載
される記事を見てください。

 新橋の第一ホテルへ。Domaniの
萬代悦子さんと、伊勢神宮や斎場御獄の
話など。
 
 少し時間が開いたので、「ボクは
そういえば街の中にいて時間があるという
人生から随分遠ざかっていたのだなあ。」
と思いながら、「かつや」という
店に入ったら、店員がみな中国の人だった。

かつどんを食べながら、店の中のひとたちを
いろいろと観察した。
きっと、向こうは向こうでも
こちらを観察を
しているのだろう。

確かに、私はかつどんを食べる時
七味唐辛子をかけるのです。

先日PCのインナーケースをなくして
しまったので、家電店に行く。
一週間くらいそのまま。
思えば、そんな短い
時間もなかったのだった。

購入し、ふらふらと携帯電話を見ていたら
店員が話しかけてきた。
「何かお探しですか」
「あっ、いや、その、電池を。」
「電池は、ここにはないのです。ドコモショップに
行かないとないのです。」
「はあ、そうですか」
「前回の機種交換から、時間が経っているの
ですか」
「いや、その」
と言って逃げた。

電池が使っているうちにメモリー効果で
ダメになってくるというのは経験的事実である。
量販店にはバッテリーをおかず、
ドコモショップというところに行かないと
買えないようにしているのは、
どう考えても機種交換をとっととしろという
陰謀のように思えてならない。

しかし、この地球温暖化のご時世に、
そんなことをしていていいのかと思う。

実に久しぶりに少し街を歩いて
(と言っても30分くらいだが)
なんだか、シャバに帰ってきた
人のような気がした。

シャバの空気は、なんだかしみじみと
暖かいよ。

日本テレビ。『世界一受けたい授業』
の収録。

ボクは浴衣を着た。

本格的な着付けで、トイレに行けないので、
収録前に「コーヒーを出しましょうか」
と言われて、「いいですいいです」
と断った。

終わって、仕事をしながら帰る。
なんだか呆然とする。

もっとシャバにいたいと思う。
駆り立てられるように何かを
しているばかりじゃなくて、
かつどんやドコモショップや
SL広場に佇むサラリーマンの
群れのような、
そんなシャバの中に少し私も佇みたく。

今日は原節子さんの誕生日である。

6月 17, 2007 at 07:08 午前 |

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コメント

>「最初は法学部に行ったんですよ。」
確か国立にあるH大学
>「それから、数学が好きになったんです。」
H大学には、Nさんという論理学者がいたそうな
http://www2s.biglobe.ne.jp/~hotori/
>「イリノイ大学に6年間行きました。
> 数理論理学をやっていたのです。」
イリノイは、Nさんの師匠の有名なTさんがいますね
>「日本に帰ってから、法学部を卒業しました。」
そのあたりはよく知らない
>「日本人には論理が欠けているように思うのです。」
数学よりも国語の問題だろうなあ
>「高校に授業に行くと、ワレワレハウチュウジンダと言います。」
相武紗季かっ!(w

投稿: JA | 2007/06/19 15:05:14

<原節子>について、昔フランス人留学生が面白いことを言って、それ以来、場面の度に思い出してしまうこと。

「世界中の映画に出てくる女性のヒップの中で、原節子が畳に斜めに座っている後ろからのローアングルシーンほどエロチックなものはない」、と言いました。

生ける伝説、ユニバーサル原節子様、お誕生日おめでとう。

投稿: fructose | 2007/06/19 0:32:01

普段、こういったコメントは書かないのですが、(今回、初めて書きました。)先日、「フューチャリスト宣言」、読ませて頂いて、感動が収まりません。
ますます、ファンになってしまいました。
ご自愛くださいませ!!

投稿: masa110 | 2007/06/18 18:06:41

昨日メールを送信したつもりだったのですが、失敗したのでもう一度送信します。浴衣の着付けでトイレに行けないという事でしたが、男の人って浴衣を着た時トイレに行かないもんなんですか?私は着付け教室に十数年通いましたけど、長着の着付けは少ししかしないのでよくわかりませんが、女性の着付けは、たもとに腰紐を入れておいてトイレに行った時、裾を腰までめくってその紐で縛るんですよ。男の人もおなじ……、違うんでしょうか…そこまで知りませんけど。すいません。下らないメールで。

投稿: 熊谷百合子 | 2007/06/18 17:11:58

 先生は大丈夫ですよ。いつだって今先生を囲んでいるものの外に出られますよ。今は自分をじっくりと感じる入る時間が作れるといいですね。でも色々な日常がそれをさせないのかもしれません。でも、先生はいつだって自由になれて、今自分を囲んでいるものを大切にしながら、同時に自分の好きな選択ができるんです。

 確固たる自分がいるかどうかは自分の思考選択ですが、周りの人から見たら、その人は確固とした愛すべき存在なんです。自分にとっては物凄い変化も、愛を以って眺めている人からすれば、同じ人なんです。お母さんが子供を愛するように、子供がお母さんを愛するように。子供が道草くったからって、反抗期に入ったからって、愛情はかわりません。子供や母親にアナタはイリュージョンだからだね、なんて言うヤツはネタにはなれど、愛すべき存在にも詩にも利用できない自己表現なんて、論議すんのも、メンドクセ。
 
 心が楽になれるといいですね。ゆっくり自分を慈しんであげられるといいですね。本当はみんな自分が一番わからないんだと思います。だから自分に一番時間をかけてあげなくちゃいけない時があるだと思います。なのに、他の人の悲しみとかは簡単にわかってしまうから、その人達の色々な整合性を自分で引き受けてしまって、でもそのあと、誰かに頼ることもぶつけることもできなくて、途方にくれてしまうこともあると思います。

 忙しさは受けることはできませんが、悲しさやいたたまれなさは自然に預けてしまっても大丈夫なのではないかしらん。預けてしまえば、樹木は受け止めて、水に混ぜて、河に流して、河はそれを海へ届けてくれますよ。山が呼吸から空気にまぜて、風に乗せて、大空へ届けてくれますよ。そんな浄化が日本のアニミズムの良さなのだとおもいます。そんなものは無い、としたら、そういうオマジナイなんです。

 カラ元気は周りの人のためですが、つとめて笑顔を作れば、全身の筋肉が顔からほぐれてゆきますよ。自分のために笑顔が作れますように。どうか元気を出してください。

投稿: putiputipotipati | 2007/06/18 11:47:44

佇むひと としての私 
@レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」の前にて
>>
そうか 昨日は原節子さんの・・
あの映画よかったなあ あれっ 題名が出てこない・・
娘役が司葉子で 亡くなった旦那さんの友達が佐分利信さんたち
ちょいワル三人衆で(笑)娘の男前の婚約者が佐田啓二 娘の友達は
岡田真梨子だったかな
会話がいいんだよな それと食事のシーン 光と影のコントラストの
表現・・
あと 忘れられないのは娘とふたりで食事する(あれっ?佐分利信と
だったかな・・)鰻屋でのシーンの 原節子 ・・いなせだなぁ

あれは完璧に小津安二郎監督の趣味なんだろうけど 彼女は
小津さんの想像を超えた演技で応えたんじゃないだろうか
・・ 今度またDVDで見直してみたいな

ところで いま 上野の或るホテルでこれを書いている・・
土曜と日曜の二日に亘って ダ・ヴィンチの「受胎告知」を観た

東京国立博物館での レオナルド・ダ・ヴィンチ - 
天才の実像 The Mind of Leonarudo である 楽しかったなぁ

詳しくはまた書きたいと思いますが 寝ずに今日になってしまった
ので 先生の講義に参加したいし 少し眠らないと

ともかく レオナルドはトンデモナイ!はたち だったのである

>>つづく


投稿: 風のモバイラー&野村和生 from nomgroove.com | 2007/06/18 9:58:09

佇んでください。 シャバに。

茂木健一郎はもはや茂木健一郎一人のための体ではない。
なんて、妊娠したお嫁さんに言うような言葉ですが。。。
人類の宝ですから。
たまにはボーーーっとして下さい。

それから、全然話は違いますが、浴衣を本格的に着付けたから
トイレに行けないって、何だか変ですね。
浴衣を本格的に着付けたら、くつろげなくてはいけません。
だって、浴衣ですから。
トイレにも行けなくなるような着付をしたなんて、変。

投稿: sakuranomori | 2007/06/18 0:36:05

素朴な疑問なのですが、何故そうしないのでしょうか。
そうしないことが、ひとつの何かの実験になっているのでしょうか。

投稿: ダンテス | 2007/06/17 23:05:58

茂木様
 最近このブログを知りました。
 NHKの「プロフェッショナル」、時間のある時に見ています。
 面白いです。
 行き詰った時、人はすごいことをするのだなといつも感心します。
 
 荒梅雨に押し返されし油(ゆ)の匂い

 絵描きですが、行き詰りのないのが悔やまれます。
 「プロフェッショナル」になれないかな。
 

投稿: YAMA | 2007/06/17 22:34:57

>そんなシャバの中に少し私も佇みたく。

普通の人にはごく当たり前のことなのに
それさえできない茂木さんの現状を
思うにつけ切なくなってきます。
でも、創造の人・茂木さんの精神は
思ってる以上に強靭だと思いますので
とりあえずそれに信頼をおいています。
どうぞがんばってくださいね。

ちなみに、私もかつどんを食べる時
七味唐辛子をかけています。
そのほうが断然美味しいです(笑)

投稿: アラヤシキ・ツネ | 2007/06/17 19:01:20

だいぶ昔ですが17才のとき、中国語の初級講座に通ってました。
初級で終わったので残念ながら、少しの単語しか覚えていないけど。
まずは発声方法を教わり、皆といっしょに大きな声で練習しました。
漢詩とか、とくに、昔の中国語で跳ねるようなリズムなので、
聞くだけで、当時の悲しい気持ちが飛んでいくようだった。


投稿: F | 2007/06/17 14:58:07

「本格的な着付けで、トイレに行けないので・・・」
といのはちょっと哀しい様子ですね。
どんな本格的な着付けなのかは分かりませんが・・・。
もっとゆったりとしたモノだと思いますし、浴衣は。
いや、テレビ用なのだから、そういうものなのでしょうかね?

もう、蛍の季節です。
風鈴も聞き良い季節です。
どうぞ、ゆったりしてください。

投稿: 橋本真美 | 2007/06/17 12:27:44

何かと話題の中国、数日前「中国はとんでもない」
という話になりました。
それがなんだか過去にぐれて悪さをしていた自分のことは
棚の上に放り投げてしまった偽善者の集まりように思え、つい
「日本だってイロイロあったじゃない?
4大公害病とか、光化学スモッグとか、明治の頃だって
田中正造の直訴とか…」
と口走ったらキョトンとされてしまいました。。。

ところで「かつどん」は捕まってから取調室で
食べるものではないのですか?
せっかく久しぶりでシャバに出てこられたのですから、
シャバっぽいものをお召し上がりになられたら良かったのに(笑)!

生きているものには、否応なしに日常が流れ込んでくるんですね。
その流れが、どんどん故人を過去に置き去りにしてしまうように
感じられて悲しいけれど、その日常に救われたりするんですね。。。

投稿: まり | 2007/06/17 11:48:16

新井さんとおっしゃる方は、なかなかに面白い方のようですね。日経サイエンスの記事、楽しみにしています。

自分はケータイの新規購入や機種交換のために、ヨドバシとかキムラヤなどの量販店や、ドコモショップとかへ入ったことはないのだが、わざわざショップへ行かないとケータイのバッテリーが買えないとは、きょうのこのエントリーを見るまで知らなかった。

これはおかしい。ケータイは量販店でも大々的に売っているんだから、バッテリーもいっしょにおくのが商売のスジってものなのではないか…?

茂木博士も言われるように、これは如何やら我々ケータイユーザーに、とっとと早く機種交換させるための、業界ぐるみの陰謀としか、思えないですね。

地球温暖化で世界中がかまびすしくなっているという、この御時世に、そんなことで日本のケータイ各社が、無駄なエネルギーの浪費をやっていいのだろうか。

…おっと!脳がヒートしてきた。いけないいけない。ここいらで閑話休題。

きょうは、茂木さんにとって、大切な方のお誕生日。

原節子さんの、あの遠くを見るように大きく見開かれた瞳が、何でもないように見える日常の中の何か…普遍を映し出しているように、今になっては思える。

私事にて恐縮ですが、私が初めて原節子という女優の存在を知ったのは、たしか小学校4年生のころで、なけなしの小遣いをはたいて「蘇る昭和ロマン」(小学館刊)というムックを買って、その中の「who's who?-あの人はいま」という巻末特集に載っていた写真を見たときであった。

当時は、この時代にこんな美しい人がいる、しかも、未だに美しく存在しているという事に、不思議な感慨を抱いた。

その後、映画史専門書や昔の「キネマ旬報」などのグラビア記事を見ていくうちに、原さんが、笠智衆さんと同様「東京物語」など、一連の小津安二郎作品の中の、重要なポジションにいる人だということが、おぼろげながらわかってきた。


原さんは、あの小津の描く庶民の日常の世界の中で、まるでひとりのミューズのような輝きを放っている。

その輝きは、のべつに眩しくなく、なにか見る人を包みこむような…何というか、母性のような、暖かな輝きであるように思える。

その原さんはいまお元気なのでしょうか。そうであって欲しいと願いたいです。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/06/17 11:21:54

人に言えないヘンな食癖(その2)
私なんか、カレーに必ず醤油をかけます。もちろん、店の人を目を盗んで。

投稿: 五十嵐茂 | 2007/06/17 9:17:53

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