« 江村哲二さんに捧ぐ | トップページ | 江村哲二 × 茂木健一郎 対談 »

2007/06/13

想い出

サントリー音楽財団の佐々木亮さんから
お知らせを受けたのは月曜の夜で、
あまりのことに呆然となった。

入院されたとは聞いていたが、
まさかそれほど重い病気とは知らなかった。

ご家族はご存じだったのだろうが、
私たち関係者は誰も知らなかった。

「あの方は、そういう人なんですよ」
と佐々木亮さんは言う。
「初演を成功させることだけを祈って、
黙っていたんでしょう」

『可能無限への頌詩』
コンサートが終わって、大阪の街を
皆で歩いていた時、ボクは江村さんの
肩を抱いて、
「江村さん、今度は東京で凱旋公演ですよ。
その後は、ロンドンでやりましょう。
ウィグモア・ホールがいいんじゃないかな」
などと言っていたのだけけれども。

江村さんは、あの時、
「そうですよ、茂木さん!」
と応えてくださっていたのだが、
ご自身の病気のことは、知って
いらしたのだろう。

さかのぼって、
昨年の12月4日、
渋谷で江村さんと打ち合わせをして、
その後芸大で授業をしていただいた日。

「実は昨日母が亡くなりまして」
と江村さんから聞いて、本当に驚いた。

12月5日の私の日記と、
今年の4月26日の江村さんの日記に、
その時のことが書いてある。

お母さんが亡くなり、そしてご本人も
あまりにも若すぎる死。
何も言葉がない。

江村さんは、「オペラが書きたい」
と言っていたのだった。
ボクが台本を書いて、
江村さんがそれに詩をつけて、
歴史に残る作品をつくろう!
と夢見ていたのだった。

『音楽を「考える」』の続編も出そう、
今度は上級者編だ、思い切りとばすゾ!
と意気投合していたのだが。

大阪の夜をともに歩きながら、
江村さんはどんな気持ちだったのだろう。

「あの時、かの人は既に知っていたのだ!」
と思うと、振り返ってよみがえる
想い出が、全く違った意味をもってくる。

つひに行く道とはかねて聞きしかど 
昨日今日とは思はざりしを
(伊勢物語)

6月 13, 2007 at 06:53 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 想い出:

» 記憶〜追悼に代えて トラックバック 時の間
作曲家の江村哲二さんの訃報を新聞で知り、愕然となった。 「死」を予感させるものは何もなく、先日、しかもまだ先月の5月26日、いずみホールでサントリー音楽財団からの委嘱で作曲された 語りとオーケストラのための《可能無限への頌詩》 が初演され、ホールに茂木健一....... [続きを読む]

受信: 2007/06/13 23:06:38

» ちゃんとちゃんと…そこに… トラックバック なんでもあり! です 私の日記!! 
物理的時間は淡々と流れ、無常であることを感じます。 * 夕飯に、きゅうりの梅和えを作ろうと 梅の実を刻んでいたら 形あるものが、その姿を変えていく様子が寂しくて ふいに、刻む手を緩めてしまいました。 * この梅も、もとは小さな青い実で、 次第に大きくなって、天塩や紫蘇と共に天日の元で 風味や旨味を出してきたのです。 こうして、力強いクエン酸回路が生まれる。 万物流転。 それは、時に寂しくもあるのだけれど 必ずや、何かを残し、 そして、新しい何かを生み出すもの... [続きを読む]

受信: 2007/06/13 23:08:21

» [生活][人間]今日、生きていた私。 トラックバック はてブついでに覚書。
作曲家の江村哲二さんが亡くなったと知って、驚いた。 膵臓癌だそう。47歳。若すぎる。 asahi.com:作曲家の江村哲二さん死去 - おくやみ 茂木健一郎 クオリア日記: 江村哲二さんに捧ぐ 茂木健一郎 クオリア日記: 想い出 江村さんのことは、茂木さんと共同でプロジェクト... [続きを読む]

受信: 2007/06/14 3:20:08

» [生活][人間]今日、生きていた私。 トラックバック はてブついでに覚書。
作曲家の江村哲二さんが亡くなったと知って、驚いた。 膵臓癌だそう。47歳。若すぎる。 asahi.com:作曲家の江村哲二さん死去 - おくやみ 茂木健一郎 クオリア日記: 江村哲二さんに捧ぐ 茂木健一郎 クオリア日記: 想い出 江村さんのことは、茂木さんと共同でプロジェクト... [続きを読む]

受信: 2007/06/14 3:27:40

» ポジティブな感情を脳の中に トラックバック 鈴木正和 (すずきまさかず) ブログ日記  文学の痛みと感動 
いつの間にか、ソファで眠ってしまっていた。 目覚めると、午前2時。 昨日の水曜は、さすがに身体がまるごと疲れてしまったらしい。 朝から夜7時までの10時間、授業と会議が延々と続いていたので、部屋に戻って夕食を取ったことまでは覚えているが、その後に多分、少し横になったら、身体ごとダウンしてしまったらしい。 * * * 身体の疲労と、気分のネガティブな質感は、多分に相互浸透し合っている。 昨日は、一日の途中で、度々、自分自身がそう思えた日でもあった。 人の言うことが気にかかったり、自分の言う... [続きを読む]

受信: 2007/06/14 4:23:01

» 「癌に教えられる」という新聞広告 トラックバック 4月8日
昨日の新聞広告は実にセツナカッタ・・・。 見なかった方には見てほしい。記事の文章を拡大して・・・。 新聞がある人は引っ張り出して、探して読んでほしい。 広告の意図に大いに賛同するとともに、こちらに紹介しておく。 その広告は・・・こちら 広告を見て泣くなんてバカみたいだけれど。 あまりにも、タイムリーすぎた。 大好きな茂木先生も、大切なお仲間を癌で突然亡くされた。 癌とは知らされず、ともに偉業を成し、 未来を語った人が 突然この世を去るという 信じ... [続きを読む]

受信: 2007/06/14 10:19:44

コメント

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

So how can we say
something so real has really gone away?
(I Remember Clifford)

投稿: ろく | 2007/06/15 2:50:47

江村さんは、本当に強い方だったのですね。
江村さんと出会えて、良かったですね。
密度の濃い幸せな時間を共有できたのは幸せですね。
江村さんの存在は、これからの人生を勇気付け、
励まし続けてくれるのでしょうね。
でも、茂木さんは皆をおいて行かないで下さい。
これから100年でも200年でも、ずっとお元気でいらしてください。
ずいぶん自分勝手で無茶なお願いですね…。

投稿: まり | 2007/06/14 0:23:37

今日,改めてBlogの何か所かを読み返し,メールを書かずにいたことを悔やみました。メールの前に自己紹介,と思ってジュンク堂まで駆けつけたのに・・・。

Blogの写真が黒枠なのを,もっと明るい色に,と(生意気にも)お伝えしようと思っていたのですが,あるいはあれはこうなることを予期してのことだったのか・・・?


「あの方は、そういう人なんですよ」
カッコいい生き方だ・・・
そう思いました。

あのおとのように そっと 世のために はたらいていよう
雨があがるように しずかに死んでゆこう
(多田武彦 男声合唱組曲「雨」より)

彼の頭の中に響いていた音楽を聴くことはできなくなってしまいました。
せめて,計画中だったというCDだけは世に出て欲しい。
そして,聴きにいけなかった「可能無限への頌詩」も,ぜひどこかで再演もしくはCD化して欲しいと思います。

投稿: | 2007/06/14 0:08:04

江村さんは、“初演を成功させることだけを祈って、黙って”おられたという…。

ご自分の“死期”を悟られた上での「可能無限への頌詩」の初演だったというのか…。

茂木博士や関係者の方々に、ご自分の病が重くなっていることを黙っておられたのは、そのことで、みんなに余計な心配を絶対にかけさせたくないという、江村さんの心優しい配慮だったのではないか…。

江村さんはきっと、茂木博士や指揮者の方、オーケストラの皆さん、そして聴衆の皆さんにご自分の病のことは一切気にしないで、演奏に専念してもらいたかった。

一緒に、新しい音楽の誕生を祝いたかった。

だから、病のことは内緒にしていらしたのかもしれない。

「オペラが書きたい」と言われていた江村さん。
その夢はついに叶わず、天上に旅立たれてしまった。

然し、お二人の間に育くまれた麗しい友情は、茂木さんの胸に何時までも色あせない輝きを放っていくに違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/06/13 22:38:14

音楽を「考える」 (筑摩書房)について
*******************

「特に若い人を含めてできるだけ多くの方に
読んで頂きたいことを念頭に作ってあります」
           江村様のブログより


*** ご冥福をお祈りいたします。 ***
  

投稿: F | 2007/06/13 17:08:07

茂木健一郎様

きっと江村さんは、御自身の最後を託すのに、「この方なら大丈夫」と思われたのではないでしょうか。

あなたの「脳と仮想」を読んだ時、私はあまりの事に涙が止まらなかった。「この方の言う事なら100%信じて大丈夫」と確信して、あなたの文章を全身全霊で読んだ。

あなたの文章から派生して、三木成夫に興味を持ち、小津安ニ郎の深度に触れ、漱石に驚愕し、小林秀雄の講演を聞き、宇宙物理学や量子力学に胸を打たれ、日本美術の美しさを深く再認識し、ニーチェと共に日々を過ごし、モーツァルトの心に触れた。

人生において、こんなに信用出来る人に出会える事は、そう多くはない。

御自身の重要な最後の作品だからこそ、茂木先生を選び、聴く我々をも選んで頂いたのではないかと思っています。

御意志を深く抱き、作品と共に強く歩んで行きたいと思います。

投稿: Icons | 2007/06/13 13:15:15

5月28日、いずみホールでお見かけした江村さんは、
すがすがしい笑顔で、温かい空気を漂わせる方でした。
心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

いずみホールでの対談で、今、ここに居合わせている偶然、
といった趣旨のくだりがあったと思います。
私は当日体調がよくないため出かけるぎりぎりまで、
出かけるか、やめるか、様子を見ていました。
可能無限という「n」と「n+1」について、
その日の自分の経験と合わせて考えてみたのですが、
「n+1」の先に、このような「n+1」が
存在するなんて・・・。

今、生きている一瞬一瞬が一期一会なのだと、
久々に痛感しました。
常にこの感覚を持っていたいと思いつつ、
まだ私はそこには至っていません・・。

投稿: aki | 2007/06/13 12:05:11

心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿: とんさと | 2007/06/13 10:03:54

コメントを書く