« 一体何が精神にさざ波を | トップページ | 竹内薫と »

2007/06/15

一つ多いので

来週末から
出かける国際会議。

その準備で、活気のある
緊張感が漂う。

ずっと研究所で学生たちと
議論した。

田辺史子が体調が悪いというので、
元気を出せよと、
箆伊智充と東急ストアに歩いて
花を買ってきた。

ガチャガチャをやって、
関根崇泰に、「音の4コマまんが」
をあげた。

夕刻、電通の佐々木厚さんが
来た。

着替えて、田谷文彦と三人で
品川駅に向かい、それから
一駅の新幹線をデッキに立って
過ごした。

雨が強く降っていて、新横浜の
駅のタクシー乗り場までの道は
わかりにくかった。

お通夜というものに出るのは
いつ以来だろう。

会場に座ると、何だか妙な
気分で、
正面に飾られた写真の人はあかあかと
笑っている。

江村哲二さんの子どもはまだ小さくて、
小学生。
男の子と女の子が
元気に動き回っていた。

本当は元気なはずないよね。
でも、子どもは、元気でいること
以外に、他にどんな存在の仕方が
あるというのだろう。

弔辞を捧げた。
ボクは、立ち上がって、江村さんの
奥さんに挨拶し、二人の子どもに、
「がんばってね」と声をかけて、
それから江村さんに言葉を捧げた。

献花の列に、白洲信哉が来ているのが
見えた。

大阪で、コンサートの後に打ち上げを
していた時、
酔っぱらって白洲に電話をしたのである。
白洲と江村哲二さんは短い時間だけど
話して、
「今度会いましょう」と意気投合して
いたのだけれども。

新潮社の池田雅延さんもいらした。
池田さんは、大阪のコンサートの
時も来てくださったのである。

会場の横で、関係者で集まった。

筑摩書房の伊藤笑子さんにとって、
『音楽を「考える」』が編集者
人生の一つの記念であって
くれればと思う。

福音館書店の高松夕佳さんは、
「母の友」に江村さんのエッセイの
連載を立ち上げたばかりだった。
原稿は締めきり日にきちんと
来たという。

「そういう人でしたよ。」
とサントリー音楽財団の佐々木亮さん。

コンサートにもいらした
朝日カルチャーセンターの常連、
榊原淑子さんは少し遅れて献花にきて、
目を赤くして私たちのところに来た。

時間の流れる音がさらさらとして、
江村哲二さんと対面した。
目を閉じた江村さんは
ずいぶんほっそりとしてしまって、
もう遠い世界への歩みを始めた
ようであったが、
それでも、間違いなく、
江村さんであった。

何人かでタクシーで移動する。

フロントガラスを打つ雨が
水滴と化してふしぎな模様と
なり、それが動き回るのを
見る。

ああ、こいつらは生きているじゃ
ないか!
みずみずしく、そこに息づいている
じゃないか。

ボクは水滴が生命を宿している
ことを、その瞬間に疑わなかった。

テーブルにつくと、佐々木厚
さんが江村さんの写真を
いくつか出した。
4つ並べて、みんなの方に
江村さんが向かい合った。

佐々木さんは細かい気遣いが
できる人で、いつも飲み物などを
そつなく注文する。

生ビールが一つ多いので、
あれ、と思ったら、
全員に行き渡ったあと、
佐々木さんがそれをつかんで、
江村さんの写真の前に置いた。

「江村さんの分のビールも
あるのは当然でしょう」
と佐々木さん。

黄金色の液体は、語り合っている
間ずっとそこに息づき、
私たちの意識の端の方に
そっとあったように思う。

会が終了するにあたり、
私たちはワイングラスの中に
少しずつ受けて飲み、
「故人」と呼ばれる存在になった
その人を偲んだ。

6月 15, 2007 at 07:48 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 一つ多いので:

» 故江村哲二氏を偲ぶ トラックバック Progress
[parts:eNoztDJkhAMmY3OmFBMDE0tDSzODRDNDcwtzS0tDQ5NE01QLoFhqiqW5hYlBinGKSaqRXlYxAB16DAw=] [parts:eNoztDJkhAMmYzOm5OTERNOkVAsAINMD0A==] 故江村哲二氏の葬儀が15日、「葬儀の板橋 新横浜奉斎殿」でしめやかに行わ れました…。 ゲーテの言葉に次のようなものがあります。  音楽的才能は、おそらく最も早くあらわれるのだろう。なぜなら、音楽はまっ  たく生来のもの、内的... [続きを読む]

受信: 2007/06/15 12:13:45

» 一人足りない トラックバック 須磨寺ものがたり
今日の茂木健一郎「クオリア日記」を読んで、 5月26日のイズミホールでの、 音声ファイルを改めて聞いた。 [続きを読む]

受信: 2007/06/15 16:34:06

» 命とクオリア(3)-生死流転。 トラックバック 銀鏡反応 パンドラの函
@人生は前向きでなくては、先へ進めない。何故なら、限りある人生、未来を志向しないでは、まっとうするのが億劫になり、下手すりゃ自分の首を締め、絶命しかねまい。 @しかし、こと「死」の問題に関しては、如何せん、後ろを振り返りたくなるものである。 @どんなに何時もはポジティヴで元気いっぱいの人でも、大切な人を亡くしてしまえば、とてもショックである。そしてその人の思い出を振りかえりたくなるものなのである。 @6月14日更新分『茂木健一郎 クオリア日記』に紹介された小林秀雄『無常といふ事』の一節。  生きてい... [続きを読む]

受信: 2007/06/15 20:17:13

» 生きて在ることの不思議さを見つめていると トラックバック 鈴木正和 (すずきまさかず) ブログ日記  文学の痛みと感動 
生きて在ることの不思議さを見つめていると、すべてが偶然の奇跡の中に置かれていることの謎に、ふっと出会ってしまうことがある。                     * * *                     空を渡り行く雲の動きや、赤々とした月の光や、ポツリポツリと落ちて来る雨の音を、電車の車窓からぼんやりと見つめていると、自分の力ではどうにも及ばないものが、いつも周囲に在ることに気づかされる。ゆっくりと、目の前に在る風景を眺め続けてみる。その風景を感じているこの意識とは、何なのだろうか。意... [続きを読む]

受信: 2007/06/15 22:15:46

» 再演を信じてる トラックバック アラヤシキ・ツネのファンタジー日記
「僕ね、表現者として何が必要な条件かと 考えたときに、色々あると思うんだけど、 生命体としての強さというのは間違いなく あると思う。切り刻むことで、 自分の中から何かを表出する。 それができる人は本当に強い人なんですよ。 江村さんは絶対強い人だと思う。それがで..... [続きを読む]

受信: 2007/06/16 2:55:45

» セカンドライフ内の経済圏、08年には1兆2500億円に拡大か トラックバック にっかんせきぐち
みずほコーポレート銀行は、ネット上の仮想世界であるセカンドライフ内の経済圏は2008年に1兆2500億円に拡大するとの市場予測をまとめた。国内総生産(GDP)と比べてみると、世界180位のキリバス並みから100位のガーナ並みに急浮上する。... [続きを読む]

受信: 2007/06/18 17:37:33

コメント

はじめまして。
授業もあり、江村先生のお通夜や告別式にいけなくて本当に残念でなりませんでした。

「来週はベートーベン、やるからね。」と言ってくださった先生の言葉が忘れられません。
当然続きがあると思っていたので・・・

今、『音楽を「考える」』を読んでいます。
音楽的にも日常的にも、難しい内容ですが、心に染みる何かを感じています。

投稿: mayu | 2007/06/19 21:52:52

はじめまして。
対論『音楽を「考える」』について、拙日記で、言葉足らずながら――引用もさせていただきながら――紹介を書かせていただきましたので報告を兼ねて訪問させていただきました。
お二人の間で交わされた“聴く”という言葉の応酬を江村さんの追悼歌のように読ませていただきました。
有り難うございました。

投稿: かぐら川 | 2007/06/16 1:22:58

「ひとつ多いので」
いいお話ですね。

告別式の終わる頃,追悼の意を込めて,Blogを読み返していました。
「言葉にならない」「絶望は悪」・・・昨年末頃には既にこうなるかもしれないことを知っていたのでしょうか・・・?

外に出ると,朝は曇っていたのに青空。
まっすぐに天に昇っていけるように晴れたのだ。
そう思いました。

6日違いの誕生日。子供が小さいことも同じ。
言葉を交わしたのはたったの一度だった人の死が,こんなにショックなことになるとは思わなかった。
残された子供たちのことは,茂木さんも心配されていましたが。
早すぎた。
でもいつかきっと,江村さんがそうであったように,二人の子供たちも,素晴らしい父親のことを誇らしげに語る時が来るでしょう。

改めて,安らかに。

投稿: | 2007/06/15 22:10:59

「…目を閉じた江村さんは、ずいぶんほっそりとしてしまって、もう遠い世界への歩みを始めたようであったが、それでも、間違いなく、江村さんであった。…」

亡くなった人は、永遠の眠りに就き、魂は遠い世界へ旅立ち始めていても、その姿は厳然と“その人”として、存在しているのだ。

そしてまさに小林秀雄の言う如く、はっきりしっかりとした「人間の形として」存在しているのだ。

11年前に亡くなった私の知り合いの青年も、間違いなく“その人”として、存在していた。ちゃんと人間の形をとって、永久の眠りについていた。

茂木先生のお心にも、佐々木さんやその外の関係者の方々のお心の中にも、江村さんの思い出は、永遠に生き続けるのに違いない。

ともあれ、江村さんが、遠い、とおい世界に行かれても、お健やかに過ごされることを願って止みません。

改めて、ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/06/15 19:48:36

本物の魂になってしまった江村さんは、
あの日演奏された世界最高の名曲を
魂に鳴り響かせながら
江村さんのために捧げられた
茂木さんの弔辞を感動しながら
お聴きになっていた思います。

「がんばってね」と声をかけられた
二人のお子さん達も
茂木さんに言われたので
がんばって、
素敵な人になるでしょうね、きっと。

大阪いずみホール・コンサート終了後、
茂木さんと江村さんの共著『音楽を考える』に
いただいサインをあらためて眺めています。

大きな山の上から「おどってひかりだす」
というフレーズにのって
燦燦太陽が登り、川や、道を
自由にするすると描いてるうちに
余白がなくなってしまい、
最後は「もぎけん~~~」で
終わってしまった尻切れトンボのお名前。

大らか茂木さん絵&サインの上部に
美しき雲のごとく静謐に浮かぶ江村さんの
繊細なローマ字と「26 May 2007」の日付文字。

お二人のサインを眺めてると、
地上の大きな山河となって
頑張る茂木さんの上に、
魂になってしまった江村さんが、
雲に、雨に、風に、そして太陽の光となって
優しく降り注いでいるように思えてきます。

投稿: アラヤシキ・ツネ | 2007/06/15 19:29:44

初めてメールを送ります。茂木さんは肉親を亡くした経験がありますか?私は小学生で祖母、中学生で祖父、叔父を亡くしました。田舎なので近所に葬式があると勝手の手伝いに行きます。病気の場合は死ぬかも知れないという覚悟ができるけど、突然死なれるとショックも大きくなりますよね。でも、どんなに泣いても落ち込んでも必ずや立ち直って前向きに考えないと生きられませんよ。私は今まで生きて来てそう思いました。

投稿: | 2007/06/15 19:06:35

初めてメールを送ります。茂木さんは肉親を亡くした経験がありますか?私は小学生で祖母、中学生で祖父、叔父を亡くしました。田舎なので近所に葬式があると勝手の手伝いに行きます。病気の場合は死ぬかも知れないという覚悟ができるけど、突然死なれるとショックも大きくなりますよね。でも、どんなに泣いても落ち込んでも必ずや立ち直って前向きに考えないと生きられませんよ。私は今まで生きて来てそう思いました。

投稿: | 2007/06/15 19:03:46

初めまして。
茂木さんから発せられる、あらゆる領域のお話を興味深く拝見いたしております。
どんなお話の中にも、こんな風に人を敬い想う柔らかい心が感じられます。今後のご活躍と、毎日のブログを楽しみにしていうますね!

投稿: pinbo | 2007/06/15 15:16:38

初めまして。
茂木さんから発せられる、あらゆる領域のお話を興味深く拝見いたしております。
どんな話の中にも、こんな風に心から人を敬い想う柔らかい心が感じられます。
これからも、ご活躍期待していますね。
ブログも楽しみにしています!

投稿: pinbo | 2007/06/15 15:13:30

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: | 2007/06/15 9:29:03

中世において何故香辛料が珍重されたかといえば、肉の臭いを防止するためであったといわれている。
腐敗したものに対して生理的嫌悪感を感じる人間の方が生き残りやすかったので人間は腐臭に対して強力な嫌悪感を抱くようになったという説明も可能であろう。
進化において獲得した能力を欺くためにに香辛料が必要になったのかもしれない。

葬儀もこれと良く似ている。
リアルすぎる死に対して恐怖感を感じる人間の方が生存しやすかったのだろう。ミラーシステムの働きで自分の死までも予感してしまう人間に対して、ある種の自己欺瞞が必要だったのかもしれない。

モーツアルトの葬儀にサリエリは出席したのだったろうか。
もし、出席していたとしたら、サリエリが飲んだビールは茂木先生が飲んだビールとはまた別の味わいがしたことだろう。

投稿: | 2007/06/15 8:16:09

コメントを書く