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2007/06/20

探り当てた

研究所にいる時は、ほとんど
自分の時間はない。

特に、今週は金曜からみんなで出かける
アメリカでの学会の準備があって、
学生たちが入れ替わり立ち替わり
議論に来る。

しかし、実質的なことをいろいろ
話し合ったり考えたりする
という意味では、貴重な時間
である。

聖心女子大学の授業の後、
Switchでみうらじゅんさんに
お目にかかって話す。

永遠のティーンエージャーの
ような人だった。

研究所到着。
少し遅い時間帯だったが、皆で「チェゴヤ」
に向かう。

「お昼いく人」
と声をかけたら、ヘライも立ち上がって、
柳川が「あれ」と言った。

どうやら、ヘライは二回目のお昼だった
らしい。

石川は初めての国際学会なのに、
口頭発表になって気合いが入っている。

ラスベガスではきっとホテルで必死になって
練習することだろう。

人前で英語で30分喋るというのは
きっとイシカワ君を大きく成長させる
機会になるに相違ない。

横浜市立大学の高野さんが見学に
いらっしゃる。

関根やヘライ、柳川を交えて話す。

暗闇の中を品川駅に向かって歩いて
ほっとした。

静寂が魂にしみわたる。

ゆったりと、深く、考えていく。

一つ原稿を書いて、
名古屋で送り、そのあと
うとうととしていたらもう着いた。

京都駅はもう人通りもまばらで、
知らない場所のようだった。

暗くて静かな場所に移動したの
ではなく、探り当てた
ような気がして、不思議
であった。

6月 20, 2007 at 06:05 午前 |

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コメント

<暗くて静かな場所に移動したのではなく、探り当てたような気がして、不思議であった。>

クオリア日記をほぼ毎日拝見する理由の一つは、上のような表現が私のお気に入りだからです。かつて、大阪にいらした時の日記にも類する詩的な言い回しがありました。

大阪からそれ程離れていないのに、京阪神で受ける印象の違いは、日本の宝の一つと思います。京都に7年、神戸に4年、大阪に多年暮らしてきて興味が尽きません。

京都は、ちゃらちゃらと遊びに行くに限る。でないと返り討ちでバッサリやられる。
茂木さんの京都論をいつか読ませてください。

投稿: | 2007/06/21 4:03:44

茂木博士は金曜日に、若き俊英たちと、アメリカでの国際学会に赴かれるのか…。

皆様が道中、無事故でありますように。

また、石川さんの英語での口頭発表、無事成功されんことを。

さて、みうらじゅんさん、といえば、「マイブーム」なる言葉の“生みの親”であり、私も'80年代に雑誌「宝島」の巻末「VOW」でもたびたびお見かけしたことがアリマス。

どんな楽しいお話をされたのだろうか? 
Switch誌に載るのだろうか?…載るのであれば、楽しみですね!

何時も茂木さんの多忙な毎日を思うと、人生は常に「格闘」なのだなという感慨が浮かぶ。

人はみな、それぞれの立場で「現代」と、また「自分」と「格闘」しているのだ、という思いが強くなってくる。

茂木さんは、本当に毎日、現代そのものと激しく格闘されている。格闘されながら、ご自分の為すべきことに向かって邁進されている。

そんな格闘の日々の中、一瞬、魂に深く染む静寂に包まれ、そのまま、暗くて静かな場所を“探り当てた”茂木さんは、ささやかなれど、幸せな瞬間を味わわれたのではないかと思います。

茂木さんのような激闘の日々を送られる方にとっては、魂の奥底に沁みる静寂と暗闇こそが、きっと疲れた精神を癒してくれるのだろう。

そして心の中の「音」に耳を澄ます時間を与えてくれるのだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/06/20 20:19:57

二回目のお昼、と聞いて、親戚を思い出しました。
成長期には、昼食が一度だけだと、全然足りない。
食事を共にして、「もうお腹いっぱい」と私が箸を置くと、
「なんや、ちっとも食べてないなあ」と、きびしく注意される。
江戸時代のご先祖には、横綱の相撲取りがいたらしいです。

投稿: | 2007/06/20 11:42:11

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