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2007/06/12

制約を引き受けるために

Lecture Records

茂木健一郎
『制約を引き受けるために』
ー東京、小津安二郎、身体、音楽ー
2007年6月11日
宝町福徳塾(東京、日本橋)

音声ファイル(MP3, 71 MB, 77分)

6月 12, 2007 at 07:44 午前 |

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『フューチャリスト宣言』という本を読み、NHKのプロフェッショナルを見るようになってから、茂木さんと梅田さんのブログを読むようになった。 特に茂木さんのブログでmp3形式で公開されているポッドキャストは面白くて、よく聞いています。 僕は、自分自身に何らかの化学反... [続きを読む]

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脳科学者、茂木健一郎。 いま僕の中でひそかにブームになっている人です(笑)。NH [続きを読む]

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コメント

ソクラテスと美少年云々のところで、テネシー・ウィリアムズを
思い出しました。
以前、読んだ黒柳徹子さんのエッセイ。
黒柳さんが、あるパーティーでテネシー・ウィリアムズと楽しくお話
していると青年がやってきて鍵をがちゃがちゃ鳴らす。
「こんなパーティーは、つまらないから帰ろう。」という合図。
結局その青年の言いなりになってテネシー・ウィリアムズは寂しそうに
帰ってしまった、という話だったように記憶しているのですが。。。

もし私がソクラテスに近づいた美少年なら
「ボクの愛情をそんな取引のように言うなんて!
こんなヒトだと思わなかったー!」とソクラテスの頭を
蹴っ飛ばして逃げ出すかもしれません(笑)。
…知恵と美が、そんなかたちで交換できるものだという幻想が
生まれてしまうのは、なぜなのでしょう?
「知恵」でも「美」でも何を素晴らしい、幸せだと思うかというところに
その人らしさが現れているような気がします。。。
(美少女だったことすらないので、美少年という設定で考えるのは
かなりかなり苦しい!です。でも、そんなことより、
いろんなエピソードが盛り込まれたお話の中で、
こんなところが局所的に気になってしまった
自分の志向性がちょっと不安。。。)

「私」の自我は常に身体とともに「今、ここ」にあるから
人は自分自身からはどうやっても逃げられないように、
自分に向き合わざるを得ないようになっているんですね。
私の心は情けないことに、まだまだ芋虫!
中身がぐにょぐにょなので、せめて見た目はキチンとして
バランスとっておこうとか、姑息なコトを考えているうちは
だめなのでしょうね。
死ぬ前の一瞬でいいからモルフォ蝶みたいな心になって
くれたら…と思ったのですが、このままでは
メンガタスズメまっしぐらです。。。(笑)

投稿: まり | 2007/07/15 22:52:08

究極の制約の中から生まれるものは「音楽」であるとおっしゃられていました。

そういった意味では、「建築」もかなりの制約から生まれるものだと思います。しかも、その制約が歴史によって更新されるものと歴史によって変わらないものの二つがあることも面白いところだと思います。

一つ目は、時代によって構造的な制約の変化があること(これはギリシャ建築から現代建築の流れを見れば歴然だと思います)

二つ目は、歴史によって変わらない身体の制約(建築には物理的な空間の操作が行なわれ、そこには人間の身体スケールが根付いています)

茂木さんの考えをきいていますと、面的な芸術や聴覚的な芸術での議論の展開をされているように思われます。一方で、建築のような立体的な芸術での議論の展開はなされないのですか?

投稿: onodera | 2007/07/11 23:48:22

45歳のサラリーマンです、東京物語のビデオテープ持ってます。

購入した時はDVDもまだ無くて高かったですが、何故かすごく惹かれて買わなければと思い買いました。また、同じように「2001年宇宙の旅」と「マトリックス」という映画にも何故か分からないけれど惹かれて持ってます。何でかな?とまじめに考えてみると、今ここに存在し「制約」のある身体と時間、身体(脳)と擬似空間という、それぞれ身体との関係性を伝えてくれたからかなと気づきました。

茂木さんの講義を音声ファイルで公開してもらうのは、時間と場所に大いに制約のあるサラリーマンにとっては、とても嬉しいです。同世代を生きてきたものとして「未来に繋がる何か」をこれからも期待しています。

投稿: 尾形誠治 | 2007/06/14 21:05:49

「錯覚する脳―「おいしい」も「痛い」も幻想だった」という本をパラパラ立ち読みして「はぁ、イリュージョンねぇ。」と思っていた日にこのmp3を聞いたのが嬉しかったです。ラッキー・・みたいな感じでしょうか。

投稿: おおた | 2007/06/14 18:05:12

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