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2007/05/27

濃密で有機的な

音楽の本質とは何か?

それはつまり、タイミングやリズムが
大事であるということである。

聴いているだけでも、むろん、
そのような有機的組成はわかる。
しかし、自らアクションすることで、
身にしみわたる。

いずみホールでの『可能無限への頌詩』
の初演。

私は、自分の書いた英詩を、
最初はステージの上(A)で、次に
二階の舞台から向かって右側(B)、
続いて左側奥(C1、C2)、
左側手前(D)、最後に
一階客席最奥(E)で朗読した。

ここ数日、スコアに書かれた
指示に従って、
どの音の後にどのように出るか、
暇を見てはリハーサルの時に
録音したmp3を聴いて
覚えていたが、
最後の最後で、苦しかったなあ。

ボクは、リハーサルで
「テノールばか」ならぬ
「バリトンばか」になってしまった
から。

何とか、本番までに巻き返して
切り抜けた。
Dの場所では、なにかが
憑依してしまった。

江村さんの新作を世に送り届ける、
そのお手伝いができて本当に
良かった。

演奏が終わって、呆然としていて、
ボクは変わったんじゃないかと
思った。

こういう通過儀礼を通して
人は変わっていくんだなあ。

とても濃密な、容易には分解できない
体験であった。

新潮社の池田雅延さんがいらした
ことも、とてもうれしいサプライズ
であった。

いろいろと、胸がいっぱいであります。

いやあ、みなさん、ありがとう。
ボクはさらに濃密で有機的な生を
いきるよ。

江村哲二さん、オメデトウ!

可能無限のための頌詩

An ode to the potentially infinite

http://qualiajournal.blogspot.com/2006/12/ode-to-potentially-infinite.html 

5月 27, 2007 at 07:14 午前 |

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コメント

公演のご成功おめでとうございます~☆

私は数日前から、行くのを楽しみにしていたのですが、酷い体調
不良になり、行くのをやめてしまいました。とても残念でしたが・・。

きっと、素敵な朗読と演奏だったのだろうな・・。茂木先生は、
バリトン? テノールのような音域のような気がしますが、
そのオペラ歌手のような良い声で、朗読をされたのを聞きたかったです。
CDになったら、是非買わせていただきま~す。

投稿: tachimoto | 2007/05/27 23:27:48

いずみホールでの公演にいきました。なにをかくそう私は先生方がご心配されてた“初めて現代音楽を聴く人”でした。コンサートの前にプログラムの曲の説明を何度も読んで、演奏が始まると あ、これが雫のたれる音・・・?などと、理解しようと必死でしたが、途中でこれは頭で理解するものではないと気づきました。例えば大好きな美術作品を観た時に、頭で考えるより先にその作品全体から発しているエネルギーがすっと私の心の中に入り込んでくるのと同じなのかと思いました。それでもすべてを理解するまでには至りませんでしたが、今まで使った事のない神経がざわざわと動いていたような感じがして、それはとても心地のいいものでした。そして、何より演奏が終わった後の皆さんの、特に江村氏のあの表情がすばらしく印象的でした。充実した時間をありがとうございました。

投稿: mami | 2007/05/27 21:02:04

ブラボー!

私も、いずみホールに行ってきました。
2階バルコニー、ヴァイオリニストの横での朗読の場面が
特によかったです。

帰り道、カフェで
≪可能無限への頌詩≫をじっくりと読みました。

投稿: 某・観客人 | 2007/05/27 18:57:44

詩の朗読発表
おめでとうございます。

昨日は私まで勝手にドキドキしていましたw
容易に砕けないほどの経験を得たんですね。

いいなあ。

魂がふわりと軽やかになったというより
筋肉がしなやかに伸びやかになったかのような。

先生がまた一段越えたぞ、
よし、次は私も、と思えました。

心に号令をかけて飛び越えたら
いままでの不安なんてどうでもよくなって
前ばかりみるようになるんだ。

自転車だって、
後ろでお母さんが
支えてくれなければ乗れなかったけれど
ふっと走りはじめたら
あとはどんどん遠くにゆけて
楽しくて仕方なかったもんな。

頑張る姿を聞くのは、また不思議な勇気になります。
そしてなんだかとても、さわやか気分になれました。
ちょっとジワッともきてしまいました。

あとでMP3聞きます。

投稿: kerokero | 2007/05/27 16:32:50

あ!いけない!タイトルを誤って書いていたのは、先に書いたコメントでの表記のほうです。

「可能無限のための頌詩」とは今回の作品のもととなった詩の題名だったんですね。曲のタイトルは「可能無限への頌詩」でよかったんですね。

あ~なんともはや、うっかりしてました…。

かえすがえす、申し訳ありません。m(_)m

投稿: 銀鏡反応 | 2007/05/27 16:17:47

昨日の世界初演、本当にお疲れ様でした。

江村さんとお二人で、胸がいっぱいになるほど、感動的なすばらしいひとときが過ごせて、本当によかったですね!

是非、東京での再演を希望します!


掲示板(The Ancient Qualia Cafe)に書かれていた、当日に御覧になられた方々のご感想を伺い、一つの音楽が新たに生まれる瞬間とは、まさに聴く人の精神を激しく揺さぶる、世界的・地球的大事件だということを確信した。

この演奏会で、茂木さんは以前よりも、さらに濃密に凝縮された、有機的な精神の人になられたものと推察される。

これから先、この演奏会を通してメタモルフォーゼされた茂木さんは、前よりも一層ダイナミックに生を生きられるに違いない。
さて…。

当日聴きに行った方からの感想をもとに推察するに、
この世界初演『可能無限のための頌詩』は、聴くものの精神を根底から激しく揺さぶり、今まで味わえなかった感銘を得させたのみならず、
奏者側である茂木さんや江村さんの精神をも、以前よりもさらに濃密で、ダイナミックなものにメタモルフォーゼさせたのに違いない。

>Dのところでは、何かが、憑依してしまった。

そんな感覚を、演(や)る側である茂木さんが持ってしまうほど、この「頌詩」は聴衆、演奏者の両方に大きな深い精神の変化をもたらす曲なのに相違ない。

ほぼ同じ感想を掲示板にも書いたが、この『可能無限のための頌詩』は「発露される“剥き出しの”生命の姿」というものを、音楽という姿で表現されたものなのではないか。・・・。

・・・などと、まだ聴いていないのにいろいろと、えらそーなことを言ってしまって…。相済みません。

兎に角、江村さんと言うお方は、実に実にすばらしい、生命の躍動を豊かに表現できる、大変に優れた方でいらっしゃるのですね。

江村さんの、さらなるご活躍を期待しております。

追伸:曲のタイトルが『可能無限のための頌詩』なのに自分は前日の「日記」へのコメントや掲示板での書きこみで、誤った表記をしてしまったかもしれません。

この場を借りて深くお詫び申し上げます。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/05/27 16:10:44

こう書かれると、行きたかったなあ。

いわゆる現代音楽は、楽譜にされるだけで一回も演奏されないものが多いという。音になるためには、音楽以外の要素が大きいのは昔からでしょう。
ディアギレフという売れっ子興行師の目に留まったので、ストラビンスキーの音が鳴った。
江村さんの音も、茂木さんとの出会いで音になった側面が大きい。
もちろん、両者とも本物で無いと、音にはならない。


茂木さんの朗読に、江村さんのどんな指示があったのか興味津々です。
シェーンベルクのピエロリュネールの「歌うでもない、語るでもない」の新規性の域であったでしょうか。

楽譜付きのCDにしてほしいなあ。

投稿: fructose | 2007/05/27 14:56:14

NHK日曜美術館で菊池怜司の銅版画を見た。文字のようで読めない書き込みが彼の特徴のようだ。これはコトバのようで聞き取れない音に通ずるのか。リズムでもメロディーでもないゲシュタルトがコトバの音声にはあることになる。フランス語で歌われたら、ほとんど意味はわからない。英語でもかなり怪しい。ちょっと聞くと意味はわからないが、ある国のコトバの音声らしいとわかる事がある。タモリの特技はその錯覚を用いてだます話芸だ。音楽、音声とコトバは違うゲシュタルト(カタチ)を作るのか。茂木先生のほっとした音声ファイルを聴きながら考えさせられた。

投稿: 福地博行 | 2007/05/27 14:24:16

おめでとうございます。
心より、お祝い申し上げます。
とても、素敵な呆然、なのでしょうね。
会場に行けず本当に、ざんねんです!
(いま、足音、のことを思っています。
昔に聞いた足音や、これから、聞くはずの。)

投稿: | 2007/05/27 13:57:00

『可能無限への頌詩』コンサート、感動しました。

映像的ともいえる
これまでに見た事もない不思議な
コンサートを聴かせていただきました。

音楽が大好きで、
ヨーヨーマ、中丸三千繪、フジコ・ヘミング、
さらに、邦楽では雅楽、有名無名東西を問わず、
好きだと思う楽団の音楽会などに足しげく
通っていますが、
今回ほど素晴らしいコンサートは初めての体験でした。

茂木さんの英詩の朗読が始まった時、
私はこれまでにない、激しい魂の震えを感じたのです。

捨て身のサービス精神で生きておられる
無私ともいえる茂木さんですが、
朗読のときの茂木さんはあらゆるものを超越して
半ば神がかっていました。
それほど美しく感動的な朗読でした。

茂木さんが最後に、
一階客席最奥(E)で朗読した時、
私と友人Y子はそのほぼすぐ前の席にいました。

自身の今日の日記に感想のようなものを書かせて
いただきました。

>ボクはさらに濃密で有機的な生をいきるよ。

茂木さんのファンでいて良かったと、
今日ほど思ったことはありません。
ほんとうにありがとうございました。

音楽の力って凄いですね。

できたら、毎年、いや、隔年でもいいから
同様のコンサートが開催されることを期待します。

投稿: 新屋敷 恒 | 2007/05/27 11:54:31

世界初演、おめでとうございます!
すばらしかったです。

足音、物音までクラシック音楽の要素として
取りれるなんて、粋ですね。
サンプリング音楽の手法を逆手にとった感じで、
面白いと思いました。

朗読が移動していく感じも、とってもよかったです。

私は演劇などでも、客席を演者が移動する演出が
好きだったのですが、今日、「ああ、これって、
2007年の今日、今、私がこの場所に居て、、
2007年の今日、今、この場所で演奏されている音楽を
聴いている実感で、それが好きなのかもしれない」と
思いました。

私は、自分の創作活動の上でも、
「実感、体感」ということをよく考えるのですが、
ほかの誰でもない、自分が生きている実感を
感じる瞬間は、現代社会では失われがちなのかも
しれない、と思ったりしました。


オーケストラがときおり、篳篥や笙のような、
日本の楽器が響いているようにきこえました。

それで気がついたのですが、
英詩も、イメージの源が源氏物語の英訳版だということで、
西洋のローカルな音楽に対して、日本というローカルの
バックグラウンドを持つもののアプローチ、
興味深く思いました。

素敵なひとときでした。
ありがとうございました。

投稿: aki | 2007/05/27 11:52:24

お疲れ様でした。 
日ごろから、日本の伝統芸能の中でごく普通にある、
人の声(せりふ、語り、唄)と音楽の 
美しくも楽しく、迫力もあり、時として不気味でもある、
コラボレーションは素晴らしい物だと思っています。
 東京の近くでもやってくださーーーーーい。
茂木さんの普段、少し早めの話し方がどのように
押さえ込まれたんだろう、などと想像などしても
無駄な事をごちゃごちゃ考えてしまいます。

投稿: sakuranomori | 2007/05/27 10:13:19

今朝、目覚めて、興奮と感動がさらに倍増しています!
昨日は、本当に得がたい体験ができたこと幸せに思っています。

音楽を聴くという感覚について、今まで聴くってこういうことこういう感覚って漠然と感じていた感覚が、全然狭い世界だったのではないかと思う。

まだまだ人間は音楽を聴くことで未体験の感覚を開花する、または新たに進化して新しい感覚を第6感7感8感と生みだせるんではないのかと、確信をもちました。


江村さんは魔術師だ!

投稿: 平太 | 2007/05/27 9:33:32

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