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2007/05/09

聖なるもの

自分にとって「聖なるもの」
とは一体何だろうかと考える。
他人に何と言われようと、弱点や
短所を指摘されようと、
頑ななままにその価値を信じ続ける
ようなもの。

たとえば、自分の母親が、
しわくちゃのばばあで
あったとしても、他人にとやかく言われる
筋合いじゃねえ、といったような
魂の消息。

ものを知ったふりのやつらが、
「そんなものはねえ」と事情通ぶって
ささやいたとしても、自分の中では
絶対に揺るがないものとして
生き続けるもの。

そのような「聖なるもの」を
どれくらい魂の中に抱き続けられるか
ということで、人生の価値は決まるんじゃ
ないかと思う。

大変な一日であった。授業をして、
議論をして、取材を受けて、
対論し、ご飯を食べてまた
議論した。

ボクのガジェット好きを聞きつけたソニー広報の柳沢晶子さんが、
研究所までmyloの説明に来てくださった。

モニターをすることになった。

http://www.jp.sonystyle.com/Special/Mylo/Enjoy/index.html 


voice over IPなどがサポート
されているガジェットはちょうど興味を
持っているカテゴリーなどで、さっそく
使ってみようと思う。

NHKや幻冬舎などの立ち回り先に、
myloの箱をむき出しで歩いていたら、
みなさん親切で「袋を差し上げましょうか」
と言われる。

「いや、いいです」
と断って歩いていて、
最後にコンビニに入った。

レジで、お金を渡しながら、小脇に
箱を抱えていたら、店員さんが、
「そちらも袋に入れましょうか?」
と言って下さった。

何回目かの「いや、いいです」
を言って、夜の道を歩いた。

おちおちもしていられない
という気がする。

「聖なるもの」について
考える道筋となったのも、
それだけ勝負の時がキタのであろう。

5月 9, 2007 at 05:12 午前 |

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コメント

こんな素敵な日記を読み落としていた。

5月9日10日は広島の厳島神社に「よろしゅうお参りツアー」いってましたもんで。

聖なるものについて あるいは まわるコマを眺めたり、思い浮かべた
りして物事を考えることと、思いをはせる行為というのは、

「物事の本質を見つけた」という点で、同質だと思う。

先週のプロフェッショナル、坂本さん 先ほどやっと拝見しました。

今を生きる坂本さんの言葉に、しゃんとした気分になった。

いろいろ、普段考えていることで、間違ってなかったと思えた。
あとは、仕事の規模の差だけなのさ~。1兆円ってなあに?
ほーほほほ。


投稿: | 2007/05/15 17:07:15

聖なるものを設定してただ信仰するんじゃただのスピリチュアルになっちゃうんではないですか。偶像崇拝となんもかわらない。そもそも聖ってなに。その裏で無視して踏み潰す俗は。なに。聖なるものを願うからこそ俗化する苦しみたちの無視のうえに聖をのっけてはよくない。と。おもう。わけですよ。
ギャップライフ、そろそろ限界。

投稿: おおつかようこ | 2007/05/11 11:06:06

初めてコメントさせていただきます。

聖なるものを考えていたときではなく、
自分にとってリアルってなんだ、と考えていたとき、
最近でてきた答えの一つは、「作品と私の間で起こるもの」でした。
美術作品の鑑賞が主ですが、文学、音楽でも同じです。

作品を観ている時に起こる何かは、私のものであるけど、きっかけは作品にあるということから、
それは私だけの問題でも、作品だけの問題でもない、
相互の関係から起こるものであるから、私にとって、それがリアルなんだと考えるようになりました。

リアルなものがそれしか感じられないから、それは聖なるもののような気がします。

投稿: | 2007/05/10 12:58:46

初めまして。

茂木さんのおっしゃる、「聖なるもの」

きっと様々な形の言葉で人の心に内在するものですよね。

自分にとって、「聖なるもの」ってなんだろう・・・

投稿: ミラクル | 2007/05/10 2:31:24

今日の日記、なんだか面白かったです。
クスクスっと可笑しくて、茂木先生って、カワイイナ~と。

投稿: | 2007/05/09 23:33:33

「プロフェッショナル」に登場されるみなさんは例外なく「自分にとって聖なるもの」をお持ちのように見えます。「プロフェッショナルとは?」の質問はそのまま「あなたにとっての聖なるものとは?」と置き換えられます。
週に一度それらオーラの強い方たちと定期的に会うのを仕事のひとつとされている茂木さんを羨ましいと思いますし、しんどいだとろうなとも思いますし、茂木さんは揺るがなさそうだかららいいとして、住吉さんのこれからの人間観はどうなってしまうのだろうかと、いらぬ心配までしてしまいます。
問題は視聴者、つまり私です。TV視聴の感動は5分後には残っていません。それでも自分の好みのタイプの方法論がもし自分の意識下に残っていて、それが自分の仕事の方法論と融合してエネルギー化して活かせたならば、ほんの1ミリ「聖なるもの」にまた近づけるのかもしれません。いい番組だと思います。

投稿: | 2007/05/09 23:11:59

“聖なるもの”ということで、自分にとってのそれを思い浮かべる。それは、子供の頃からやってきている仏教の信仰である。

これは、自分にとっては、人から如何揶揄されようと、コレが私の信条の源なのだ!というもので、如何なる時にも生きる底力と、勇気と、慈悲の心とを、己の切ない魂の奥から引き出してくれるものだ。そしてこれが自身にとっての揺るがざるもので、私はコレを信じ抜いて、生涯を全うしたいと決めている。

本日のエントリーで茂木先生が言われる通り、個々の人生の価値は、そういう「聖なるもの」をどれだけ魂の中に抱き続けられるかによって決まると思う。

…で、おお!噂の「mylo」ですか。形からしてトテモ楽しそうなガジェットに見えまする。

勝負の時、ということは、先生にとっての「本懐」を果たす時がいよいよ迫ってきた…ということなのに違いない。ならば、必ず、勝負に勝ってほしいと願わざるを得ない。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/05/09 18:35:53

自分の中に「聖なるもの」を抱きつつ、この世でそれを実現しようとすれば、おのずと他人の「聖なるもの」と激しくぶつかり合うことになるのでしょう。
自分の聖なるものを尊重しつつ、他人の「聖なるもの」を理解し、尊重しようとするには膨大な時間、エネルギーが必要なのでしょう。
自分の中の「聖なるもの」を傷けられるのを嫌えば、この世から距離を取るしかないのでしょう。
その、どれもが私にはそれなりの合理性を持っているように思えます。

私はポスト・カルデジアン消費というものがまだあまり理解出来ませんが某雑誌の茂木先生の写真は記号消費を煽っているようにしか思えないのですが・・・。
ポーターにせよマックにせよロゴが外に向かって付いてますよね。
茂木先生が意図していようがいまいが、「脳科学者」という肩書きを持つ茂木先生がマックやポーターを使っている写真は、マックやポーターという記号に「賢さ」という新しい記号(表象)を付与する結果となっているように思えるのです。
ディドロ統一体という概念もまだ理解が浅いですが、マックやポーターを愛用する人にソニーの潜在的愛用者が多いことを理解したうえで、ソニーが仕掛けているのならソニーも「あざとい」という気がします。

投稿: | 2007/05/09 13:53:21

>> ゆくえしれず・・ 魂spritsの消息 をめぐって

TO BE A ROCK , NOT TO ROLL

Led Zeppelin on 1974


・・夢見ることに似た で書いてたコメントの前段が

私の目の前から どこかへ消えて なくなった

・・のではじめから話します

やはりよく眠る ということは とてもだいじだ と

とっちらかってまとまらないとき 脳は休むことを何よりも

求めているのがわかる 眠りに落ちてゆく・・まさに落ちてゆく感覚

>>そして朝の空気が爽やか だったりすると チカラガ

カラダニ漲ってくるのを感じる やはり脳と身体っておもしろい


Introduction


だめだよ またひとりで 夢なんか見たりしちゃあ


レミング 壁抜け男 より
演劇実験室 天井桟敷 公演 @YAO-SEIBU Hole on May 1984
作・演出 寺山 修司 (公演の直前に彼は肝硬変で亡くなって・・
 彼の追悼公演となった ・・美しい舞台だった)


きっと呼ばれたのに違いない

ホテル・カリフォルニア(Played by EAGLES)を涙しながら
聴いてたせいだ(笑)


カフェマニア!Bon voyage
HOTELカリフォルニア への道

風のモバイラー PRESENTS: umai,yasui &iyasareru
how to use hotels
Don't miss it!!


5月4日金曜日 早朝
またしてもアコードワゴン炎上
うめだ花月in Osaka 付近にて立ち往生す
クルマを冷やし ついでにアタマも冷やし考えた
さて これからどうしよう?

何故私がこんな朝っぱらから 花月の前でボンネットをオープンし
ラジエタア、エンジン関係にミネラルウォタアevianをふりかけて
いるのか・・については後回しとさせていただきます
いや 説明は省かせていただくかも なんせ犬も喰わない話
なので・・トホホ

まあ 東大阪のallnightのゴルフ練習場で気晴らしのモーニング
SHOT の帰り道 とだけ言っておきましょう

で いまこうやって 全日空ホテルでアメリカンモーニング気分
を味わいながら エスプレッソのビター&スウィートなアロマに
浸っていると 
浮世のたわごとが まさしく憂き世の戯言 つまりはどうでもよいこと
に拘泥コウデイ している自分がかえってコッケイに思えてくる

そうTAKE IT EASY である イーグルスの世界を夢想する のだ
あの 行けどもゆけども荒野の ロンサムカウボーイ 開拓者
pioneer その心象風景を音楽で表現すると イーグルスのような
サウンドになるんだよ 必然的に
そして 最期にホテル・カリフォルニアの世界へと 漂着する
のである

You can check out anytime you like
But you can never leave

ばっちゅうきゃんネヴァあリーヴ!!
であのあまりにも有名なリフレインでもって 寄せてはかえす

波 のような 

聴くものに 深い余韻を残しながら 

曲は 終わる

>>つづく

投稿: | 2007/05/09 13:47:37

聖なるもの=魂の消息 ここが未だに解らないままなので。私にとって、聖なるものを探し続ける事が人生なのかなって思ってたので、それを魂の中に抱き続ける事で人生の価値が決まるとしたら。私はほんとに「空っぽ」 でも探し求めるしかなく・・・。価値がなくても自分で歩むしかなく。灰になるまでに指先だけでも何かに触れるかしら。

投稿: | 2007/05/09 11:55:24

自分にとって 聖なるものってなんだろうと
朝から真剣に考えてしまいました
結果はまったく思いつかず。。。ひとつも
大丈夫かな ワタシ
もっと考えてみます 
あれ?考えて出てくるものじゃない?

投稿: cachari | 2007/05/09 11:48:11

聖なるモノではないですが揺るがないモノは人それぞれあります
好き嫌いの激しい人は
どんな立派なフルコースでも
ニンジンとかみただけでぞっとする見たいですし
蛇がコワイ人に白蛇が有り難いとは思えないでしょうし
また、僕もオオムラサキろうがモルフォチョウだろうが
多分、間近であったら血の気が引くと思います
ちなみに、昔、多摩動物園か何処かの蝶の舞う熱帯展は
自然好きの心が砕け、怖くて入れませんでした

また、熱の入りすぎているオタクとかは
何を言われようが自分の価値観を曲げなかったりして
それは彼らにとって「聖なるもの」なのかもしれません
「ヴィジュアル系は音楽じゃないじゃん」
とか
「○○ってアニメは内容のないただの萌えアニメじゃん」
とか
「あのゲームはクソゲーだよ」
とかとかとか

茂木先生は日本でイギリスコメディがそんなに受け入れられてないとしても
価値観は揺るがないでしょうし
僕はゲームの話ですが
ドラクエ派の人間としていつもFF派と戦っています

なんで、こんなくだらない話になったのだろう・・

投稿: | 2007/05/09 7:58:18

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