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2007/05/01

「石のつくりかた」

私がときどき見る夢の一つは、
どうやら高校生の私が、ふと気付くと
ずっと学校に行っていなくて、
 「まずい、このままでは
落第してしまう。出席日数が
足りるだろうか」とあせって、
一生懸命計算するというもの。

 実際には、高校の時は真面目に
学校に行っていたから、フラッシュバック
というわけではなく、
 なんらかの心的真実を表すもの
らしい。

 きっと、人生のあり方
についての自省であろう。
 大学には11年いたし、
その後も研究職についていたし、
 朝ちゃんとどこかにネクタイと
Yシャツをして出かけていき、
真面目に働く、
 そのような生活とは違う人生を
歩んでいることに対する内的良心の
違和感を、無意識が表明していたのでは
ないか。

 それはそうと、夢の中では「その気」
になっている。
 自分がすっかり「高校生」に戻って、
窮地に追い込まれたように感じている。
 そのような脳のメカニズムが面白い。

 すっかり「その気」になって信じている
という状態を、冷静になって外から
見ると奇妙である。

 小学校2年生の時、私は、石のつくりかたを
「発見」したと思いこんだ。
 
 泥遊びをしていた。
土を水で捏ねて、ぎゅっと圧縮して、
固めて家の前に置いておいた。

 夜になって、空気はひんやりとして、
適当な湿り気も降りた。

 翌朝になると、捏ねておいた
土が、きれいな模様の石に変わっていた。
 叩いてもへこまない。ごく普通の石で、
私は昨日の土のかたまりが石になった
のだと本気で信じた。

 その石を、引き出しの中に入れて
大切に保存した。

 それだけではない。「石のつくりかた」
と称して、詳細なレポートを書いた。
 図入りで、土をどう捏ねて、どのように
放置しておくと「石」ができるのかを
説明した。
 それを、学校に提出した。
 先生は苦笑したに違いない。

 今思えば、土を捏ねて一晩おいて石が
できるはずがない。
 もっと圧力が必要だくらいの
ことが、小学校2年生の私に
何故わからなかったのか?
 首をひねる。

 それでも、「石のつくりかたを発見した」
と信じていた時の、不思議な世界観の
感触はまだ覚えていて、
 中に入っている時は人間はそう
思いこんでいるものだとつくづく思う。

 夢の中の自分しかり、
「石のつくりかた」しかりである。

 現在の人類の公式的世界観の中にも、
「石のつくりかた」のような、
気付いてしまえばとんでもない思いこみ
がきっとあるんだろうと思う。

 そうでなければ、心脳問題が
これほどの難事になるはずがない。

 思いこみから逸脱すること、
目覚めることが肝心である。

5月 1, 2007 at 07:34 午前 |

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» 外国を旅する時のよすがは? トラックバック 須磨寺ものがたり
昨日の産経新聞朝刊に養老孟司さんが、今たしかラオスあたりに、 昆虫採集にいっているはずですが、そこからの便りが掲載されていた。 いつも楽しく読ませていただく。 [続きを読む]

受信: 2007/05/01 13:54:12

コメント

はじめまして。いつも楽しみに拝読しております。

幼稚園にあがる前、
ブランコの前の柵の鉄棒によりかかっていた時
自分の真横でくるんと前回りした女の子が、
鉄棒を支えてる縦の棒を正面からすり抜けたように見えました。

人間てこんなこともできるんだ!!!

と、歓びいさんで自分も試してみたら、
人生初めての鼻血が出ました。

投稿: | 2007/05/03 1:42:16

錬金術を引くまでもなく、科学者は思い込み(=仮説)検証に一生を使います。思い込みが世の中からなくなれば、燃える仕事は激減し、シーンとした世界になってしまう。

宝くじ売り場、競馬場、英会話教室、エステサロン、サプリメント、みな思い込みのおかげで沸騰している。

投稿: | 2007/05/02 14:45:40

カフェマニア!meets The Qualia Jurnal
sousaku-RAKUGO (SR)しるぶぷれっ!!の巻


今夜の演目
創作落語 「地球五十億年、人類何ゆうてまんねん」  二階堂 雲雀

漫談 「えんすうへの道 重力Gからの脱出 編」 我田 引水

中入り(珈琲ブレイク)

旅籠 「風のモバイラー」 からのお知らせ

創作落語 「追跡と脱走のボッサノヴァ♪ 大江戸捜査線 編」 銀河亭 風来坊


♪(出囃子)

最近、地球に似た環境の惑星が発見されて話題になったばかりで・・
まあ メイオウ星でしたっけ?太陽系惑星から二部リーグに降格したから
これでチャラにしようってことかと。
なんでも 知的生命体の存在を確認しようってことで 信号を送ってるんだとか。
まあ夢があるんだか、芸がないんだかわかりませんが・・
それって つまりあまりにも人間中心主義的宇宙観 なんじゃないかと
思ったりするわけですが。


----- Original Message -----
From:
To:
Sent: Tuesday, May 01, 2007 7:03 PM
Subject: [SPAM]カフェマニア!スペシャルウィーク♪創作落語発表会の夕べ・


> このあいだ
> 仕事仲間のカシワギさんと
> ヒトはどこから来たのか?
> みたいな話をしていて‥
>
> 人間なんて
> ぽっと出の新人、
> 駆け出しの噺家とおんなじで
> たかだか出てきて五十万年程度の時間=キャリア
> のちぃちゃい存在に過ぎない
> のだ。
>
> あの恐竜でさえも二億年がいいとこなのである。
>
> 地球という惑星がこの宇宙に現れたとされている五十億年の途方もない、想像を絶する時間的パースペクティブからすれば
> 霊長類!ヒト科の生きてきた軌跡
> なんて
> ほんの点景
> でしかないよね
>
> だからさ
> けっきょく(笑い)人間なんか
>
> なに言うてまんねん五十万年
> トホホ
>
> ちゃうのん?!
> (爆笑)
>
> これって
> 一遍の落語
> でしょ?・
>
> (^_^)v
> お後がよろしいようで♪
> from K.Nomura@nomgroove.com
>
>
> from K.Nomura@nomgroove.com
>

投稿: | 2007/05/02 6:18:16

フラワーピッグこと茂木先生は、出席不足ゆえに落第に怯え、一所懸命出席日数を計算する高校生に戻った夢を見るのか…。落第生になった可能性があったんだよ、もうひとつの人生のパターンがあったんだよ、と実際化しなかった人生のベクトルを指し示す無意識の不思議、そこには必ず、夢見た本人の、内的良心の違和感が伴う…たしかにそうかもしれない。否!きっとそうだ。私もこの手のヘンな夢を見たとき、そういう感覚に襲われることが多々あるのだから。

私も時折、自分が高校生に戻った夢を見る。しかし、自分の場合は茂木先生のと違い、ずっと学校に通っているが、いじめられていたり、校舎の中をフラフラと歩き回ったりなど、見る夜によって場面が違っていたりする。

因みに昨夜みた夢は、木造の建物と、自分が何故か「白装束のお掃除おばさん」の姿になっていたのと、落語家の桂三枝そっくりの男にいろいろと小うるさく説教された場面が頭に残る夢であった。

この時は何故か、我が内的良心が違和感を感じることはあまりなかったようだ。

夢の中では自分が高校生とか、白装束の人間とかになりきって、その気になっている場合がたしかにある。

そして現実に目覚めている時でも「思い込み」でいろいろ失敗する時がある。

茂木先生の「石のつくりかた」のエピソード、なかなかにかわいらしい。土を一所懸命こねて固めたら石になってた。ので、わーい、石のつくりかたを発見したゾー!!と小躍りして喜ぶ少年時代の先生の姿が想像される。しかし、土はいつまでたっても土のママで、ホントの石にはならないものね。それを石になったと思い込んだ健一郎少年…。なんてほほえましい…。

だが、大人になったらその「思い込み」で道を誤ることが多くなる。

心脳問題の難儀さも、擬似科学の蔓延も、思い込みが実は根底にあるのかもしれないですね。(擬似科学の場合は無知と思い込みがワンセットなのだが!)

だから仰るように「思い込み」から目覚めることが大切なのだ。目覚めて真実を直視するようにならなければ、如何なる難儀な問題も、解明の糸口が見えてこないのに相違ない。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/05/01 20:23:30

はじめまして。
私も似たような夢を見たりするので、思わずコメントを。
私の夢は、とうの昔に卒業しているのに、
なぜか大学4年生で卒業を目の前にして単位を落としそうだ、と焦っている夢です。
茂木さんと同じく、実際には単位の心配はせずに卒業できたのに、です。
ハッと目覚めてからもしばらくその気持ちが続き、心臓はバクバクしています。
その焦燥感・不安感が、日常(起きているとき)のどんな感情よりもリアルに感じます。
何度か経験して思ったのは、どうやら私が人生の大きな節目に直面しているとき、
「先行きが見えない不安」があると、この夢を見るようです。
頭で作り出したシチュエーションが強い感情をかき立てることが、
不思議で面白いと思っています。

投稿: naname | 2007/05/01 19:38:53

昨日、茂木先生のHPで講演を聴いて、
聞き取ろうとして、一生懸命になって、
疲れ込んでしまったのか、夕方から、
ぐっすり朝まで眠りこんでしまった。
何か、コメントを差し上げたかったのですが。
さっきは、ばかなことを申し上げました。
今日のプロフェッショナル、心待ちにしています。

投稿: | 2007/05/01 13:04:14

夢という非現実に対して現実感を感じる事に
あっ!現実じゃないのに現実感をかんじてる!
という発見を最近してました。
そして、精神疾患によって現実に対して現実感が沸かなくなるのも
こういうことと関係あるのかなぁ?と思っていたところでした。
タイムリーな話題でした。

投稿: ザビィ | 2007/05/01 12:58:19

石の作り方とは、奥深いですね。「なかにはいっているときは、人間はそう思い込んでいるものだとつくづく思う」これも!!外界との際に
外と触れ合うその肌の感覚の境に なにかが隠れているのでしょうか?
夢とのつながりを紐解く事は出来ないのだけれど・・。
 幼い時インディアンがバスに乗ってやってきて、バス停でどんどん降りてくる夢を繰り返し見てなぜか怖くて外出着を着て眠りについた。目覚めると汗びしょびしょで・・。大人になって意識のある昼間のぼーっとした時に良く思い出してしまうのはなぜなのかな?
私が石になっている時・・・。

投稿: | 2007/05/01 11:29:35

泥をこねて出来た石!先生は苦笑いする。
小学二年生の思い込み、
なぜ、そんなことに気づかなかったのか。
泥の石が、夢みて、光を放っても、
どこにも価値なんかない。
先生は、がらくたを持つ人なんか
相手にするひまなど無いだろう。
でも、泥が小さなカタマリになって、
夢見て泣いたのは、ほんとうのことだ。

投稿: | 2007/05/01 11:09:24

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