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2007/05/30

脳内現象 9刷

NHKブックス 『脳内現象』は増刷(9刷、累計30500部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。


5月 30, 2007 at 07:23 午前 |

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» 分かり合えないことの自覚 トラックバック 鈴木正和 (すずきまさかず) ブログ日記  文学の痛みと感動 
原理的に、人と人とは、分かり合うということはない。 数年前から、私が認識させられて来たことである。 全ての理解は、私自身の意識の内部にしか存在しない。 どう足掻いても、どう頑張っても、どのような会話や議論をしようとも、人は、私の目、私の耳、私の脳、私の感覚を通じてしか、何かを見たり聴いたり理解することは、決してできない。 いわば、私の脳の外側に出て、他の人の脳に成り代わって、他人の見る世界や、聞く世界、感じる世界、考える世界、その質感を体験することは、決して出来ない。 そのことに気づかされ... [続きを読む]

受信: 2007/05/31 7:22:48

» フューチャリストとクリエイティブ・クラス トラックバック IT起業研究所 ITInvC 代表小松仁 オフィシャルサイト
シリコンバレーを中心に活躍されている梅田望夫さんとTV他でも有名な脳科学者茂木健一郎さんの対談集「フューチャリスト宣言」に、脳とコンピュータの違いが出ていて、チューリングマシン(現在のコンピュータも基本は同じ)をプログラミングするのはいわば「ウェブ1.0」であり、脳は要するに「2.0」以降になるという。 要するに、外部からの入力に対し、一定の閉じたプログラムで処理を行い結果を出すのが前者のチューリングシステムで、それだけでは“偶有的なできごと”を有機的に処理できない。 一方、脳の神経細胞..... [続きを読む]

受信: 2007/06/03 15:35:58

コメント

おはようございます。
先日、本を購入しました。
電子辞書を片手悪戦苦闘しております。
(医学専門の電子辞書が出ればいいのにといつも思っています。)現在、104ページにしおりが挟まっています。

ところで、今回茂木先生の本を購入して、脳?心?に面白い現象が起こって、私の中にあったものを崩さなくてはならない事になりました。

その面白い現象と言うのは、うまく説明できるかどうか挑戦してみますが、分かってもらえたら嬉しいです。

私が本をめくって最初の文字を目で追うとその瞬間に
脳の回転が始まります。その回転を私の感覚は回転と
してではなく、流れとして感じます。それは、ぴたりの表現で言えば、「ソーメンを食べている様に私にはいてくる」と言う感じでしょうか。

その「ソーメンを食べているスピード」を感じるのが、今まで、東京大学と京都大学の卒業の方が書かれた本ばかりでした。
だから、今まで、学校によって、その学校独自の何か思考のパターンと言うかスピードみたいなものが存在しているのではないか・・・。と思っていたのですが。。。今回は、そのスピードを感じなかったのです。

で、久しぶりに本を読んだので脳の回転が遅くなっているのかもしれないと思い、そばにあった「感性の哲学」と言う本を手にして読み始めたら、やっぱり「ソーメンを食べるように」脳は反応しました。で、著者のプロフィールを見ると、やはり東京大学だったのです。だから、私の推理していた、「大学によって生まれる思考パターン(思考リズムパターン?)」は、見事に履がされました。

茂木先生の本を読むにつれ、もう少し早く先生の本と
出会っていたら、私は私の残してきたさまざまなことをメモしていたものを残しておいたのに・・・と。
昨日、悔やみました。

でも、スピードがなくても、ちんたら、ちんたらとでも読了したいと頑張っています。
ただ、、、なんか少しずつ、ずれてきているような気がしてきています。知識を持たない者の限界でしょか,,,,,,。

数学のたとえのところは説明を読んでもまだ「????」です。

それともクオリアの概念がまだ理解できていないのかも、、、。今日(2007年6月11日)の講義聞きたかったですね。今、ズカズカと講義に行ってしまいそうな自分を抑えこんでいます。
講義に行く変わりにこちらに参上しましてなんらかの
諦めにします。。(TT)。

ではでは

投稿: あすか | 2007/06/11 11:55:32

 こんにちは。時々コメントさせて頂いております。
先日、塩谷堅さんのお話もありがたく聞かせて頂きました。
そして、上野公園で、先生に馬鹿なことを言って、
茂木先生は私のことを大層頭が悪い女だと思われたことでしょう。

ちょっと、私の思ったことを書かせてくださいね。
暫く前に『脳内現象』を読ませて頂き、脳の現在の化学的に認識されている事柄がとても理論的で面白くて、また難しく、素人の私には全てを理解できたとは言えませんが、読んで良かったと思いました。

所で、先日の塩谷さんを芸大によばれたことは、東大の盟友である友への深い友情と尊敬があるのだろうなと感じました。

また塩谷さんのお話は大変面白く、ソクラテスの問答法的な講義で、
内容も私は頷けるものだったのですが・・・。

茂木先生に、「解った気になっているだけだよ」と言われたので、
後になると、そうかもしれない、と思いましたが、私の感じたことを
お伝えしたくなりました。

『脳内現象』の230ページに
”デカルトが学生だった当時、支配的世界観を形作っていたのはスコラ哲学だった。デカルトは、当時の最高学府であるイエズス会のラ・フレーシュ学校で学び、そこで世界の秘密を理解する鍵を見つけようとした。しかしデカルトを待っていたのは、失望だけであった。
当時のスコラ哲学の大系には、デカルトを満足させるような知は含まれていなかったのである。(中略)そこでデカルトは、当時暗黙のうちに前提にされていた様々なことを疑い始めた。疑い続けて、これだけは疑うことの出来ないというモノだけを前提に、世界についてもう一度考えてみようとしたのである。”

「我思う。故に我在り」

 この一説は、まさに塩谷さんのことではないかと感じました。
茂木先生と塩谷さんは、大学生のその時点では、デカルトと同じように一度は最高学府に失望し、それを味わったことによって盟友となり、
しかし、生きていくためには、世間と折り合いを付けていかなければならないのだと言い聞かせ、塩谷さんは日本の秘密を作る政府に入り、やはり、さらに失望し、世間と折り合いを付ける道をあえて拒否した道を選択したのでは? と思えてなりませんでした。勝手な想像ですみません・・。
 
 論文を一度も書かないのは、論文というモノが、地位や名誉という、
究極の欲望を満たすための道具であることが、彼のなかで許せないのでは?
大学のある時点で一致していたものが、一方は、地平線から事象を積み上げ山を作り、一方は地平線から深く穴を掘ることに生きる道を見いだし、目指すベクトルは逆を進み出したのでは?

だから本当は、茂木先生は塩谷さんが言っていることを解っているのでしょう? 何が、誰にとって、美しいか? を。

勿論、私が理解出来たと思ったのは、美しいと思う感覚が、生まれてから脳に蓄積された情報の上に、誰か偉い人がそう言った、と言う情報で自分の意識が変わってしまうということを知っているからです。
 間違っているかもしれません。

ー「肉はもっとも沢山あるかもしれない窓である」ーは、凝縮され、密度が高くなり質量だけになった時、そこに初めて真実という窓が現れる、という意味かな? 
時々トンチンカンなので、間違っていたらすみません。
 

 

投稿: tachimoto | 2007/05/31 13:43:05

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