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2007/04/04

そこにフォーカスを与え続けると

ボクが好きな話の一つに、次のようなものが
ある。

畏友郡司ペギオ幸夫がシンポジウムで
しゃべっていた。
会場にいた相澤洋二さんが、手元のノートに
しきりに何かを書いていた。

休み時間になって、郡司が、相澤さんに、
「相澤さん、何を書いていたんですか」
と尋ねた。

のぞき込んだ相澤さんのノートには、
ペンでぎっしりと「相澤洋二、相澤洋二・・・」
と繰り返し書かれていた。

「どうしてこんなもんを書いたんですか」
と郡司が聞くと、
「いやあ、郡司クンの話を聞いていたら、
自分が何ものなのか、不安になって、
それで何回も自分の名前を書いてみた」
と相澤さんが答えたという。

 何回も同じことを書くと、
「ゲシュタルト崩壊」が起こる。

 慣れ親しんできた文字が、ほぐれて解体し、
見なれぬ異界の模様のように見えてくるのだ。

 この世に生を受けて以来慣れした親しんで
きたはずの「私」という自我の意識さえも、
そこにフォーカスを与え続けるとゲシュタルト
崩壊する。

 崩壊して起こる運動が私たちをどこに
連れていくのか。
 そこにあるのは明るい狂気か、
あるいは暗い膠着か。
 いずれにせよ危険な道であることには
変わりない。

 ある会にて、
 電通の佐々木厚さんが肝入りで、
田中洋先生とつくった『欲望解剖』
にたくさん署名をした。

 いささか真面目なる文脈であったので、
ぜんぶ同じ絵柄にしてこれ相務めていたら、案の定
ゲシュタルト崩壊を起こし始めた。
 
 目の前が
 何が何やらよくわからなくなる。
 当たり前だと思っていたことが、
不可思議に見えてくる。

 かのアルベルト・アインシュタインは
時間や空間の本性について長年うんうんと考えた。
 その結果、当たり前だと思われていた
ことを解きほぐし、宇宙観に新風を吹き込んだ。

 つまりは同じ問題を執拗に考え続けるしか
ないらしい。

 私がクオリアの問題を考え始めてから
13年が過ぎた。
 部分的なゲシュタルト崩壊はあるのだが、
全面的な雪解けには至らない。

 そうこうしているうちに、外の
世界では何度も春がめぐってきた。

(ココログのメンテナンスのため、
アップが遅れました)

4月 4, 2007 at 06:52 午後 |

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受信: 2007/04/05 2:45:36

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受信: 2007/04/05 5:42:05

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受信: 2007/04/05 11:47:56

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受信: 2007/04/18 22:04:48

コメント

先生が13年間かけて計画的に知識を構築して雪解けを目指すところを
自分は20数年かけてバラバラな知識から、ただモノロジックな
構造モデルを作ろうとしていたんだなーとようやく自覚したところです。

生物論の進化の各々のロジックを読んでゆくと、
Aの事象に対するAの為のロジック、
Bの事象に対するBの為のロジック。

これら全てが(各々のロジックが断絶されているとしたら)
別次元のそれぞれのベクトルとして作用しているのでは
というイメージになりつつあります。

そんな別次元同士の連結点において、生物はベクトルを取捨選択できるって
可能なのかな。選択って、波と粒子みたいな選択かな。
それとも別次元同士のベクトルって何なんだろ。

でもこの考え方は多様性の何にでも当てはまってしまうので意味がないような。
生物や脳に特有のロジックって何なんだろう。

脳の進化で言えば、細胞レベルで感じた全ての「なにかのもの」を
それぞれの感覚に振り分けて脳内で再合成して
「なにかのもの」=「感覚の妙」をより一致させたり増やしたりする
ベクトルが確実にある気がするのです。

このベクトルの究極は完全な一致という収束なのかな、
永遠に成長し続ける分散系なのかな。

このベクトルが哲学的かそうでないかは断言はできませんが、
逆に「なり得る」ベクトルが何らかの形で存在するかしないかと
同一線上になるとしたら、その時点で「哲学的ゾンビではない」と
受け止めて下さいね、それがロマンですよねと、MP3の二人に言いたい。

と、ウダウダ考えながら単連結からネットサーフィンしていましたら、
数学の位相空間の観念にゆきつきました。いいきっかけを頂きました。

投稿: teresu | 2007/04/07 19:37:02

茂木健一郎先生
いつもお願いばっかりしてる僕をお許し下さい。
おつかれさまです

茂木健一郎先生へ

投稿: 東次郎 | 2007/04/04 20:37:59

 春が巡ってくる度に忘れることがいっぱいある。
それでも、まるで白昼夢のように花が咲いて消えていく。
 そんな眼差しの下に私は京都を観光していた。
眼差しが消えて曲がったところに1つの家があった。
愛宕鎌倉山 月輪寺(つきのわでら)
法然上人二十五霊場十八番所 宗派 天台宗のお寺である。
 杉原信幸さんと登った愛宕山の帰りに立ち寄ったのであるが、
大変ぼろ(貧)かった。
 そこでは雨水に生活をかけている和尚さんが暮らしている。山では鹿がいて、畑を作れない。それで、救急車が来るまで9時間かかる山を降りて、町に必要なものを買いに行くらしい。
 和尚さんは、檀家もいない寺の事を大切にして、1億5000万円以上掛けて大変貴重な寺の像(国の重要文化財数体)を取り戻したと、子どもを取り戻した、みたいに語った。
 下さった寺の案内書も、酷なくらい観光案内のひとつだった。
誰が、寺に住んでいる、ひとつの家に住む和尚さんを救うのだろう。
 数年前、テレビにも出た。京都では、寺組合は、大災害が起こらない限り、ボランティアは動かないそうで、和尚さんがどんな生活をしているのかわからないままになって、従って、何処からも故障した和尚さんの生活は直せていない。
 もちろん、和尚さんはそんなことを一言もおっしゃらなかったので、後日電話して、落とされた言葉を吐かしてもらっている。
 畑を作れないと和尚さんは言っていた。
青森県で雑草だらけの山でリンゴを育てるおじさんの話を杉原さんからお聞きした。殺虫剤の代わりに酢を撒くと言う話をしたら、試してみるといわれた。
 助けて、ということがわからない生活がとても田舎でなされているということに気付いた。無視されたら、助けを求める心さえ、自然へ還って、人はそのままの生活をしてしまうのである。
 山で暮らすプロフェッショナルの人に、和尚さんの赤子のような生活を自活出来るまでに直してやってほしい。
 坊さんの誇りなどなんだって京都は誇っているのだろう。
腐っている。
 助けて どんな町だって、家を持っている。家は外へ向けての微笑だけでは成り立たないと思う。外から離れて、内へ向かう、もう1つの家の形成が必要だ。檀家もいない存続も危うい寺の住職が生きていく必要があるのだから、遠くの家から山で、木の実を拾うみたいに、否定できない無知、を飢えから救うみたいにして、育てる必要があるのではないか。
 つまり、阿呆なひとりの坊さんを、茂木さんに救ってもらいたいのである。
 無力な私は忘れてしまうから、よっぽど可能性を秘めた大人に、お願いして、はかない命をより身近な独りのご近所として、京都の人に大切にして頂きたい。
 その礎を、お願いします。
 呆けた和尚さんの生活を、鹿だらけの山でも、食べ物を作れるような技術をもって、営んでいける方法を教えてやれる人をしょうかいしてやって下さい。
 和尚さんの連絡先
〒616-8456 
京都市右京区嵯峨清滝月輪町7
075-871-1376

JR京都駅から京都バス
「清滝行」終点下車
徒歩山路2km、登山2km
乗用車のみ都山口に駐車可
宿泊は、寺内に30人まで可
付近の名所:愛宕神社
      清滝一帯の散策
 
寺内にしぐれ桜(法然が植えたらしい。1月半ばから5月半ばの間、花や葉の先から涙を流すように雫を落とす事からしぐれ桜と名付けられた)が生えている。


いいところですよ。
是非いらっしゃって下さい。

テレビに出ていっぱい善い人を知っていらっしゃる
茂木健一郎先生へ
困った無力な
東次郎より


投稿: 東次郎 | 2007/04/04 20:35:37

 春が巡ってくる度に忘れることがいっぱいある。
それでも、まるで白昼夢のように花が咲いて消えていく。
 そんな眼差しの下に私は京都を観光していた。
眼差しが消えて曲がったところに1つの家があった。
愛宕鎌倉山 月輪寺(つきのわでら)
法然上人二十五霊場十八番所 宗派 天台宗のお寺である。
 杉原信幸さんと登った愛宕山の帰りに立ち寄ったのであるが、
大変ぼろ(貧)かった。
 そこでは雨水に生活をかけている和尚さんが暮らしている。山では鹿がいて、畑を作れない。それで、救急車が来るまで9時間かかる山を降りて、町に必要なものを買いに行くらしい。
 和尚さんは、檀家もいない寺の事を大切にして、1億5000万円以上掛けて大変貴重な寺の像(国の重要文化財数体)を取り戻したと、子どもを取り戻した、みたいに語った。
 下さった寺の案内書も、酷なくらい観光案内のひとつだった。
 誰が、寺に住んでいる、ひとつの家に住む和尚さんを救うのだろう。
 数年前、テレビにも出た。京都では、寺組合は、大災害が起こらない限り、ボランティアは動かないそうで、和尚さんがどんな生活をしているのかわからないままになって、従って、何処からも故障した和尚さんの生活は直せていない。
 もちろん、和尚さんはそんなことを一言もおっしゃらなかったので、後日電話して、落とされた言葉を吐かしてもらっている。
 畑を作れないと和尚さんは言っていた。
 青森県で雑草だらけの山でリンゴを育てるおじさんの話を杉原さんからお聞きした。殺虫剤の代わりに酢を撒くと言う話をしたら、試してみるといわれた。
 助けて、ということがわからない生活がとても田舎でなされているということに気付いた。無視されたら、助けを求める心さえ、自然へ還って、人はそのままの生活をしてしまうのである。
 山で暮らすプロフェッショナルの人に、和尚さんの赤子のような生活を自活出来るまでに直してやってほしい。
 坊さんの誇りなどなんだって京都は誇っているのだろう。
 腐っている。
 助けて どんな町だって、家を持っている。家は外へ向けての微笑だけでは成り立たないと思う。外から離れて、内へ向かう、もう1つの家の形成が必要だ。檀家もいない存続も危うい寺の住職が生きていく必要があるのだから、遠くの家から山で、木の実を拾うみたいに、否定できない無知、を飢えから救うみたいにして、育てる必要があるのではないか。
 つまり、阿呆なひとりの坊さんを、茂木さんに救ってもらいたいのである。
 無力な私は忘れてしまうから、よっぽど可能性を秘めた大人に、お願いして、はかない命をより身近な独りのご近所として、京都の人に大切にして頂きたい。
 その礎を、お願いします。
 呆けた和尚さんの生活を、鹿だらけの山でも、食べ物を作れるような技術をもって、営んでいける方法を教えてやれる人をしょうかいしてやって下さい。
 和尚さんの連絡先
〒616-8456 
京都市右京区嵯峨清滝月輪町7
075-871-1376

JR京都駅から京都バス
「清滝行」終点下車
徒歩山路2km、登山2km
乗用車のみ都山口に駐車可
宿泊は、寺内に30人まで可
付近の名所:愛宕神社
      清滝一帯の散策
 
寺内にしぐれ桜(法然が植えたらしい。1月半ばから5月半ばの間、花や葉の先から涙を流すように雫を落とす事からしぐれ桜と名付けられた)が生えている。


いいところですよ。
是非いらっしゃって下さい。

テレビに出ていっぱい善い人を知っていらっしゃる
茂木健一郎先生へ
困った無力な
東次郎より


投稿: 東次郎 | 2007/04/04 20:31:22

ゲシュタルト崩壊…同じものを何回も書いていたり、
一つの文字を長時間じっと眺めていたり、
同じ絵柄を何回も繰り返し書いていると、
今まで見慣れていたあたりまえのはずのものが、
異世界のものにみえてくること…。

たとえば「う」というひらがなの一字を
じっと長いこと見つめていると、
それが何時も見慣れている「う」ではなく、
なにかの古代文字か、異世界の記号に見えて来たりする。
科学史上のエポックメイキングな発見も
ひょっとしたら、
このようなゲシュタルト崩壊から生まれてくるのかも
しれない…。

茂木先生が13年間も、クオリアの問題について
考え続けてこられているのは、かのアインシュタインが、
時間・空間の本質について考え抜いた結果、
相対性理論を見出し、宇宙観に革命をもたらした
その過程と、極めて酷似していると思う。

何故なら既に予測されているように、意識及びクオリアの
本質が明らかになったなら、科学史上最大の革命と
なるはずだからだ。

ドンナに紆余曲折、試行錯誤されつつも、
茂木先生はその「革命」への道程を歩んで
おられるのだと思う。

茂木先生が意識・クオリアについてその真理を
掴まれた時、科学史の地図は大きく
塗りかえられるに違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/04/04 20:27:55

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