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2007/04/07

生命とは制御できないもののことである

ここのところ梅田望夫さんが
「明るい狂気」という言葉を時々使われる。

 新幹線に向かう時にそのことを
考えていて、
 そもそも意識がある状態が「明るい
狂気」ではないかと思った。

 何もないところに意識が生まれると、
その中にさまざまなクオリアが生まれる。
 鮮やかで、たおやかで、輝く様々な
ものが生じる。

 そもそも、私たちは「明るさ」や「輝き」
というものを、本当は意識を通してしか
しらない。

 してみると、「明るい狂気」という
ことは、人間精神の部分集合ではなく、
無意識や全意識に連なる全領域を
覆う言葉になるのだろう。

 新潮社の金寿煥さんと西へ。

 サントリーの山崎醸造所で、
輿水精一さんにお目にかかる。
 NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』
に輿水さんがゲストとしていらして以来。

 久しぶりにお目にかかった輿水さんは、
相変わらずダンディーで、素敵だった。

 樽の貯蔵所には、私が生まれたのと
同じ、1962年に原酒が詰められた樽
があった。

 同じ原酒を、同じ時期に、同じような樽
で仕込んでも、異なる性質の原酒となる。
 蝶がはばたくとハリケーンが発生する
「蝶のはばたき効果」のように。

 輿水さんとお話していて、
ウィスキーの原酒は近代の規格化を目指した
工業製品とは全く異なるもので、
 つまり制御不可能なのだと改めて悟った。

 まるで生きもののように、うごめき、
うねり、変わっていく。

 生きものの定義を、「制御できない
もの」としたらどうか。

 ウィスキーはもともと「生命の水」
と言う。原酒は制御できない。生きている。

 ついでに、ウィスキーを飲んだ人間も
制御できないものになる。
 より生き生きしてくる。

 冗談はさておき、自分の内なる
制御できないものをいかに出すかが
生きることだと考える。
 
 子どもは「制御不能」のかたまりである。
大人になるとだんだん分別がついてくる。
 便利なようだが、それだけじゃあダメだ。

 モーツァルトの音楽の本質は、制御
の不可能が奇跡のように一つの美の
秩序になることだろう。

 「生命とは制御できないもののことである」
と考えることで、ぱっと視野が広がって、
様々なことの本質が見えてくると思う。

 山崎醸造所の周囲には桜が美しく
咲いていて、風があちらこちらからそよいで、
そのカオスの海がいかにも心地よかった。 

 このような場所でゆっくりと
した時間(ウィスキー・タイム)を
積み重ねてきた輿水さんは幸せだと
思う。

 仕込んでも、結果は10年後にしか
でない。
 100年後、200年後の樽作りの
ために、今日ミズナラを植える。

 ドッグ・イヤーだけがこの世の
真実ではない。
 特に、学問のコアはそうである。

 ウィスキー・タイムをドッグ・イヤーへの
対抗軸とせよ。

4月 7, 2007 at 09:31 午前 |

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受信: 2007/04/09 5:44:45

コメント

生命とは制御不能なもの

を読んで。>>またシンクロニシティ(共時性っていうの?)の

ことが頭んなかをよぎりました。

そして、漱石にとっての「自然」を想うのです。

彼は、「それから」のなかで主人公の代助に こう言わせるのです。

自然に背き、かつて恋した女性 千代を親友から奪うことに

(奪わざるを得なく) なってしまった自分を・・


だから、僕は 「自然」に敵(かたき)をとられて

きみの前に手をついている!!


と。

漱石の小説では、三四郎、それから、門

このいわゆる、三部作が一番好きですが。

サリンジャーの「グラース・サーガ」と並んで

僕のオールタイム・ベスト「青春小説」でございます。


ところで。

F1パイロット=アイルトン・セナが

イモラ・サーキットの「あの」coner に散って、天に召された

あの五月がまた、巡ってくる。

誰よりも速くconer を脱出し、G からの開放の愉楽PRESEAUR

享受した男。

であるがゆえに、初優勝を決めた日本GPの鈴鹿で

「神」を見、神から最も愛された男。

彼は、おそらく、「存在」を感じた のだ。

それは、「感じる」としか表現しえない 体験 なのだ。

あの キューブリックの「2001年」で「彼」が感じ、そして

導かれたように。

その制御不能な闘争本能を、無比のtechnique で手なずけ、

観る者を瞠目させ、

ドイツ・ホッケンハイムの森なかでのエグゾーストの

調べをこよなく愛した男。(笑・・やりすぎだろ)

その彼が、

当時、史上最高にコントローラブルなF1 マシン>>ウィリアムズ・

ルノーFW15(だったと思う)で逝ってしまうなんて。


あの時の中継映像。

世界のすべてが弛緩し、そのとり返しのつかない喪失感に

誰も理性の言葉を失ったような、あの時間を

僕は一生涯、忘れることはないだろう。

胸騒ぎの、その五月がまたやってくる。

(えんすう への道 partⅠ 次回へ)エンスージアズム:熱狂


ヒトは「G」からの開放の悦びに触れると、

存在(presence)=神 に出遭うのではないか?・・をテーマ

に次回をお楽しみに。

うおっ、シンクロしてる!!

 

投稿: 野村 和生 | 2007/04/12 1:16:01

ドッグイヤー、時間に対する感覚のお話、
以前、アジアの作家たちの美術館に絵を観にいったとき、
(たしか)中国の画家が、村の人たちの仕事の合間に、
一人ひとりと向き合って、お互いの顔を描く、
という作業を続け、味のある肖像画が、何枚も、
天井近くまで壁いっぱいに貼ってあって、
隣で、説明してくれていた学芸員の方が、見上げながら、
「どれだけの時間がかかったんでしょうね」と云われて、
「私も同じことを思いました」と返事をしたら、
「でも、あちらの方は、時間がかかるなんて、そんな発想は
ちっとも、されないそうですよ。日本人的発想なんですね」
という話をきいたのを思い出しました。

意識や、時間やら、区切ってばかりいる自分に気づいて、
そういえば、いつぐらいから、区切るようになったのかな、
幼い頃は夢を見た後、目が覚めても、まだ夢の続きみたいな、
なんの壁もなく、すべてが一続きだったように思います。
樽の中で、長い歳月を経て、熟成されるウイスキーのように、
人らしく生きていく過程も、よく似ているのでしょうか。

お写真、とても良いですね。拝見していたら、自分を反省しました。
(私は少し風邪気味で、やっと数日ぶりにpcの前に座れました)

投稿: フミ | 2007/04/07 21:42:08

今日は、アリスです。
以前からサントリーの山梨のワイナリー工場の
見学に行ってみたいなと思っています。

私は5年前からサントリーの懸賞にマメに応募しています。
どうもエントリーする人が少ないらしく、本当によく当たります。
イイ会社だなー(相対的に)。去年も1本もらえました。
基本一口で酔える身なので、
1本のウイスキーで数日楽しい寝酒の甘みを味わえます。

昨夜は相互作用同時性の原理と非局所性についてウンウン読んで
生命の進化論と各々のロジックの断絶について考えて
帰宅してから数時間更に脳と合わせてウンウン考えた末に
結果が最初の命題と単連結であることに気づきまして、
あはは、うんうん、よくあるトラップだ、おや朝だ、では、と、
10分文章書いて寝ました。
目覚めて、読んで、うんうん、ノーー。

今日の日記で更に思いつくことがあったので
今から一生懸命考えてみたいと思います。
いつも「楽しい知の気づき」をありがとうございます。

投稿: ありす | 2007/04/07 15:05:52

山崎醸造所。いい所です。大阪京都の間にある山崎は、失われた時に満ちた場所です。

私は学生のとき、単位取りのための見学実習で行きました。見学後に引率の先生ともどもウイスキーをおよばれして、写真の茂木さんのように赤い顔になりました。

バイオリンの名器が再現できないように、思ったようなウイスキーは再現できないということになっていますが、もし莫大な研究資金があれば、関与する要因がかなり特定されて、いくらでも本物に近づけると思う。

難しいとされている問題というのも、それが本質の問題か、ただ努力しないだけの問題かが曖昧にされていることは少なくないと思う。

曖昧を曖昧として楽しんでいるような科学者は要らない。

投稿: fructose | 2007/04/07 14:09:54

生命とは制御できないもののことである・・・。そうであるからこそ、生命というものの価値は大きいはずだ。かけがえのないもののはずだ。

歴史を見回してみれば、幾度か生命をもっている我ら人間という「生命体」を何かで“制御”しようとする動きがあった。危険な権力志向の人物群が意識レヴェルから人々を恣意的に、自分たちの思う方向へ引っ張っていこうとする動きがあった。ナチズム、ファシズム、極左、そうした勢力が人々を恣意的にあやつり、自分たちの思うがままに動かそうとしてきた。

しかし、最後は人々の意識をコントロールしきれずに、すべて破綻した。人間が生命体である以上、制御など不能なのだ。歴史はそれを厳密に教えている。


制御不能だからこそ、生命にはそれぞれ異なった「個性」が生まれる。同じ年に仕込んだワインやウィスキーはみな同じには決してならない。それぞれが長い年月をかけて、皆違った味わい、香り、深みをもった一つ一つの生命体になるのだ・・・。

下手に制御しようとすれば、人間の場合「分別くさく」なったり、社会の場合「破綻」がくる。(社会も生きた人間の集合体からなるものだから)


どんなに150歳まで生きようと願っても、必ず寿命はくる。100歳で寿命がくる場合もある。生命である以上、死も制御不能だ。(ただし、自殺は本人に思いとどまらせなくてはならない!)

そうやって生命というものをみていけば、ものの見方も変わるし、茂木さんのいうように、視野も開けるし、なにより、制御不能ゆえに生命はかけがえのないものだ、ということをより深く自覚できるのだ。

我々生き物は、止まらない。死が訪れ、生命活動が完全に止まるまで脳内で、意識と思考とクオリアを立ち上げ続け、明るい狂気を含めた全意識を持って一日、一日を生きている。
追伸:茂木先生と輿水さん、お二人ともなかなかにダンディーです。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/04/07 12:35:40

おぉ〜。今回もまた含蓄に満ちた記事をありがとうございます。
「制御不能」ですか・・なるほど・・
やっかいですね。何だか「1984」のCMを思い出しました。

「輝きを意識を通してしか知らない」と
いうか、ひょっとしたら意識の中で輝きが
発生しているのかもしれないと思ったり。

現実には物理世界が広がっているだけで
何のクオリアもなく、意識の中で全ての
クオリアが生まれるのかも・・自信ないですが・・。

投稿: HogeHoge | 2007/04/07 11:59:25

一見、狂人だとしか思えない人(街中で大声で汚い言葉を
わめきちらしながら歩いていたりする~)に話しかけられてしまった
ことが何度かありました。
類は友をナントカというやつでしょうか(笑)?
でも、相手の意に反して(?)こちらが
まともな対応をすると、途端に相手の狂気のオーラのようなモノが
しゅるっ!と影を潜めしまう。
「ああ、そうなの?それじゃ…」などと、穏やかなトーンで
いたって普通の返事をされ、こちらも面食らってしまいました。
負の方向へ逸脱しそうになったときには、
分別や制御などの枷が役に立ったりするのでしょうか。
過度な制御が狂いを生じさせるのはなんとなく
分かるような気がするのですが…。
もともと狂気の人などでは、なかった、ということかもしれません。。。

で、明日が楽しみです!!!
以前『生きて死ぬ私』に描いてくださった絵は
クジラではなく…
実はシャチの親子だったのでは?と悩み始めました(笑)。
あの「まるまるまるっ」とした体格はイルカではないし。
ヒレのこじんまりさ加減とは不釣合いな体格のよさが醸し出す
妙なバランスが無邪気でユーモラスです。
やっぱり「シャチ」かもしれない。。。!

投稿: まり | 2007/04/07 11:14:13

先生がんばって下さい!今モーツァルトのヘ長調 K33bを聞いているのですが、何だか気持ちが明るく?なっていいなぁと思います。不思議だなぁと思います。それでは失礼しました。

投稿: メロD | 2007/04/07 10:12:51

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