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2007/04/18

そうか、これがニーチェの言う

急ぎ足で行く街をつつむ空気が
さわやかだから、
 アタマの中で様々な事々が渦巻いて
いる時間の流れの中で、基本的に気持がいい。

 授業を終えて、聖心女子大学の
キャンパスを歩いていると、
向こうから来る男の人が手を挙げる。

 はて、誰だろう、と近づくにつれて、
青年のようなその人の姿が次第に
明らかになってきた。

 船曳健夫さんであった。

 「目が悪いの?」
と船曳さんが言う。
 「いいえ。なんだか、印象が違って。
なんだかセイネンみたいでした。」
 「茂木クン、ここで授業しているんだっけ?」
 「ええ。脳科学を。船曳さんは?」
 「ボクはね、演劇論をやっているの。」
 「もう長いんですか?」
 「27年になるよ。」

 船曳さんの普段の姿は東京大学の教授である。
 聖心のキャンパスで27年も授業を
していると一体どんな地層が心の中に
できるのか。

 「27年!」
という言葉の感触を舌の上で転がせる。

 国際学会に出す、学生たちのアブストラクトの
面倒を見るのが終わって、
 最後に自分のを書く。

 物理法則による世界の記述
におけるさまざまな「異常項」
が、意識の存在という「異常項」
とどのような関係にあるか。

 そのカルキュラスについて
考察する。

 NHKで、『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の打ち合わせ。

 「笑っていいとも」出演中の
辰巳琢郎さんから電話が来る。
最後に「いいとも」と言ったら、
「目の前で誰かがいいともと言っているところを
初めて見た」
と有吉伸人さんや須藤ユーリさんに言われた。

 上野の東京芸術大学の美術解剖学教室で、
今春布施英利さんの研究室に進学した学生
さんたちや、関係者たちと話す。

 私の東京工業大学の研究室の学生も
くる。

 ボクの研究室は、マルチプル・キャンパス制
をとっている。

 もちろん、ベースはすずかけ台にあるのだが、
五反田のソニーコンピュータサイエンス研究所、
(ほぼ)毎週美術解剖学の授業がある
東京芸術大学、親友池上高志のいる
東京大学駒場キャンパス、相澤洋二先生や
三輪敬之先生のいらっしゃる早稲田大学。
 郡司ペギオ幸夫のいる神戸大学。
 そのような様々な学問の場に
総合的に触れることで、
 自らの内面を涵養してほしいと
思っているのだ。

 芸大の学生たちと、
東工大のボクの研究室の学生たちが
すっかり親しくなっているのを見るのは
とても心地よいもので、そのような汽水域から
なにかが生まれてきてくれればいいと
思う。

 布施研究室に修士一年で入った
ノブクニさんが、卒業論文を読ませて
くれた。

 レオナルド・ダ・ヴィンチを極北とする
芸術論を志向しつつ、量子力学などを引きながら
意識の本質を論ずる大変本格的なもので、
驚いた。

 粟田くんは、英語で書いたという
評論文を読ませてくれた。
 ところどころ文法的、リズム的に背骨が
外れているが、目指しているところは
格調が高い!

 ボクたちが、そのようにして、
「芸術とは何ぞや!」
「現代において、認知的衝撃を与えるような
表現はいかに可能か!」
「アカデミズムの形式には、どのような可能性が
あるのか!」
と風雅かつ力強く語り合っていると、
「ちわす!」
と言って、植田工がやってきた。

植田は、布施研究室を今春出て、
りっぱに就職したのである。

「お前、スーツすっかり板に着いている
じゃないか」
「いつやめるんだよ」
「なんだか、おじさんくさくなったなあ」
などなどと、先ほどまでの風雅なバロック
空間は急に現代の「飯場」的
粗放的精神の発露大会となり、植田は
「いやあ、会社って大変すね」
と言いながらお腹の肉をびろびろと
震わせてみせた。

 ボクは、そうか、これがニーチェの
言うアポロンとディオニソスの二元論に
おけるバッカス的要素か、と一瞬思ったが、
いや、やっぱり全然違う、
これはやはりウエダタクミだ、
とすぐに冷静になったのだった。

4月 18, 2007 at 08:22 午前 |

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コメント

おはようございます。芋虫小僧です。
一日が青春時代の様にキラキラ輝いていますね。
大学は全然別の場所ばかりでしたね。ちえ。

仕事に追われる日常で、自分は今ようやく寝ます。
全く飲みにも行けない程ですが、
それでも今日も勉強の為に二時間ぬけ
人生の輝きを得んと欲すというところでしょうか。

投稿: | 2007/04/20 5:54:16

笑っていいとも!見ました。
昔から言っていたんですが、私も共感覚ってやつですか?あるんです。
7は水色とか、2はピンクとか。
ちゃんとした名前のついた能力なんですね。

投稿: | 2007/04/19 0:47:00

No:1
うそを言うときは,真実を言うときよりも脳をはるかに働かせなければならないことが,ペンシルバニア大学の研究者たちの調査で分かった。うそをつくとき脳のどの部分が活発になるかを突き止めるため,機能的磁気共鳴映像法(fMRI)装置を使ってこの現象を研究してきた。質問を受けると,脳はまずそれを処理する必要がある。次に,「うそを言う人はほとんど本能的に,まず本当の答えを考えてから,うその答えを考え出したり言ったりする」と,ザ・ニューズ紙は述べている。「脳の中では,努力なくしては何も導き出せない」と言う。「うそを言うときは真実を言うときよりもプロセスが複雑である。結果的にニューロン活動はいっそう盛んになる」。この増大したニューロン活動は,fMRI上で白熱電球のように見える。「どんなに口達者でも,うそをつくのは脳にとって大仕事である」
脳はなんのためにあるのでしょうか。その答えも脳が考える。何か不思議な感じです。

投稿: | 2007/04/19 0:02:45

きょうのエントリーを拝見すると…、芸大の学生さん達と東工大の茂木研究室の学生さん達との語らい…とても生き生きしていて、瑞々しい若さの息吹きにあふれているようですね!!

…そして、そういう若々しい青葉のような生命力に触れて、フラワーピッグこと茂木先生の魂もハツラツと躍動しているようだ。

そんな時にも茂木先生は、物理法則の世界記述における「異常項」と意識の存在との関係性について考え、論文を書かれている。

茂木先生は、どのような場合でも、意識の、そしてクオリアの、探究を絶対に忘れない人だと改めて感銘した。

学生さん達も、何卒茂木先生のもとで、新しい何かを発見してほしい。そして、ヒューマニックで心優しい、研究者に成長して欲しい、と思いマス。

ところで本日、「笑っていいとも」テレフォンショッキングを拝見致しました。

共感覚という感覚を持っている人が会場100人中3人いたとは驚きです。

タモリさんの前で、茂木先生は一所懸命、モーツァルトや脳の知見についてお話をされていました。チャコールグレイのジャケットに小さな柄のついたTシャツを着ておられた先生は、なかなかに素敵で御座いました。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/04/18 19:20:56

いいとも、拝見いたしました。
共感覚の件、私も共感覚のようです。昨年10月、家族と話をしていて、どうやら私のほうが普通でないことを発見したばかりです。35歳にもなって。
色もついているのですが、数字が渦を巻いて並んでいるような感覚をいつも同じように感じています。紙に書いて説明すれば早いのでしょうが。
なにかご協力できることがあれば、と、TVを見て思いました。

投稿: | 2007/04/18 13:13:28

理論的なモノはロジカルでしっかりした道筋がありますけれど
人間の人生がそうであるように
人間の会話や思考も混沌が混じってます

と、そんな簡単は話ではないのかもしれませんが
私も以前、急にデジャブの様なモノを感じたとき
コレは例の永遠の螺旋構造なのか!
と思いましたが多分、以前に似たようなシュチュエーションが
周りの人物や場所は違えどあって
記憶は形に出来ないから、同じ事と誤認してしまっただけで
偉人の考えてたこととはほど遠いのだろうなぁと思ったり・・

茂木先生の講義、たいへん興味がありますので
部外者ですが、一度覗いてみようと思います

投稿: | 2007/04/18 12:36:35

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