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2007/04/13

こういうタスクをやらせるとここが光る

ゼミの後、修士2年の石川哲朗
が浮かぬ顔をしているので、
 一体どうしたのかと聞くと、
「脳科学は、こういうタスクを
やらせるとここが光るとか、
そういうことばかりやっていて
甘い」
と言う。

 「勉強することは楽しくないのか?」
と聞くと、
 曖昧な顔をしている。

 石川は物理学出身である。物理出身者
から見ると、今の脳科学が甘い
というのはよくわかる。
 一般相対性理論、量子力学のような
偉大な理論の水準から言うと、脳科学には
特筆すべき成果がないことは
事実である。

 だから、今の認知神経科学は、
ニュートンやアインシュタインというよりは、
様々な経験的事実を総合して
 新しい概念を提出するダーウィン型の
仕事を必要としていると
思っている。

 ダーウィンは、自分自身の観察
事実だけでなく、当時の様々な文献を
総合して種の起源についての
仮説を出した。

 似たようなことを今やろうと
思えば、「こんなタスクをやらせて
ここが光った」といった類の
研究も、楽しく読めるんじゃないかな。

 あと、思い切って、勉強の対象を
広げてしまってはどうかしら。
 ボク自身は、今、勉強が楽しくて
仕方がないけれども、
 それは、ジャンルを切らないで
ありとあらゆる初学を渉猟しようと
しているからで、
 何も脳科学だけに付き合う必要は
ないと思う。

 経巡ってきて、脳科学を眺めると、
また見え方が変わるはずだ。

 夜、NHKの有吉伸人さん、
フジテレビの小松純也さんと会食。

 有吉さんは、言わずと知れた
われらが『プロフェッショナル 仕事の流儀』
のチーフプロデューサー。
 小松さんは、数々のヒット番組を
手がけてきたフジテレビのエース。

 お二人は、京都大学時代、
「劇団そとばこまち」で先輩、後輩の
関係にあった。

 プロデューサーならではの、
偶有性に満ちた話がおもしろい。
 偶有性はさまざまなスケール、
内実にあるのであって、
 その中で生きる人の顔は
間違いなく生き生きとしている。

 「ああ、生きている」と感じられる
ような時間は愉悦を与えてくれる。

 石川に戻れば、脳科学に今どのような
面白い偶有性があるかということだろう。

 ボクは偶有性はあると思っているし、
その中で手足を伸ばしてひたることを
本当に楽しいと思う。

 こんどそんな話をゆっくりしましょう。

4月 13, 2007 at 07:57 午前 |

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私の近所に住む、「天才画家?」が昨日幼稚園の入園式をすませた。 ちなみに、彼が週一で通っている英語教室の外人の先生に、 S君の絵を見て「ピカソ」のようだといわれたそうです。 [続きを読む]

受信: 2007/04/13 17:16:03

コメント

頭の中が整理できていないので
まとまらないと思いますがお許し下さい。

4月5日のクオリア日記の中で、茂木先生が
「多様性とは、実は断絶の問題でもある」と書いておられます。
まさにその通りだと思います。
多様な物事や、多様な人の個性は、
ただ眺めているだけだと、
訳が分からなかったり、ぶつかってけんかになったりします。
でも、それをただ眺めているだけでなく、
見かたを変えたり、整理したり、調べたりすることによって、
多様性を生み出している理由を考え、
そこに隠れて流れている変数を見つけられたら、
断絶しなくてすむかも知れない。
学問、とりわけ、科学というものは、そういうものだと、
13日の日記の石川哲郎様も、心に思いながら、
勉強や研究に取り組んでおられることと思います。

2001年4月のちょうど今頃、
私にとってショックな出来事がありました。
磯田知子さんという、車椅子のホームレスの女性が
車にはねられ亡くなられました。
私は、生前の磯田さんをお見かけしたことはなく、
テレビで映像を見たことがあるだけでした。
日々あふれてくる悲惨なニュースの数々を、
どちらかというと冷淡なほうの私は
さほど深く受け止めないのも普通のことなのに、
なぜか、磯田さんのことは、涙が出るほど悲しかったのを、
毎年この季節が来ると思い出しました。
磯田さんは、キーボードが上手に弾けて、編み物も出来たそうです。
そんなことは何も出来ない私が今生きていて、
なぜ、磯田さんはホームレスになって死ななければならなかったのか、
今も答えがありません。

学問や科学と、関係のある話なのか?と思われるかも知れませんが、
多様性への無理解、人と人との断絶は、
ホームレスの問題もそうですし、学校でのいじめや、
自殺者が3万人をこえるという日本の現実を、
まさに生み出しています。
具体的な福祉政策、親や先生の努力、政治経済の進化も、
人々の心が伴ってこそ、深く浸透するはずです。
私は、「こういうタスクをやらせるとここが光る」という研究が、
人間の脳の多様性に対する理解を深めるのなら、
そういう知が、一般の人々の心に
安らぎをもたらしてくれるものと信じます。

・・・生意気な話になって申し訳ないです。

茂木先生に直接指導を受けられる日本一優秀で幸運な学生の皆様が、
いつか、あらゆる人々の心に届くような
小さな真実の種を見つけてくださることを、
社会の片隅からそっと願うばかりです。

投稿: u-cat | 2007/04/14 4:39:07

ボームが「最終理論完成の後は、その技術的応用しか仕事がなくなってしまう」とインタビューに答えいています。このような天才でも、応用科学と基礎科学を単純に分けてしまいすぎる傾向がある。いや、天才だからこそか。

量子力学が判れば化学反応が全てわかるので、すべての反応は設計・予測できるし、制御もできると、ある大天才は言いました。カッコいいです。

しかし、これは一つの夢であって、基礎からの「ズバリ言うわよ」に過ぎない。圧倒的大多数の科学者は応用科学で日々汗を流しているのであって、ご託宣を意識する暇がない。

ダーウィンでもフロイドでも、ものすごい勉強をしていることが、伝記でわかる。なぜそうできたか。やりたいことがはっきりしていて、迷う暇がもったいなかったからです。その結果、進化の根っこ、ココロの根っこに迫れた。

素数の数学は極めて難しい分野のようですが、ある種の脳のヒトがなぜ直感的に素数を判断できるのかを脳科学で説明することは、素数数学に匹敵する困難なチャレンジと思う。

投稿: fructose | 2007/04/14 1:36:16

目の前にある果実を、
すぐ収穫するのもいいけど、
咲いた花ひとつひとつを眺めて、
これから、どんな実がなるんだろう?
と、あれこれ考えているときが
もっと、幸福なのかな。。

太陽の光を浴びて、
毎日、少しずつ、
その人なりの枝葉が、
あちらこちらの方向に
伸びていくのは、
とても楽しい。

今では、こうやって、pcから、
栄養をもらって、元気になれる。

pcって、ほんとは、
柔らかいものなのかな 
と、この頃、思う。


投稿: フミ | 2007/04/13 22:45:00

茂木先生は、忙しい身ながら、ジャンルを切らずにいろいろな世界から「学ぶ」ことを楽しんでおられるのだな。

様々な偶有性に満ち満ちた世界へ飛び込み、いろいろなことを楽しみながら学んでいるフラワーピッグは素敵だなァ。

石川さんも、いっそ、脳科学にこだわらずに、もっといろいろなジャンルへの「学び」を体験して、楽しんでしまえばいいのかもしれないよ。

ダーウィンも、種の起源を確立する時に、きっと心の何処かで学ぶことを楽しみながらやっていたんじゃないか。

偉大なる「物理帝国」にも偶有性はあるし、脳科学にももちろんある。

ともあれ、様々なスケール、内実の中にある偶有性を味わって生きることは、己の生命をとてもいきいきとさせてくれるし、なによりも「嗚呼!私は生きている!」という充足感を得られるはずだ。

とかなんとかいっている、私も色々な偶有性を秘めたこの世界で、生き生きと生き抜いて見たい。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/04/13 19:06:28

人間って、お互いに誰かの道しるべになったり、誰かを道しるべとして必要とするんですね。

そうやって生きていきたい。

勉強でも、仕事でも、生き方でも
突き詰めて悩んで、行き着くところって、まっさらな場所だといい。
そこが普遍だといい。

投稿: 平太 | 2007/04/13 17:19:39

観測対象のある物理と違って
脳科学ってある意味自己言及ですね。
そのへんが難しい所では。

投稿: cyubaki3 | 2007/04/13 13:57:07

先生がよく使う偶有性という言葉。
ちょっとピンとこないので
私は「縁起的」という言葉に
置き換えて解釈しているのですが、、間違いでしょうか。

投稿: pteron | 2007/04/13 12:56:12

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