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2007/03/01

コタンに至る前に

博士課程の 
 関根崇泰が一筆書いてもらいたい
ものがあるというので、
NHK西口で待ち合わせた。

 奨学金関係だった。さらさらさらさら
と書く。
 なにもお菓子の持ち合わせが
なかった。
 ごめん、関根君。

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』の
打ち合わせ。

 住吉美紀さんに相談を受ける。

 「茂木さん、MacBook買おうと思うんですけど」
 「うん」
 「種類があるんでしたっけ?」
 「メモリとハードディスクだな」
 「どうすればいいんですか」
 「ボクだったら、とりあえず目一杯
積むよ」
 「目一杯って、どれくらいですか」
 「メモリだったら、2ギガ!
ハードディスクは、200ギガ!」
 「メモリって、速さに関係するんでしたっけ」
 「そうじゃ」
 「ハードディスクの方は?」
 「ファイルがたくさんたまっていくん
だったら、多い方がええ!」

 メモリとHDどれくらいにすれば
良いかと聞かれるのは、難しい質問である。
 「多い方がええ!」という単純思想
の私はそれ以外の答え方を知らない。

 「これくらいで十分だろう」
という見極めが、性格的に出来ない。
 中庸のむずかしさ。

 有楽町で、古川亨さんと、グーグルの
高広伯彦さんと私で鼎談。

 古川さんは大変パワフルな方で、
タテイタにミズであった。
 高広さんはクールな語り口。

 面白くて、いよいよこれから、
という時にタイムオーバーになって
しまった。

 走る走る。新幹線に乗る。

 新大阪から中之島の朝日新聞へ。

 内田樹さんとの対論。

 内田さんもまた、過剰な方である。

 思うに、中庸というのは、放って
おけばそうなるんだから、
 過剰を志向しても良いのではないか。

 「傷だらけのマキロン」
こと牧野彰久さんと、串焼き屋の
ようなところで飲む。

 「いやあ、面白かったね」
 「ボクは、案外本を作っているんですよ、茂木さん」
 「だったら、ボクの本は当分いいか」
 「そういう意味じゃないです。内田
さんとの本、本気で作りましょうよ。」
 「ああ、コレコレ」

 人間、忙しすぎると焦燥が
躁に転じるらしい。
 そう言えば、字面も何となく
似ている。

 帰りの新幹線は、弁当を食べて
しまって眠ってしまいたいなあ
という切ない思い。

 しかし、仕事の神がいやいや
そんなわけにはいかんぜよ、
と命じている。

 一つ過剰に生きて見るか。
 義太夫の三味線は、最初は
力任せに弾くときを経過しないと、
 枯淡の味わいが出ないものだという。

 コタンに至る前に、まだまだ
力任せの早春でありたい。

3月 1, 2007 at 07:49 午前 |

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受信: 2007/03/02 17:07:36

コメント

いや、やはり中庸は大切だと思います。
自然に中庸になれる人が羨ましい。

この日記を読む段階で既に「同類」で
思わず「一般代表」で物を言いたくなるのは
経験上知っているつもりだったのに
瞬殺行為で思わず口がでました。
ああ、私のばかたれ。
何が「バランス」だ。

わたしも毎日
先生に戦いを挑んで負けています。
記入に至らないだけ。
一人相撲の敗戦一方ですが
大切な戦いです。

今回は瞬殺思考の
固定化されたプロセスと
無機質化の危険について。

すると松山の講演の、
壷の箱書きの一節を
ふと思い出しました。

やっぱり先生は私の考えることなんて
とっくに考えてる
とっくに捕らえてる

境地から
一歩引いて
箱に書く

批評サイドの
究極的な創造表現。

デュシャンは芸術を見る側に
ここまで来い!と叫んでいるようにも見えます。
単純なプロセスで語るな!
同じ言葉で語るな!
同じ土俵で見て感じて
自分の表現手段で批評してみせろ!

青山二郎はそれを言われるまでも無く
自らの意思でもって、かくある。

陰と陽、静と動。
なんて潔いんだろう。
緊張感で息が詰る!


今回の敗戦で
私にも新しい課題ができました。
最初の感覚の妙から境地までの間の
最も美しい点を選んでみよう。
境地を越えた引きで見てみよう。
これからは高みの見物から好きなことを
いえません。
(だから書きたくなかったのですが)

そしてある地点まで到達できれば
箱書きと壷の関係の様に
二つで一つの芸術として一体になれる。

夢の様。
レディー・メイドとはまさに。


そして、やはり徹底的な敗北感だけは
ぬぐえそうにありません。

どうやったらこんなことに
気づけるようになれるんだろう。

私の戦いはいつも先生の創造性の一部の矛盾を
つこうとしているに過ぎないのです。

投稿: | 2007/03/03 21:58:26

私もコンピュータには疎い方で、パソコン購入に関して
は、茂木先生と同じような感覚がありますね。

「人間、忙しすぎると焦燥が躁に転じるらしい」…この
ことは教育現場に携わっているとよく分かります。ただ
仕事に忙殺さえてなるだけでなく、環境などいろいろな
要因が加わると躁から躁鬱へと変わる…やっかいなもの
です。

投稿: コロン | 2007/03/02 4:39:46

きょうのエントリーでいう“コタン”とは“枯淡”のことでせうか…。

かの笠智衆さんのように「枯淡」となるにはまだまだ若い、忙しくもパワフルに元気に毎日を過ごされる、フラワーピッグこと茂木先生。

バランスのとれた中庸な人もよいけれど、
過剰なものが常にあふれている人のほうが実はとても魅力的だ。
そういう人は人間としてトテモ「豊穣な人」だと思う。

茂木先生が会われている方々って、そういう方が多いようですね。

茂木先生も、また、非常に過剰なものが常にあふれていて、それが人としての豊穣さとして現われているんだと思います…。

それにひきかえ、私はまだまだ、過剰さが足りない。茂木さんに比べたら、ものを沢山見ていないし、人に沢山会っていないし、とにかく経験が足りなさ過ぎる…。もっといろいろ、経験しなくては…。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/03/01 18:42:38

おいらのPC選びは「最低限」です。
だから、茂木センセの「多い方がええ!」というのに、大爆笑してしまいました!!!(^▽^)すごくいい考えですっ!!!
確かにメモリは「多い方がええ!」です♪(^^)
HDDはいろんな外部記憶装置やらがたくさん出ているので、
そっち使う方が便利なときがあります。

楽器やったり歌う対したりしていて、
「何事も力を入れず、基本は脱力」と実感しているクセして、
やっぱり「力任せ」・・・
自分もまだまだ青い・・・というか、若いんだなぁ・・・と。
そんな風に思ったりしました。

投稿: | 2007/03/01 11:10:14

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