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2007/03/12

我慢強くステディな

 宮本亜門さんにお目にかかる。

 宮本さんは、中学から高校にかけて
引きこもりだった。
 ブレークした後、すべての仕事を
やめたいと思った。
 社会と自分との関係において、
密につながるフェーズと、切って閉じたい
というフェーズの間を行ったり来たり
するのだという。

 日本という社会においてある種の
「付き合い」をする
ということと、自分の本格的な志向を
どのように両立させるか。

 それは結局、社会との距離の取り方、
接合の仕方に依存するのであろう。
 べったりでもいけない。
 完全に閉じこもってしまうのでもいけない。

 宮本さんと、沖縄でゆっくり飲みたい!

 イギリスで大変な現象となっている
コメディ、Little Britainの台本を書き、
主演し、演出しているMatt Lucasと
David Williamsが来日して、親しく話す
機会があった。

 大変たくさんのことを学んだが、
Davidが、「自分は英国紳士としての
行動スタイルを大切にしたい。大邸宅に住む
とか、そのような見かけの生活様式ではなく、
行動における紳士らしさを身につけたいと
思っている」
と言った後で、
 Little Britain中の有名なスケッチ、
Lou and AndyのLouこそがイギリス風
紳士の典型であると言ったことがとても心に残った。

 車椅子のアンディと、その世話をするルー。
 アンディは本当は立って歩くことが
できるのだけれども、ルーの前では
歩けないふりをしている。

 アンディが繰り出す無理難題に、
ルーは辛抱強く応えている。
 その姿こそがイギリス紳士なのである。
とDavidは言う。
 
 なるほど。そういう紳士にだったら、
ボクもなりたい。


Lou and Andy

http://www.bbc.co.uk/comedy/littlebritain/characters/louandy.shtml

MattとDavidのすごいところは、キャラクター
によってまったく印象が変わってしまう
こと。

なぜあんなトランスフォーメーションが起こる
演技ができるのか、と聞くと、
「自分たちで台本を書いているから、キャラクター
が最初からconvincingなのだ」と言う。

「他の人が書いたキャラクターだと、なぜ
こんな行動をとるのかとか、何回も聞かなくては
ならないからね。」

 ご一緒した桑原茂一さんがぽつりと言われた。

 「彼らの演技は、ちょっとあり得ない
くらいすごい。日本の俳優だと、その人が
出てきた瞬間に、ああその人だ、とわかっちゃう
でしょ。向こうの人は、本当にこの人があの
キャラクターを演じているの、と不思議に思う
ほど、全くわからないからね。きっと、
アクティングということの基礎が違うんで
しょうね。」

 いろいろな仕事のスケジュールが山積して、
雪崩れ状態。
 ぐずぐず言わずに、大人しく前に進む
しかない。

 Davidの定義によるEnglish gentlemanのように、
我慢強くステディな善意の人でありたい。

 見かけは関係ないんだよ。

Lou & Andyの代表的なスケッチ

3月 12, 2007 at 09:17 午前 |

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コメント

いつも楽しく読ませていただいています。ちょっと気になったのですが、David WilliamsではなくWalliams ではありませんか?あら探ししていたわけではほんとにないのですが、気になってしまったので・・・

投稿: Y.K. | 2007/03/13 10:31:59

「偉大さをめざして努力していることで、その人のお里が知れる。
偉大さをすでに手にしている人は、善意をめざして努力するのだから。」
・・・ニーチェの引用ばかりですが(最近、影響を受けて、毎日少しずつ読んでいます)、
やっぱり!茂木さんは偉大な人だ。

それともうひとつ。「真の思想家は、真面目なことを語るにせよ、人間的な洞察を示すにせよ、
神のごとき寛容を示すにせよ、いつでも読者の気分を晴れやかにし、さわやかにする。」

今日の日記に限りませんが、見かけは関係ないんだよ。。の一言で、
どれだけの人間が救われ、晴れ晴れとした気持ちになったことでしょうか。

投稿: 菫 | 2007/03/13 0:35:19

初めて 拝見いたしました 明日も楽しみにしています

投稿: よち | 2007/03/12 23:30:48

見かけに囚われ過ぎて大切な物を見失う人にはなりたくないと思います。
でも悲しいかな、見かけばかりが気になっている人けっこう居ます。
それを価値観という言葉で処理しようとする人も居るけれど、本質はきっと解らないはず。イギリスのコメディは本当に奥が深いですね。笑った後に少し考えてみる時間が私の脳を刺激しているように感じます。

投稿: アブレオ | 2007/03/12 22:09:10

ごつんと ぴょこんと だいじょうぶですか♪
ココに来ると温かくホッとします♪ 春みたい
・思われるよりもずっと 素適な紳士だと・♪

投稿: tomo | 2007/03/12 22:07:52

さっきトイレで女性同僚に肩にキスされ
びっくりして逃げ出したところに、
男性同僚が手作りケーキを持って待っていました。
意中の女性に食べて欲しいため
先ず味見をしてほしいとか。

ほんと、自由な会社。

黙って仕事もできないし、
休みたくてたまらない。

南瓜焼きクリームチーズケーキという
両者の良いところを相殺した
創作的大失敗作品を食べながら
なかなか理想の形は追えないなと思うのです。

見た目という煩悩にも
永遠に付き合うことになるのかしらん。
艶やかな友達は私に「言葉に弱いくせに」と
いいますが。


ジェラール・ドパルデューって
フランス人の俳優知っていますか?
ものすごく好きなんです。

一月の頃、通勤途中の地下通路に
雑誌の黄色いポスターが貼ってありました。

ある日、本屋でその雑誌を開いてみたら
美術館の通路から顔を覗かせる写真と
ジャンプする写真!

ドパルデューを見つけた!と思いました。
HPをチェックして、即講義予約しました。

なんだかんだ、
私は先生を見た目から入ったんですよ。

というわけで、著作も一冊も読まず。
先生というお人も知らず。
そんな不純なスタート。

見かけはきっかけにはなりますよ。
この人を知りたいという強い要求を作ってくれる。
そうでなければ知り得なかった。

人が装うのはきっかけが欲しいからではないかしらん?
中身を磨くよりも遥かに簡単だし。


言葉は「見事」。

これほどの
伝わるし、伝えるしは一種究極ですよ。


投稿: maya | 2007/03/12 21:49:37

「日本」というもののある種の付き合いかたも、
べったりでもなく、
閉じこもるでもなく、
つかず離れずの距離を保って
付き合うことが大切なのかな。

それは自分が生まれて育った日本の精神風土の
よき面を引き受けた上で、適当な距離をとりつつ
この国に未だに潜む「アンフェア」な
ものごとに耐え、
我慢強く生きる、と言うことなのかも。

茂木さんが対談されたLittle BritainのMattとDavidも
イギリス紳士であること―即ち英国の精神風土
(の好(よ)き面)を引き受けた上で、
我慢強くステディに生きることを
心がけているのではないか。

そういうことこそ、実は今、ここに
生きるということにとっては、重要なのではないか。


話は変わって、日本のTVドラマとか映画の予告編を
見ていると、桑原さんの言う通り、
出て来た瞬間に「あ!あの人だ!」と
「正体」が分かってしまうところが
いまいち情けない。

アクティングのポイントが日本と英国とで
違う、というのは、
そのポイントを、俳優の地のキャラにおくか、
それとも役柄の上のキャラに置くかで
違ってくるのかな?

茂木さんの日々もとてもお忙しいけれども、
ドンナに御多忙でも我慢強く粛々と
ステディに仕事を進めていく茂木さんには
何時ものことながら、敬服する以外にない。

ともあれ、何事があろうと、揺れつつも流されない、
我慢強く(辛抱強く)ステディな生きかたを志向し、
真の善意の人として日々を生きたいと思う。

ある種の我慢と辛抱が出来なければ、
この世知辛い世に絡め取られるだけだから。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/03/12 19:28:43

竹内薫さん監訳の「DNA」の内容にも、日本語にも感心して、竹内さんの訳の他の本、「科学の終焉」を注意深く「The end of science」と併せて読んでいます。茂木さんのことはNHKのプロフェッシヨナルで知りました。残念ながらご著作は未読です。食わず嫌いで、竹内、茂木などの東京派には興味がなかったのですが、最近面白く思えてきました。お二人のつながりは、ごく最近知りました。

さて、かなり心地よい、読みやすい、クオリア日記です。
しかし、一回り上世代から言うなら、例えば「車椅子」も別の次元で出会えば、もっと茂木さんの世界の可能性が広がると思います。私にとって車椅子とは、学生の時に、シモの世話をしながら外出体験を手伝った経験に尽きます。そのころは障害者問題の本をよく読み、活動もしていましたが、シモの世話で本質にやっと触れました。人生「いかに生きるか」、ではなく「いかにして生きるか」が本質と言ったのは尖がっていたころの安倍公房ですが、私には最近のインテリが「いかに生きるか」派に偏っているように感じます。

とりとめのないコメントで失礼しました。

投稿: fructose | 2007/03/12 16:18:54

行ったりきたり、しょちゅうだ。
もう、何万キロ旅したことか。

そのうち、行ったりきたりの元の場所すらわからなくなって
完全なる迷い子とならないようにしなければいけない。

おもかじいっぱいあいあいあさー。

投稿: 平太 | 2007/03/12 10:18:15

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