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2007/02/06

ホメオスタシス

ブラームスのシンフォニーの第一番、
第4楽章。

 アルバート・アインシュタインの
RelativityをJulian Lopez-Morillasが
朗読した音声。

 そして、エマニュエル・カントが、
Critique of practical reasonの最後に
記した次の言葉。

 Two things fill the heart with ever renewed
and increasing awe and reverence, the more
often and the more steadily we meditate upon
them: the starry firmament above and the moral
law within.

最後の言葉は、(ドイツ語で)カントのメモリアル
に刻まれている。

 このところたまたま接したものが、
全て何やら「宇宙的な」広がりを持つもの
であった。

 カントの面白いところの一つは、
nebular hypothesis(太陽系は、ガス状の
広がりから形成されたという仮説)
のようなものも提唱しているところ
だろう。

 夕刻、眠くて、電車の中で
うとうとしていた。

 はっと目が覚めて、席を移った
ところで、文部科学省の方に話しかけられた。

 しばらく、教育の問題について
お話させていただいたが、 
 「きっと、あっ、茂木さん眠っている
と思ってしばらく見ていらしたんだろうな」
と思うと、何だか恥ずかしい。

 東京の地下鉄で眠るなんて、
一年に一度くらいのことなのに、
その時にたまたま見られてしまった!

 まどろむということは、
宇宙につながる一つの方法であるようにも
思われる。

 目を閉じれば、そこには永遠の
暗闇が広がっているよ。

 自分が変わることは大事だけれども、
自我の発達というものは、
 外部からの様々な擾乱にもかかわらず
自己の同一性を保とうとする、
 必死のホメオスタシスの結果なのでは
ないかと思う。

 恒常性への仕掛けが強靱であればあるほど、
人は宇宙のさまざまに身をさらすことが
できるようになるのであろう。

2月 6, 2007 at 07:49 午前 |

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受信: 2007/02/07 0:26:54

コメント

確かに人間は物理的環境に依存していて、そこに順応することで
自己を形成する部分があります。ですから恒常性が強靭であれば、
社会適応する力に秀でていることは間違いないでしょう。

でもその諸活動の中で、自我同一性を再吟味しているともいえる
かもしれません。身体的変化、精神的変化に焦燥感を覚えつつも、
その中で自分を問い直す…。そして、今後自分の進むべき方向を
定め、自我同一性を獲得して心の平安を得る…。

自我同一性の獲得への過程は、常に心の不安定さを伴います。そ
の中では、自分の社会・自己への働きかけへの強い信念のみが人
生の大海原を渡る舵となりうるのかもしれません。

私も常に迷いながらここまできましたが、茂木先生の著書との出
会いと、一人ひとりに向き合ってくださる温かいお人柄に心が救
われた者の一人です。先生の積み重ねてこられた学問的領域への
挑戦と人間関係を大切にする姿勢は、今の私だけでなく、多くの
方が感化され、またこれからの生きるエネルギーへと変えていま
す。

今の何事にも誠実である茂木先生の今後のご活躍を心からお祈り
しております。

投稿: コロン | 2007/02/07 4:15:55

茂木先生の日記の文字の動きは、まさに音の強弱、緩急、間、
時にはフォルテシモ、時にはピアニシモ、時々ディフィカルト。
まるでシンフォーニーを奏でているようです~。

音楽のような旋律をもっているから、読む人の心に響いて来るのですね。きっと・・・。

投稿: tachimoto | 2007/02/07 1:34:18

1年に1度くらいの電車で眠っている茂木さんを見た方は、ラッキーでしたね。ブラームスのシンフォニーは、私はどれも好きです。

投稿: 心のつながりコーチ | 2007/02/06 23:23:54

目をつぶり、宇宙を想いました。
その中で自分は在るまま在ろう。
それも自我の発達なのですね。

投稿: 和泉 | 2007/02/06 19:13:43

「それを思うことが度重なれば重なるほど、また長ければ長いほど、
ますます新たな、ますます強い感嘆と崇敬の念とをもって
我が心を満たすものが二つある。
それは上なる星空と、我が内なる道徳律とである。」

もっとも多感な頃、この言葉と定言命法をまるでお題目のように
唱えていたことがあります。
・・・今考えるとちょっと危ないのですが、、
ソクラテスやカント、キルケゴールなどの言葉が響かなくなってきたら
ヤバイとも思っています。最近はピンチです。

アインシュタインとカントというと、次の言葉を思い出します。

「形式なき内容は盲目であり、内容のない形式は空虚である。」
「宗教なき科学は不具であり、科学を伴わない宗教は盲目である。」

宗教という言葉はちと重いのですが、これを倫理という言葉に代えれば、
今でも誰でも納得するのではないでしょうか。

投稿: pteron | 2007/02/06 18:32:58

実は私も、朝の通勤で電車に乗るとき、眼をつぶって広がる暗闇の中に身を委ねる、それも毎日。

そうしていくうちに意識がうすれ、眠気に包まれて目が醒めたら現場の最寄駅であった…。

まどろむ、ということは私にとっても宇宙と繋がる、とても大切な時間のように思える。


茂木先生もこのところ本当にお忙しくて、とても疲れが溜まっておられると思います。ジックリ休養して頂いて、鋭気を養われるお時間が出来れば好いのですが…。

ところで「自我の発達」が実は外からの擾乱に関わらず自己同一性を維持する為の“ホメオスタシス”だとは。

うぅ~ん、また一つ知見が増えました。

自分の外側でいろんなことがあっても、自分が自分でいられることは、人がこの世界で生きていくためにも大切なことなのだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/02/06 18:05:13

「ちょ、ちょっと・・今、聞いてもいいですか?」って後輩に話しかけられ我にかえる瞬間。死ぬほど恥ずかしいです。

我に帰った瞬間、何を考えていたのかもめでたく忘れます。

顔は正面向いているのに、口は半開き、目玉はどっか上のほうをむいた状態の私です。

「今、宇宙とつながっているから・・・。」って言ったら、もう誰も話かけなくなるかもしれません。

仕掛けにも修練と忍耐が必要ですね。根気強く。やりましょうか。

投稿: 平太 | 2007/02/06 15:09:10

             強靭

     強靭とは 薙ぎ倒すことでは、無く
                やさしく包みいだく 事


           穏やかに 暖かく

             不安なく

               静

投稿: 一光 | 2007/02/06 8:38:19

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