スイングが遅い方がいいんです
ボクは子どもの時本当に野球が
好きで、
近所の公園で一人でもくもくと「投球練習」
をしていた。
バッティングは王貞治選手に
かぶれて「一本足打法」。
ブランコを越えると、ホームランだった。
ある夏、数えたら、五十何号まで行った。
別に、打撃の神様だったわけではなく、
それだけ毎日毎日熱心に「草野球」
をやっていたということである。
あれは小学校5年生くらいのことか。
仲間と近くの高校のグランドで遊んでいたら、
硬式野球のボールが一つ落ちていた。
しめしめ、と硬球を握りしめ、いつもの
公園に戻ってきた。
誰かが、「おい、硬球で野球やってみようぜ」
と言って、みんな賛同した。
始めてすぐに、ボクたちは後悔した。
それまでやっていた軟式の野球と、別世界。
打席に立ってピッチャーの投げる
ボールが飛んでくると、
怖くて仕方がない。
ピッチャーの方も、バッターが
怖がっているとわかっているから、
遠慮して、そろそろと
投げてしまう。
守備をしていて、打球が飛んでくると、
思わず身がすくんだ。
ライナーはもちろん、
ゴロでも、全身がかたくなった。
そして、捕球した時の、なんとも言えない
ズシリとした硬質の感触。
みんな、歓声を上げながらも、
心の中では、「これは、もはやどうすることも
できない・・・」という気持ちがつのっていった。
やがて、誰ともなくお互いに顔を見合わせ、
ぼくたちは硬式野球をやめてしまった。
それだけ、硬球をやりとりするのが
怖かったのである。
それ以来、ボクたちは二度と硬球で
遊ぶことはなかった。
イチローさんと会ってお話する機会があり、
そんなことを話すと、
イチローさんは笑った。
「ボクは、硬式野球に移って、簡単だなあと
思いましたよ」
「えっ?」
「中学まで軟式野球をやっていて、高校から
硬式野球に移ったでしょ。軟式野球に比べて、硬式
野球はなんて簡単なんだろうと思いましたよ。」
「そのあたりからして違うんだなあ。」
イチローさんと話して、ボクが
野球選手になれなかったわけがわかった。
「最近でも
バッティングセンターに行くんですか。」
「いや、さすがに最近はいかないですね。」
「イチローさんだったら、全て快心の当たり
でしょうね。」
「いや、かえって難しんですよ。軟式の球は
やわらかいから、バット・スイングが速いと
球がぎゅうんと潰れてしまうんですよ。
だから、バッティングセンターは、スイングが
遅い方がいいんです。」
イチローさんは見た目も普通の人とは
全く違っていて、
まるでシマウマの群れの中にいるキリンの
よう。
類い希な才能がかたちとなって目に見える。
茂木さんは自分の身体についてどう思いますか
と聞かれたので、
「チェンジ・プリーズ」と応えたら、
イチローさんは、
「お願いだからボクとはやめてくださいね」
と言いました。
最後に
握手したイチローさんの手は
がっしりと強かった。
NTT出版の編集会議。
私が原稿をなかなか書かないために、
「傷だらけのマキロン」と呼ばれている
牧野彰久さんは外出中で、話し合いが終わる頃に
現れた。
西垣通さん、松原隆一郎さん、
斎藤成也さんとお話していると、
「編集会議」という文脈を外れて、
まるで知の格闘技をハイテーブルで
行っているよう。
ボクにできることは、こっちの方
なのだろう。
だから、一生懸命やろう。
歩きながら考えた。
もう一度くらい、硬球の
キャッチボールにはチャレンジしてみたいなあ。
イチローさんの身体は、すごいなあ。
ぼくの身体は、そんなにすごくないけれど、
せっかくもらったものだから、
大切に使おうと思う。
2月 1, 2007 at 07:04 午前 | Permalink
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受信: 2007/02/07 0:30:56
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コメント
スイングが遅いけれど 野球が好きです♪
句読点も、つきたてのおもちも、良いですね♪
前と後 どちらでも良いのと、赤シャツと、
照れくさくポーズをとるのと、どちらも良いです♪
好感を持ちました♪
毒は眺めるには面白いけれど、触れるは躊躇う
白い魔術は 面白いし 触れてみたくなる
お会いできれば、サインと握手をお願いしたく思います♪
どうか 嫌がらずに いつもと同じに受けて下さいませ♪
投稿: tomo | 2007/02/03 4:13:05
子供の頃、私もよく野球をしました。私はもっぱら阪神の掛布
選手が好きで、よく真似をしてましたよ(笑)
ただ最近は、そのような野球をやる空き地などの場所がなくな
ったことによって、子どもたちの”居場所”がなくなりました
よね。それはただ子どもたちの交流を図る場所ということだけ
でなく、心の平安を保つ場所という意味でも…。
昔は空き地で1人の時間を確保し、そこに自分と向き合う時間
が存在しました。けれど今は、学校では教師、家では親がそれ
ぞれ「勉強しろ…」などの言動によって精神的に追い込む場面
が絶えずあり、外に居ても常に人の目の監視下…そんな子ども
たちを1次的に守る空間であった空き地も今はなく…子どもた
ちは、自分を受け止める場所もなく、だからこそ自分の見えな
い領域を作り、そこに他人が干渉したり、触れたりしないよう
にする…。だからますます「自分」が相手に見えなくなる…。
昔の古きよきものが廃れていく現在がとても寂しく思われます。
投稿: コロン | 2007/02/02 5:31:38
Evolutionary Advantage Competition!
茂木健一郎の頭脳 VS イチローの体
勝者:茂木健一郎の頭脳
投稿: N.S. | 2007/02/01 22:11:21
「硬式のほうが簡単だった」なんて、イチローはモノの考えかたからして違う!
だからこそ、メジャーリーグでコンスタントに活躍出来るのだ。
「イチローさんは、見た目も普通の人とはまったく違っていて、まるでシマウマの群れの中にいるキリンのよう。類い稀な才能がかたちとなって目に見える」。
肉体と才能は二にして一つということを、イチローは体現しているのだろう。
そのイチローと対談した茂木さんだって、なんだか才能と姿とが二にして一つといった感じに、観うけられます。類い稀な才能が、おーらとして放たれているようです。ハイ
投稿: 銀鏡反応 | 2007/02/01 18:16:38