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2007/02/14

見られず、聞かれず、触られず

宮島達男さんのお誘いで、
東北芸術工科大学の卒業制作の中から
5点の優秀作品を選ぶ
審査をした。

福島から分かれるとすぐに、
周囲の山に雪のあとが見えるように
なった。
手元の仕事が忙しいのでちらちらと
見るだけであるが、
世界とのインターフェイスで何が
起きているかということには
ごくごく遠い影響しか
受けない自我の中枢が、かえって
その浸透圧を直接受けて次第に
すがすがしい気分に包まれて
いくのが感じられる。

山形駅から車で。

北川フラムさん、酒井忠康さん、
松本哲男学長、赤坂憲雄さん、
それに宮島達男さんと一緒に
回って、作品を見る。

制作した学生たちが、周囲に
ふらふらとしている。

立ち話をはじめると、ついつい
長くなるので、
事務局の宮本武典さんが心配して何度も
やってきた。

建物から建物への移動の時、
出羽三山が遠くに見える。
このような景色を常に眺めていれば、
きっと表現も変わってくるのだろう。

いや、変わらねばならない。

現代は、求心力のある単一の
領域として私たちの前に立ち現れる。
インターネットは、その向こうに
世界の様々を隠蔽している
はずなのに、
なぜか、一つのふわふわとした
球体として知覚される。

そういった現代から、離れて、
思い切って遠くにいってしまえ。
毎日のニュースや、
最近のビジュツカイの動向や、
誰が旬で誰が落ち目だとか、
そんなことは知りもしない岩や
土や植物とともにあれ。

誰にも見られず、聞かれず、触られず。

雪型を際だたせる山肌を見ながら、
そんな衝動にかられた。

学生たちが階段教室で観覧する
公開審査が終わり、
倉を改造したという「オビハチ」という
店に行った。

江戸時代のものらしい、
ゆかしいおひなさまがいる。

人間は常に弁証法的な
相対立するベクトルを内に抱えている
ものであって、
現代のど真ん中に飛び込みたいと
思うと同時に、遠く離れたいという
ことは同時に成立し得る。

少し早く目が覚めてしまって
いやマダマダと横たわるベッドの
中で、肉体は確かに
おとり、やがて朽ち果てていくが、
精神だけはどんどん若くなって
やる。

そんな簡単なことを自分の決まり事とした。

死へ至る道が、不断の若返り
であるということはきっと可能な
はずだ。

窓の外を見ると、昨日まで
ぴんと張り詰めていた空気の中を
ちらちらと白いものが舞い始めている。

2月 14, 2007 at 07:36 午前 |

コメント

精神と身体の綜合が人間とすれば、その綜合を関係づけるものは
自己なんですよね。だとすれば、茂木先生がおっしゃるとおり、
「死へ至る道が、不断の若返りであるということはきっと可能な
はず」です。

とはいえ、そのためにはどれだけ自分と真摯に向き合うのかが必
要…。但し、その自己を他者の措定に依存した場合、氾濫する情
報の波に飲まれるだけ。しっかりと地に根を根ざし歩むためには
自分で自己自身を措定する必要があるんでしょうね。

そして自己自身の措定を可能にする第三者を自然の中に求めてい
く…今日は自己研鑽の大事な方向性を学ばせていただきました。
感謝です…。

投稿: コロン | 2007/02/14 19:01:22

いや〜・・すごくよくわかります、そういう気持ち。
デザイン活動と福祉を行き来しようとする自分は
おかしいんだろうかと心配していましたが、
ここを見て何だかほっとしました。

投稿: 中村剛志(HogeHoge) | 2007/02/14 18:58:43


ニーチェ購入いたしました。
まだ読んでいません。
何故なら「クオリア入門」を見つけてしまったから。
ありえないトラップ(笑


理学部に哲学を語り合う場などありませんでした。
私はついていた方です。
一度だけ海外旅行でたむろする日本人学生達とその機会を得たか

ら。
そうでなければ哲学に対する憧憬など。
触れてみなければ輝きは。


他にもこの日記がきっかけとなって
心に泉を見つける人がいるのではないかと思います。
脳を求めてじつは哲学を求めている人は
とても多いと思っています。

その形にきづかないままの苦しみは
膨大な知を誇るインターネットを彷徨えど、
かすることもなく。

先生はクオリアの種を蒔かれましたよ。

投稿: へっぽこネットサーファー | 2007/02/14 18:18:46

死へ至る道が、不断の若返り…。肉体は朽ちていっても精神はそれに反比例して若返っていく…。人間、そうありたいものだ。

人は1度死んで、また時を得て新しい生命として生まれて来る、そしてまた死に至り、また生まれて来る…を繰り返すもの、だという。

しかし、人が人として生まれてくることは非常に稀、と仏典には説かれている。

あなたもわたしも、肉体は朽ちていくが、精神はますます若やいでいくほうがいい。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/02/14 17:56:44

出羽三山が遠くに見える このような風景を常に眺めていれば きっと表現も変わってくるだろう いや、変わらなくてはならない。茂木さんここにありです。そう思いました。自然のものはみんな 新しい!!祝福でしょうか

投稿: 井上良子 | 2007/02/14 9:51:13

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