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2007/02/05

受ける生傷の数だけ

散歩の途中で、公園の吊り輪にジャンプして
ぶらさがろうとして、
 その前につかんだ鉄棒が冷たかったことに
ひるんでいたのか、
 あえなく失敗して砂地に落ちた。

 いてて、と立ち上がる。

 不思議なもので、怪我をしたかどうか
ということよりも、
 誰か見てはしなかったかときょろきょろ
見回す。

 幸い、こちらを注意している人はいない
様子だったので、 
 しめしめ、助かったと立ち上がった。

 何気ないふりを装ってズボンの裾を
上げると、案の定向こうずねに
赤い筋が何本か入っている。
 
 しかしまあ、大したことはない。

 子どもの頃は生傷が絶えなかった。
 お風呂に入ると、しみてひりひりとした。
 あの頃に比べれば、大人になってからは
むしろ傷がなさ過ぎるくらいだ。

 ボクは、『脳と仮想』で、
感動とは傷を受けることであると書いた。

 ある体験から心に傷を受ける、ということを別の言葉で言い換えれば、その体験によって生じた脳の中の神経細胞の活動によって、脳が大規模な再編成を余儀なくされるということである。
 身体は、傷を受けると、細胞が分裂して傷を受けた部位の組織を再編成しようとする。その結果、見た目には以前と変わらない組織がつくられる。腕を切断するなど、怪我の程度が甚だしい場合は原状回復が不可能な場合もある。見た目には現状回復がなされている場合でも、微視的に見れば異なる組織になってしまっている場合もある。
 すぐれた芸術作品との出会いが脳に与える作用も、上のような身体の再組織化、再編成のプロセスと似ている。受ける感動の深さ、大きさが、その作品に接することがきっかけになって始まった脳の再編成のプロセスの深さ、大きさの指標になる。

茂木健一郎 『脳と仮想』(新潮社)より

 どういう時に傷を受けるか。
 身体運動を考えればわかるように、
ある程度アクロバティックなことを
しなければならない。
 
 精神運動もまた、傷を受けてナンボだ。

 デカルトのsystematic doubt
(方法論的懐疑)とは、
 既存の概念で身体を守ることを
やめて、魂の裸身をさらけ出し、
 無限定な世界の中に飛び込んでいくことを
意味したのではないか。

 思い切り精神の手足をのばし、
星辰に届かんとし、
 わーっと全力疾走して、
 くるっと回転し、
 めちゃくちゃに動き回る。

 無限なる荒野にて
本能の赴くままに狩りをする。
 そんな知の野蛮人でありたい。

 そうすれば、受ける生傷の
数だけ、
 私の精神は成長してくれることだろう。

2月 5, 2007 at 06:15 午前 |

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コメント

以前、感情の起伏が激しく精神的に落ち着いていなかった頃、
過度の情報にまみれたい欲求がありました。
その時、迷惑をかけまくった担当医の方へのメールで「野蛮な知識欲」と書いたんですが、
それとはぜんぜん違いますよね。

投稿: | 2007/02/06 20:02:32

いや〜・・・。とても溜飲の下がる思いです。
周りを見ても、アートがデキル人って、過去に何らかの
ヘビーなトラウマを抱えてる人が多いので、
そうじゃないかなぁとぼんやり思っていました。
私も例外ではありません。

「自ら傷を負わなければ創作できない」とも
言えるので、アーティストは日常的に
自分の精神を傷つけている人が多いです。
だから、基本的に病んでます。

上手に再編成できる事は稀で、たいていの場合
単なる傷になります。やり過ぎで出血多量、
しまいには壊れてしまう例も多いようです。

「知の野蛮人」という言葉は確かに魅力的なのですが、
過ぎた自傷行為にならないように気をつけないければ
いけないとも思います。

また、再編成というのは非情に怖い体験なわけで、
例えるなら「空白の無重力地帯に単身放り出されたような」
感覚です。つまり、上手く再編成できなければバラバラに
なってしまうわけです。私もその再編成時の恐怖を
何度も体験しました。運良く再編成できる人はたぶん、
ごく一握りなのではないかと思います。

そういう意味で、今の教育システムはその「再編成」を
なるべくしないような無難なシステムに見えますが、
ある意味それは正しいとさえ思います。
例えば天才教育は、精神が傷だらけで壊れた人を量産する結果に
なりかねないと思うわけです。

何かテンション低めの書き込みですみません。

投稿: HogeHoge | 2007/02/06 15:11:47

いつからか怖がることがなくってしまいました。
怖がらないことが怖いくらいに。
傷だらけもいいとこ。
さぞかし脳は再編成の連続だったことでしょう。
さぁ明日からものびのびやるぞ!
まだ見ぬ自分に会うために!

投稿: | 2007/02/06 0:00:34

茂木さんの文章にふれて、
私の頭も順調に傷だらけになっているようです。

茂木さんの本やブログを読んでいると
谷川俊太郎の詩の、

始まりは一冊の絵本とぼやけた写真
やがてある日ふたつの大きな目と
そっけないこんにちは
それからのびのびしたペン書きの文字
私は少しずつあなたに会っていった
あなたの手に触れる前に
魂に触れた

↑ こんな気分になるんです。

プロフェッショナルの仕事術スペシャル、
たしかに「女子必見」でした。
とくに私のようなマニアックな趣味の女子には(笑)!

2月、3月と住友ビルでまた楽しいお話を
聞かせていただくのを楽しみにしています。

投稿: | 2007/02/05 22:48:51

      生傷は、精神の成長には、あらず (私の場合)

   残る傷跡の 凹 を通過する思考・感情の交差に

自らを貶め(おとしめ)ながら  折り合いをつけながら

          生きて行くのは、 ホント 大変 。。。☆

             トラ ウマ  トラ ウマ     ぼこ 凹 ボコ

  
          

  

投稿: | 2007/02/05 19:57:53

「思いきり精神の手足を伸ばし、星辰に届かんとし、
わーっと全力疾走してくるっと回転し、
滅茶苦茶に動き回る…無限なる荒野にて、
本能の赴くままに狩りをする、そんな知の野蛮人でありたい」

アクロバティックな精神運動を試みる茂木先生。その中には
「シュトルム・ウント・ドランク」(疾風怒濤)の心意気が垣間見える。

無限の“荒野”を縦横無尽に動き回り、
生傷も何のその、
神聖なる高みにある真理を掴まれんとするフラワーピッグに、
我等は最早讃辞を惜しまない。

茂木健一郎氏よ、
貴下の行く道が仮令如何に険しくとも、疾風怒濤の命を燃やし、
大いに知の荒野をひた走って頂きたい…。
我々はそういう思いでおりまする。

p.s.ところで、お怪我のほうは大丈夫でしたか?

投稿: 銀鏡反応 | 2007/02/05 19:34:33

NHKの「プロフェッショナル」で、茂木さんの時間の使い方が大変参考になりました。

番組の中で『ブログを書いている』と放送していたので、探してコメントしました。

音楽を行動する時の切り替えに使っているというのが、
「なるほど。。。」と思い、私も音楽が好きなので、
何か行動のテーマソングを作ってみようかと、思いました。


忙しないのにだらした毎日を送っているので、
少しメリハリのある時間の使い方を研究します。

ありがとうございました。

投稿: komkom | 2007/02/05 18:29:58

NHKの「プロフェッショナル」で、茂木さんの時間の使い方が大変参考になりました。

番組の中で『ブログを書いている』と放送していたので、探してコメントしました。

音楽を行動する時の切り替えに使っているというのが、
「なるほど。。。」と思い、私も音楽が好きなので、
何か行動のテーマソングを作ってみようかと、思いました。


忙しないのにだらした毎日を送っているので、
少しメリハリのある時間の使い方を研究します。

ありがとうございました。

投稿: komkom | 2007/02/05 18:29:03

茂木さんのブログを毎日拝見するのが日課になり、私の脳に刺激を頂いています。
今日のブログを読んで、寒い日でも自由にのびのびと遊んでいる
子供たちを想像しました。

投稿: 心のつながりコーチ | 2007/02/05 14:52:28

「知の野蛮人でありたい」。
いい言葉ですね。
ぼくは自分のブログで、「理性的な野蛮人たれ」と書きましたが、茂木さんの今日の「知の野蛮人」という言葉から、ぼくもそうありたいと勇気をもらいました。

投稿: サイン(koichi1983) | 2007/02/05 14:40:05

「知の野蛮人」またしても名コピーですね。
茂木さんの日記には、思わずノートに書き留めて
おきたくなるような珠玉の言葉があふれています。
お体には気をつけて、これからも私たちに
たくさんの英知と刺激を与えてくださいね。

投稿: | 2007/02/05 14:07:38

「量が質を転換する」のかなと、考えています。

 私は趣味で囲碁を始めて5年くらいで、初段の壁に当たっている所です。
先生から言われたのは、「毎日簡単な詰碁を1000問解きなさい」です。
普段は、100問くらい。たまに、がんばって500問くらい解いたりしますが、1000問まではなかなか出来ません。

 でも、がんばった翌日くらいは、やはり勝ちます。
何か、感覚が違ってくるのです。
圧倒的な量は思考のフレームを壊し、そこに新しいフレームを作るように思います。

「精神の生傷」というのは、このことかなと思いました。

投稿: | 2007/02/05 11:13:36

茂木健一郎 様

当クオリア日記およびNHK「プロフェッショナル」について、いつも大変楽しませていただいております。
(我々は茂木様の活動について、大学時代から数年に渡って応援させていただいております。)

さて、当日記上の「感動とは生傷である」とは素敵な表現であり、我々ニューロネクスト(neuronext)が提示するところの「意識と本質」に基づいた真実であろうと思います。

我々ニューロネクスト(neuronext)の「存在プロセス」をデカルト風に申せば、

我、直感する⇒思考する⇒行動する⇒実現する⇒拡張する⇒共有する、ゆえに我あり。

となります。

このプロセスの実現は同時に、「無限定な世界の中に飛び込んでいくこと」を内在しております。

我々ニューロネクスト(neuronext)は、「意識と本質」に基づくシンクロ性(潜在的な必然性)を信じて、主にビジネス分野における「something greatの創出」を社会に実現し、さらにネットワークとして拡張・共有するお手伝いをさせていただくプロジェクトを2007/1/31に始動しております。(この日はある世界的な経営者がCEOとして復帰するというシンクロ性が発生しております。)

詳細につきましては、我々「ニューロネクスト(neuronext)URL」における種々のコンテンツをどうぞご参照願います。

投稿: ニューロネクスト(neuronext)代表 kiku&matsu | 2007/02/05 9:27:09

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