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2007/02/07

『生きて死ぬ私』(ちくま文庫版)5刷

『生きて死ぬ私』 (ちくま文庫) 
は増刷(5刷、累計21000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

2月 7, 2007 at 08:10 午前 |

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» とびっきりの言葉…(追記あり) トラックバック なんでもあり! です 私の日記!! 
   時節柄、あちらこちらで色紙を書く場面が増えました。    今日も(この時間ですと、昨日です)ボランティアで行っている中学校で    卒業する3年生宛ての色紙を書きました。    *    色紙のどの位置に書くか、というのはとても頭を悩ませます。    360度回転させながら書いたとしても    それでも、自ずと「上下左右」という位置があります。    位置探しに迷う自分に、ちょっと笑ってしまいました。        書きながら…    なんだか、自分が自分へ贈る言葉を書いてい... [続きを読む]

受信: 2007/02/08 7:36:34

コメント

茂木さんのことを、つい先日、美容院で手にしたBRUTUSという雑誌で知りました。とても興味深い方ですね。
私はちょうど10年前に体を壊して入院し、不思議な体験をしました。そのときに、「あたしはずっと死にながら生きてきた」という一文を残しました。「この”思い”だけがあたしでしかない。体の有無にかかわらず。5感の欠如に関わらず。”思い”がなくなればあたしはなくなる。ただ、無に、かえる」「たとえどんな音であれ、それがあたしを呼び指すおとならば、それが、いや、それこそが、それだけが、あたしの存在、あたしが”この世に”生きて在るという証明であって、5感とはなにかを脳に伝えることでその証明を認識させてくれるために与えられている体の機能なのだ」とも残しました。
それから6年経って、ドイツの現代美術に惹かれたときにシュタイナーの絵に出会い、彼を経由してニーチェやツァラトゥストラを知りましたが、日本語訳には主観が多く入っている気がして、まだ読んじゃいけない、と思ったので読んでいません。いつか自分がそれを読んでもいいくらい強くなってから、思想や哲学の本を読もうと思っています。
その後、我が妹は脳外科に勤務し、あたしのそういう感じ方(ひとそれぞれの現在や未来の色の様子や、植物や人の手のくれるあたたかさや、くじらみたいな地球の声や、思いがゆきつくところの天からの泉だとか、無になるときの光と闇だとか。)というのは全く非科学的でくだらない、昔は姉ちゃんのことを尊敬していたのに、といいます。寺にも教会にも属したことはありませんが、宗教みたいねというひともいたくらいなので、感じたことを誰にも話さなくなりました。そうしてひとから離れるようになりましたが、妹のことは相変わらず好きなので、どうすればうまく伝わるかなあと思ってきました。そんなときに、茂木さんを知ったのでした。厄落としの意味で、ばっさりと髪を落としたその日に知ったことも、なにかがそうさせてくれたような気がしました。
研究者だと書いてあったので、何か本を出してらっしゃるかなあと思って探してみたところ、ここにたどりついたわけです。どれから読んだらいいのかと決め倦ねていましたが、この本から読んでみます。来年お金が貯まったら、チベットの麓で待っている唯一無二の親友のもとに、3年越しの約束を果たすべく逢いにいくのですけど、そのとき、茂木さんのお話もできるように脳とこころのポッケにあなたのことばを蓄えていきたいと思います。
なんだかよくわからない長い文章になりましたが、結局はお礼がいいたくて。
ありがとうございます。

追記
LINUSさんのお花の話、興味深いですね。私は青い花が好きです。凛としていて風通しがよいから。人でも花でも生き物でも、芳醇なものは黄色や赤い花をつけ、大きくて柔らかい殻のなかに淡い黄色の核があって、凛としたものは青い花をつけ、小粒でも固い殻のなかに潤いある白い核があるというイメージがあります。なんとなく。
チベットにいったら、彼の地で青くあるもの、黄色くあるもの、赤くあるもの、白くあるもの、って見方でいろんなものを見てみようとおもいました。すてきなお話ありがとうございました。そして、是非、その夢をかなえてください。

投稿: あやしろ | 2007/02/09 15:52:42

増刷おめでとうございます!

久しぶりに読み返してみて、茂木さんの青春の一時期を等身大に表現された、エッセイで読んでいて抵抗感の少ない作品ではないかとおもいます。

わたしの転換点は、40代でした。アパレル産業で働いていた時、それまでやっていた仕事のポジションからはずれるようにいわれ、まったく気力を失ってしまったことがありました。

その後父の病気を境に、実家の家業を手伝い、父がなくなった後、家業を継ぐことになった。当時はなかなか覚悟をきめかね、悶々とした時をすごしていました。

ようやく昨年当たりから、手ごたえらしきものが得られ、今年還暦を迎えて気持ちを新たに「家業」と「地域の活性化」に精力を傾けようと思っております。

この本の中に、デカルトについて書かれた部分がありますが、まさしくこの私でも、お題目のようにある時期、I think ,therefore I amなる言葉を唱えていました。我思う、ゆえに我あり。

それを別に哲学とは意識せず、それこそちょっとおしゃれかなという軽いのりで口ずさんでいました。ふとそんなことを思い出しました。

投稿: morien | 2007/02/07 16:04:56

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