« 横井昭裕×茂木健一郎トークショー | トップページ | 初めて夢だったのだと »

2007/02/21

戸の中から「はあい」

風邪の症状が悪化して、
喉がひりひりして、関節が痛い。

クラブ・キングで、桑原茂一さんや
吉村栄一さんとともに、
リリー・フランキーさんと対論している
時には一時調子が良くなったように
思ったのだけど。

『東京タワー』に描かれたリリーさんの
「オカン」は、私の母親に似ている。
私の母親も小倉出身である。

「もし小倉の上空が曇っていなかったら、
原爆は長崎ではなく小倉に落とされていて、
お前は生まれていなかった」
というのは私自身も子どもの頃
よく聞かされたことである。

リリーさんのオカンは、東京で
様々な人にごはんを振る舞うが、
私の母親にもそんなところが
あった。

そうか、あれは北九州の文化
だったのかもしれないと思うと、
自分の子ども時代がよりよく
理解できた。

芸大の授業の後に、上野公園で
みんなで飲んで、そこに学生も社会人も
正規もモグリも皆わーっと
そのあたりに散らばっている様子は、
あれはきっと小倉的/九州的/南方的
振る舞いだったのだなあ。

自分がなぜある行動をとるのか、
よくよく考えてみないと
その起源はわからない。

対論が終わると、リリーさんは
トイレに入った。
ボクはすぐに出なければならなかったので、
「リリーさん、それでは、またぜひ!」
と大声をかけると、
戸の中から「はあい」と声がした。

その時間の流れが、まるで小倉の
ようにゆるくてイイカンジで、
ぼくは一時風邪を引いていることも、
コンクリートと鉄筋の大都会にいる
ことも忘れた。

2月 21, 2007 at 07:21 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 戸の中から「はあい」:

» 『地上』島田清次郎 トラックバック 御林守河村家を守る会
それはもうとうに失われた本ですが、 色あざやかなカバーにつつまれた文庫本で、 バイロン、ナポレオン、ディズレーリ、 などの伝記を読んだ記憶があります。 三十五年もまえのことです。 作者は鶴見俊輔という名だったと思います。 (あとから検索してみます) 熱情あ�... [続きを読む]

受信: 2007/02/21 8:26:09

» 小倉のママさん。 トラックバック 坂口慶樹 心のひだ探検隊
2/15(木)、久しぶりに小倉へ出張。 打合せを済ませ、同じメンバーで夕食へ。と [続きを読む]

受信: 2007/02/21 11:15:23

» 茂木考2 トラックバック ★けむりん@プチブルBLOG★
『生きて死ぬ私』(文庫)を130ページまで読み終えた。基本的にいちいち考えながら読み進めていくので超遅読の俺様であるが、非常に楽しく読書している。明日出発するヘロン島にも機内と夜のお供に何冊か茂木健を持参するつもり。彼の滋味溢れた文体は、きっと青い海にも合... [続きを読む]

受信: 2007/02/22 8:28:15

» 2007年2月 上野公園 東京都美術館 トラックバック マイ・つるかわ・生活〜鶴川住人日記、東京近郊おでかけメモ、キャンプのメモ
先日は、東京都美術館 へお出かけ。 何を見に行ったかは、特に申し上げませんが・・・  さて、正門前に、丸いオブジェ。 これを見ると、転がさなくてはならない人たちが2名ほど・・・ [続きを読む]

受信: 2007/02/28 23:49:59

コメント

・ 訂正 ・        戸の中から「はあい」

    戸の外へ 「波愛」 


             再度の『波合い』 感応となり


        そして     @@@。渦芯となる。@@@

投稿: | 2007/02/23 6:44:53

茂木先生、大丈夫ですか~? きっと今日はダウンされているのですね・・。
茂木先生のお母様は、本当に素敵な方だったのですね。その、お母様の良いところを茂木先生も受け継いでいるのですね。小倉気質というの?
そんなのを。

今日、上野の芸大の率展を友人と観に行きました。本当に何というか刺激的でした。知り合いの作品を観る目的もありましたが、油絵も、彫刻も、インスターレーションも、壁画も、建築もオブジェも、なんとかも、
本当に観ているだけで楽しくて、中にはユーモアのある、どら焼きの塔などもあって。ウルトラマンに出てくる、金ゴンの顔がどら焼きで出来ていて・・。それだけは本物のどら焼きで・・。(笑)
一番私にウケたのは、剥製の鳥の羽を抜いて、作者本人の髪の毛を植え付けたものと、こけしの中に繊毛のような作者の髪の毛が植え込まれたもの。発想が面白いな~と。気持ち悪いけど、面白くて見とれてしまいした・・。才能のある方がいっぱいで、上野は豊かな発想の森で、今日は、不思議な国のアリスになったようでした。


投稿: | 2007/02/22 22:00:22

毎朝、拝読しています。
小倉出身の会社員です。

「もし小倉の上空が曇っていなかったら、
原爆は長崎ではなく小倉に落とされていて、
お前は生まれていなかった」
と言う話は、私も近くに住んでいた祖父母から
聞いて育ちました。
「東京タワー」のそのくだりに、
「私も聞いたことある!」
と大きく頷いた読者の一人です。

ただ、原爆が小倉に落とされるかもしれなかった、
という話については、
私の歴史の教科書には載っていませんでしたし、
小学生のころ広島市内に転校したとき、
平和教育の担当教師に尋ねても
彼らは知りませんでした。
長い間、本当の話なのか不明だったのですが、
2年ほど前、広島市の平和記念資料館を
10数年ぶりに訪れたとき、比較的新しいブースに、
この事実を示す文面を見つけました。
私の記憶が確かなら、
米国の情報公開制度を使って得た情報だ、
というようなことが添えられていました。
謎が解けた気がして安らいだのですが、
でもなぜ、祖父母のような地元の人間が
知り得ていたのだろうか、と
新たな疑問を抱えています。

体調を崩されたとのこと。
どうぞご自愛ください。

投稿: | 2007/02/22 19:12:06

暫くぶりにコメントさせていただきます。
>風邪の症状が悪化して、喉がひりひりして、関節が痛い。>
とありました。一番辛い症状の時ですね。
どうか乗りきって下さい。
回復、お祈り申し上げます。
茂木さんが元気ないと思うと私も、なんとなく元気が出ませんです。


投稿: | 2007/02/22 9:48:40

      戸の中から 「はあい」


              中の戸から 「波合い」


       ☆ ふらんきぃー ・ 百合 。。。


  @ 小倉のぬか炊き おいしいです。・・・ オカン小倉城中

投稿: | 2007/02/22 7:04:08

小倉の空が曇っていって・・・本当に良かった。そんな事実があったのですか?あの日のヒロシマの空はとても綺麗な青空だったと・・私の父は、空の話しかしませんでした。お風邪しっかりとお治し下さいませ。
生姜、葱、大根など・科学的では御座いませんが・・。いいかも。

投稿: | 2007/02/21 22:33:49

「セレンディピティーはその幸せの
心構えができた人に現れる」


日記を読み始めて3週間
物凄く、物凄く色々なことを学びました。
なんて目まぐるしかったことか。
本当にありがとうございます。

ようやく喜びに満たされました。
色々なことが色々なものを溶かしてゆきました。


最後の壁は慢心と胆力の無さでした。
凡庸が邪魔をする
オロカモノ
聞く姿勢が無い
まさに「バカの壁」

「真実」は
ニーチェを読む機会がなかったのではなくて
ニーチェを避けていたようです。


九州大の人達が羨ましい。
20歳の内に気づけるのだから。
私と同じように何割かのわからなかった人は
どうか忘れないで欲しいと思います。
いずれ必ず、
大切な事に気づけるから。


「ツァラトストラ」を今夜から読みはじめます。
「クオリア入門」はまだ途中ですが
どうやら本当にニーチェを読む時が来たみたいです。
心構えが、
ようやくに。

今晴れ晴れとした気分です。
先生のご学友の「Mさん」は
ニーチェでこのような気分になれたそうですが
私は先生に教えていただけました。
3週間もかかるようふつかものではありましたが
本当に、物凄く感謝しています。


どうかこれからも御教授よろしくおねがいいたします。


風邪に負けないでくださいね。
うどんの薬味にショウガを沢山入れて食べると
物凄く効きますよ。
どうか暖かくして寝てください。
次回講義、とても楽しみにしています。

投稿: | 2007/02/21 22:33:48

茂木さん、日記には「風邪が悪化して咽喉がひりついて関節が痛い」とありますが、その後のおからだの具合は、よくなられましたでしょうか。

それはさておき、茂木さんの中には、やはり小倉の人の血が流れているんですね。芸大の授業の後でみんなでワイワイ飲み会をなさるのも、その血ゆえなのでしょう。

きょうはあまり小難しいコメントは避けたいので、ドラマ「東京タワー」の内容なんぞをちょこっと語っておわりにします。

今週見たドラマ「東京タワー」で主人公(リリーさんのことです)の友達に「オカン」がごはんを振舞うシーンがありました。茂木さんのお母上もそうなのですね。いいなぁ。

誰にでも分け隔てなく付き合える茂木さんの性格って、まさにその「オカン」に限り無く近いんですね。

私は茂木さんや「オカン」の真似は出来ないが、聴き上手にはなりたいと思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/02/21 19:11:31

北九州、小倉在住の私。毎日が飛ぶように過ぎていくと、この地にすんでいてさえ思うのに、たまに東京にいったときなんかは、ビュンビュンとすごい勢いで周りが動いているように見えて(実際、凄い早さで歩いて追い越されてますが。。)、このスピードについていかないとどうなるんだろう?と駅のホームで次の列車を待つ一瞬の空白の時間にふと考えてしまいます。沖縄時間もかなりのゆっくり物だとおもいますが、小倉時間っていうもの、こうして再認識させてもらうとよいものだな〜。と思いました。北九州のライターさん達が立ち上げているライターズネットワークというblog http://d.hatena.ne.jp/writersnetwork  をひさびさ覗いてみたら、流れていました、小倉時間。 都市と地方、流れる時間は意識的時差??

投稿: kyoko | 2007/02/21 11:49:31

 初めて、投稿します。
 毎週、プロフェッショナル楽しみにしております。そのときに、茂木先生が、毎朝この「クオリア」日記を書いている事を知り、興味を持った者です。

 現在、私は経営学の博士課程後期に進学を希望し、先週、試験を受け、結果待ちなのですが、正直不安でもあります。しかし、結果がどうであろうが、後悔はしていません。
 
 脳は、自分で選ぶことに活性化するという先生の言葉を聞き、そのことを意識して、自分の進路を考えないとなあと思うこの頃です。

 ところで、先生のお母様は、小倉出身だそうですね。

 私は、今24歳ですが、小倉で生まれ、小倉で育ちました。ですから、小学生の時から、「良い子の社会科」で、小倉がもし、あのとき雲で覆われていなかったら、原爆が落ちていたことを習いましたよ。だから、原爆のことは、一小倉出身の私にとっては、他人事ではないような怒りを感じます。


 また、現在毎週月曜日に放送されている『東京タワー』を、京都から見ては、なんだか、早く小倉に帰りたいなあなんて思っています。

  自分のルーツというか、故郷や家族があるって、こうやって離れて住んでみると、改めて良さが分かるような感じがします。

  

投稿: | 2007/02/21 9:53:06

私の友人が博多に転勤になったのは4年前。
彼が言うには、コンビニでおつりを渡してくれるときの、手を包み込むような振る舞いや、知らない人が話し掛けれくれたり、
こちらから話し掛けてもそれに気軽に答えてくれる雰囲気に愛着を感じて、もう東京には戻れないと言っていました。

私も、昨年の11月に、九州各地を回りながらその雰囲気を肌で感じて、
東京に戻る頃には、なんだか重たいものが、すっと離れていくような
気分を感じました。

スーパー銭湯で、野菜を売っていたきれいな女性の雰囲気を、そこで買った辛味大根を、友人宅で浅漬けにして食べたその味とともに私はなぜか思い出すのです。

なんだかとても切なくてやさしい雰囲気がありました。

もちろん、屋台で地元の方におごってもらった焼酎の味も忘れられません。

投稿: | 2007/02/21 8:46:08

コメントを書く