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2007/02/15

時に美しい樹氷の

ボクが生命哲学に依拠しているように、
宮島達男さんもまた、いかに生きるかという
フィロソフィーを大事にしているの
ではないか。

シンポジウムの際の発言を
聞いていて、そう思った。

酒井忠康先生のお話は、
「一寸法師」というタイトルで、
突き抜けた感じがとても素敵だった。

時間をさかのぼる。
ホテルで、むむむ? と
目覚めた瞬間から、ご飯も食べずに
一所懸命仕事をした。

空腹で東北芸術工科大学に向かう。
シンポジウムの前の打ち合わせ、
その日の最初に口にする
ランチがとてもおいしかった。

終わった後、新幹線に乗るまでに若干時間が
あったので、
「用事がある人は前にいらして
ください」とアナウンスしたら、
たくさんの人がきた。

いろいろとお話できて、おもしろかった。

雪が舞う、山がそびえる。

山肌、ちらちらする雪、人々の交情。
ボクは、山形が、とってもとても好きになったなあ。

思い起こせば、
山形に最初に来たのは、脳科学の
冬のワークショップのことだった
 
スキーをするのが人生で初めてだったのに、
いきなり樹氷原のさらに上の、
一番てっぺんにまでリフトで連れて
いかれて、
特攻隊のごとくものすごいスピードで
滑り降りては、
転んで止まるを繰り返した。

思えば、ひどいやつらだった。
しかしまあ、あれは、
生涯の最大の向こう見ずの
一つだったかもしれない。

あの時、私の親友、田森佳秀の
すべりを初めてみた。

田森は、まるで枝豆のころころのように、
小さくまとまりながら、しかし弾丸の
ごとく斜面を降りてきた。

その姿は、理化学研究所で同僚だった頃、
お昼にそばを食べて、気持ちが悪く
なってしまったらしく、
「うっ、ごめん」
と当時の思考機能棟に向かって
イノシシのごとく駆けていった、
あの時の様子を思い起こさせた。

朝、ホテルで起きてしばらくして、
その田森と、久しぶりに電話で話した。
「ノラwireless LAN」
を捕まえたのだが、
なぜかsmtpが使えず、
「これはどういうことであるか」と
聞いたら、
30分くらい
「ポート25がどうのこうの」
と教えてくれた。

hidden figureの実験の話もした。

金沢の雪景色は、どんな様子になっている
ことだろう。

新幹線に乗り、しばらく眠ってから、
東京駅に向かって、
だーっと仕事をし続けた。

ある具体的なことをやって、時間が
経っていてしまうことを、
もったいない、割り切れないことだと
思春期には感じていたけれども、
今は没我こそが至上の過ごし方だと
思えるようになった。

蔵王の雪原を滑り落ちている
時には、まさに必死で、
そのこと以外には考えられなかったが、
そうした時間をつないでいくという
ことが人生の一つのうるわしい姿
なのだろう。

斜面を見いだし、滑り、また
滑り、時には転ぶ。

そうしていると、時に美しい樹氷の
光景に出会うことができるように思う。


山形新幹線から見た、ゆかしい雪中の沼

2月 15, 2007 at 04:33 午前 |

コメント

山形でのシンポジウム、お疲れ様でした。丁度、蔵王の樹氷も、美しく輝く時期なんですね。

お写真を拝見致しました。
周りが白い中に、銀鼠色の沼がぽっかりと見える、寒々しいけれど静粛な風景。

雪景色っていいなぁ。

きのうの東京ではついに初雪が降らずに先に、春一番が吹いてしまった。

今年は雪もなしに春が来てしまうのだな、と思った。

人間、如何に生きるか、というフィロソフィーは本当に大事で、そういう哲学を根底に持っている人は、どんな艱難辛苦も乗り越えて、人生の糧としていくことが出来るのではないか。

宮島さんは生命こそかけがえのない、1番の「宝」だと考えておられるのに違いない。

宇宙から見れば、独り独りが「一寸法師」でしかない我等地球人は、「生命」という「原点」に返っていくのが大事な気がする。

我を没するほどに、ことに集中するのが至福のとき…自分も絵を描いている時は我が没した(没我)状態になっている。

日常の雑事を忘れて、一つのことに打ちこめる、そういうのも幸せなひとときなのだろうな。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/02/15 21:37:23

私は、ひょっとしたら今「生涯最大の向こう見ず」をやってるのかもしれない。それはクレシェンドしていくのかも知れないけれど…。

正月元日から三日までまるまるかけて、
レディングフェスティバルでKurtが着ていた患者着(なぜアメリカは後ろ開きで、日本は前開きなんだろうか)を夢中で手作り。
それを着ていると落ち着く。

Kurtも飲んでたLithiumを飲むと多少は落ち着く(医者の処方)。

Kurtが死んだ時、私の心も一度死んだけれど
私の心が弱くなった時に支えてくれたのもKurtだ。

一番心を壊すモノが、
一番心を癒す(「癒す」ってのもヤな言葉だな)。
それは愛しているから?

夢中になっている時に、世界も時間も超越してしまうのは、恋?

投稿: 脱色Lithium | 2007/02/15 9:46:19

は…、たんぼじゃなく、沼でした。すみません。

投稿: M | 2007/02/15 5:59:46

おはようございます。
いきなり天辺からなんて…すごい勇気ですね。
田森さんも。。(笑)

具体的なことをやっているのが、もったいない、割り切れないと思う時期は
先生にもあったんですねえ。 没入にいたるまでに…。
なんだか安心しました。。
雪のたんぼ、きれいです。

投稿: M | 2007/02/15 5:49:33

昨年末、ふとしたきっかけでこのブログに出合って以来、
しばしば拝読しています。
あまり学のないわたし(まだまだ発展途上、といった方が
いいですね)で、飛び交う言葉がちんぷんかんぷんのことも。
それも含めて、このブログの世界を楽しんでいます。

普段は意識しないけれど、
頭の隅に確かにある、かすかな感覚を刺激されるようで、
(あるいは自分の遠い記憶でしょうか?不思議な感じ・・・)
とても新鮮なのです。
今回の記事も、読み終わった後しばらく、余韻にひたっていました。
これからも、楽しみに訪れたいと思います。


投稿: こなつ | 2007/02/15 5:39:58

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