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2007/01/04

淀川長治さんの時代の「日曜洋画劇場」のような存在

日本には
 受験の競争というものがあるから、
勉強というのは他人との比較において
どれくらいの位置にあるか
ということに重きが置かれがちだが、
 実際には「学ぶ」喜びというものは
プライベートなものである。

 伸ばしたい方向は一人ひとり違う。
 その総合的な知性の鍛錬において、
徐々に伸びていく、
 いわば「足元を見つめる」
喜びさえつかむことができれば、
人生怖いものはないと言っても
よいくらいである。

 あせる必要はない。
 ただ、自分が少しずつでも前に、
進んでいるという実感さえあれば良い。

 そのような絶対自己本位というものを
日本人も確立できないものか。

 塩谷賢に年賀の電話をした。

 「お前さ、今朝のオレのウェブの日記読んだ?」

 「人の日記を読むなんて趣味はないよ」

 「お前の趣味は知らないけれど、今朝の日記は
読んだ方がいいんじゃないかと思う(笑)」

 「何でだよ」

 「お前がフィーチャーされているんだよ。
大変な人気だぞ」

 「お前なあ。ネットの調子が悪いんだよ。
つながることはつながるんだけど、1分くらいで
切れちゃうんだ」

 「あれ、ダイアルアップだっけ?」

 「ADSLだけどね。12月中旬から調子が
悪いんだよ。メールをダウンロードしていると、
途中で切れちゃうんだよ。まいっちゃうよ。」

 「その一分の間に、今朝の日記だけは読んでおいた
方がいいぞ」

 塩谷は、修士表裏(4年)、博士後期課程に5年、
計9年いる間に、論考を書いたり、博士論文をまとめたり
といったそぶりは一切見せなかった。

 あそこまで浮世離れすると凄みが出て来る。
 成果主義だの何だのと、「お数えの時間」
に夢中な世間に対して、塩谷という存在自体が
一つの批評性を持っている。

 塩谷と最初にあった頃、駒場の教室の外で、
塩谷が
 「茂木さあ、無限という鉛筆の横にもう一つ
無限という鉛筆を置いたらどうなると思う?」
と言ったのはよく覚えている。

 ぼくも、熱力学の第二法則がどうのこうのと
生意気だった。

 適当な科学だったら、許さないぞという気概が
あった。

 あの頃の、若者らしい、「超えていくぞ」
という気概に、
 どんなにゆっくりでも、自分が前に進んで
いくという足元を見つめる確からしさが付け加われば
無敵である。

 世間と仲良くしても良いが、気概だけは
忘れてはいけない。
 ネットがつながらなくても、ふてくされては
いけない。
 お酒を注文して来るのが遅くても、
ハシをかたかた言わせてはいけない。
 紳士たるもの、それくらいの心得は必要である。

 近くのコンビニで『大脱走』が999円で
売っていたので、懐かしくて思わず買ってしまい、
 夜、最初から最後まで見た。
 近頃希なことである。

 昔の「日曜洋画劇場」などは考えてみれば
抜群の教育効果があったのだと思う。

 フィクションが混じっているとはいえ、
『大脱走』に出てくる連合国軍側の将校や
兵士たちのユーモアを忘れない、しかし毅然とした
態度を見れば、
 目をつり上げて金切り声で戦争しても
これは負けるわ、と納得が行く。

 イギリスはおよそ戦争というものに負けた
ことがない。同時にユーモア大国である。
 そのあたりの機微をきちんと見ないと
日本のおじさんたちはまたもや贔屓の引き倒しに
なりますぞ。

 藤原正彦氏の『国家の品格』はユーモアが
あったのが救いだったのです。

 話は「日曜洋画劇場」的なものに戻るけれども、
文化的にも、メンタリティ的にも完全に「日本的」
なものの中に閉ざされている
昨今隆盛のバラエティよりも、
 異質なものに接するという学習効果において
あちらの方が上だったと思った次第。
 
 今でも続いているようだけれども、
どうも文脈が変わってしまったようにも
感じる。

 かの淀川長治さんの時代の「日曜洋画劇場」
のような存在が、今でも必要だと痛感する次第。
 
 淀川さんの話を、一度だけ生で聞いたことがある。

 先日広告批評の学校に出講した時、東京タワー横の
まさにその場所が淀川さんその人に接したところ
だったと思い出した。

 こうして人生の時間は交錯していく。

1月 4, 2007 at 07:30 午前 |

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受信: 2007/04/19 23:49:32

コメント

裏覚え なんて日本語はありませんよ。
うろ覚え です。

通りすがりでした。

投稿: | 2007/04/07 18:24:40

久しぶりにコメントします。
8日の今日香港から帰国しました。2泊3日の予定が4泊5日になってしまいました。
茂木先生の「やわらか脳」と梅田望夫、平野啓一郎さんの「ウェブ人間論」を持っていって飛行機の中とホテルで読みました。
面白かったです。

おしら様の「人の日記を読む趣味なんてないよ」というセリフですが、
確かに、昔は人の日記など誰も感心はなかったですよね。高名な作家のものならともかく。今は、誰でも日記を公開していますし。

日本に帰ってくると、やっぱり「クオリア日記」が気になり、東京に帰り着くなり、4日からの日記とコメントを読みました。どんなことを書いているのか気になって・・。

大脱走は私も大好きな映画でした。その~淀川さんも・・。
(アメリカ映画もあの頃のは人間が描かれていました)

茂木先生は、イギリスのコメディの優れ具合をよく書かれていますが、
帰りの飛行機で読んだ、国際版日経新聞に、三谷幸喜の「笑いの大学」がイギリスでイギリス人の俳優と演出家によって上演されるとあり、それにあったって、三谷幸喜さんが戯曲を英語に翻訳しやすいように書き直した、というものでした。

そうそう、私は、前から、三谷幸喜の笑いは、茂木さんのいうイギリスの自分を笑いの対象にするというところが同じではないかな~と思っていたのです。
彼の映画「ラジオの時間」(ジはホントはチに”です)は笑いの傑作だと思うし、彼のテレビドラマで「合い言葉は勇気」は私が最も好きなドラマだったのですが、

ある時、三谷さんのエッセイを本屋で立ち読みしていたら、自分のドラマで最も視聴率が低かったのが「合い言葉は勇気」だと書いてありました。
私は、あれは大変優れたドラマだと思っていたので、驚きました。
田村正和の探偵の方を一般の方は好むのですね。(あれも面白いですが)

茂木先生は「合い言葉は勇気」を知っているかしら? 
役所広司主演で
売れない三流役者でへっぴり腰の役所広司が、ひょんなことから、ある村で開発を反対する町の代表から、有能な弁護士と勘違いされて、弁護士を演じて、その村に力を貸すうち、段々自分が本物の弁護士のようになっていって、開発を進める大企業と戦い、村人たちと最後に勝利する、というもの。(一度テレビで見ただけなので裏覚えですが)
めちゃくちゃ、ユーモアがあって、観ているものが自分自身に置き換えて勇気をもらうドラマでした。

ビデオになっていたらもう一度観たいのですが。

投稿: | 2007/01/08 23:23:25

塩谷さんのADSL調子悪いって、ウィルスとかトロイとか大丈夫でしょうか。

投稿: | 2007/01/05 9:28:01

茂木先生のお友達のおしら様って、なかなかにユーモアがあり、悠然としている方なのですね!

でも、茂木先生も世間の風に負けず、なかなかにユーモアの光を全身から発しておられますぞ。

ユーモアのない国土世間に限ってなのか、成果主義だのお受験だの、という
お数えの世界や異常な競争主義に流されがちだ。

金切り声のヒステリーなどは、ユーモアの前には、まったく歯が立つまい。

人間、悠然と生きる為に必要なものは、やはりユーモアのセンスと強靭な生命力だろう。

学問する楽しみは本当はプライベートで、「総合的知性の鍛練において」足下を見つめる喜びさえ知れば、無敵だという。

しかし「お受験戦争」に巻きこまれる若者たちにとっては、とても足下を見つめる余裕も喜びも、なかなか味わえないのかもしれない。

自分は受験は、高校入学前に体験したが、私達のころは、得意な科目さえクリアすれば、後ができなくてもOKだった。

今は如何なのか知らないが、もっと熾烈になっているに違いない。

でも、学生諸君には、是非、総合的なことをジックリ学ぶ、本物の学問の喜びを知ってもらいたいと思う(我も含めて…)。


文化的・メンタリティ的になんだか狭い「日本的」なものに閉じ込められているような今ドキのヴァラエティ。そんなものを観て笑っている自分とは一体何者なんだ、と訝しく思う。

そんな状況をぶち破る、スパイシーなヴァラエティが出てこないかしら、ときょうのこのエントリーを読んで、銀鏡子は思うのだった。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/01/04 19:11:31

~成果主義だの何だのと、「お数えの時間」に夢中な世間に対して~
これには完全に反論します。当初の成果主義はたしかに発揮された能力や結果に対してフォーカスし、それを数値化し、決められたパイを分配しようとする動きでした。しかし、最近はそれも限界があり、年功という長い時間をかけて仕事を理解し、能力を分別する流れから、どうやら「仕事」というものは何なのか?「個人の能力を高める」とは何なのか・という流れに成果主義はあるようです。つまり、長い間(それは時代にマッチしたのだけど)年功制で適当に形づくられる能力や仕事を(今度は時代にマッチさせるため)できるだけ早く明らかにしようとする動きです。もちろん、過渡期ではありますが、修士論文を書きながら・・・・どうやら適当に(仕事や経営)をしてきたつけを成果主義によって明らかにしようとする動きなのです。それはアメリカでも同じで人間を完全に数値化するのは限界がある・・・・との動きなのです。このへんが落としどころで、企業経営から見ても待ったなしの課題だと思われます。決して「お数え」というのはあくまで一悪い側面であって、そういう書かれ方が「成果主義」の批判の矛先になると思われます。

投稿: 飯嶋 | 2007/01/04 17:19:04

「無限という鉛筆の横にもう一つ
無限という鉛筆を置いたらどうなると思う?」
「有限の消しカスが無限に出てくるだろう」

投稿: | 2007/01/04 12:28:46

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