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2007/01/26

「異種間の共感」

ただ今公開中の映画
Inconvenient Truthでは、
民主党の前大統領候補だったアル・ゴアが、
 地球温暖化について世界中を
講演行脚する様子が描かれている。

 科学的なデータとしては
二酸化炭素の上昇とともに
地球の気温が上がっていることは
明白なのに、
 その「不都合な真実」を見ようと
しない人たち。

 アメリカの車の排ガス規制は、
日本やヨーロッパはもちろん、
 中国のレベルと比べてさえも緩いという。

 真実があるのに、それを見ようとしない。
 そのギャップを埋めるために
ゴアはがんばっている。

 それで思い出したことがあった。
 1997年に出版した『脳とクオリア』
の中で、私は反応選択性を徹底的に
批判した。
 そして、神経細胞の間の相互関係に
基づく「マッハの原理」でなければ
意識の問題は解けないのだと主張した。

 私にとっては、当時も(そして今も)
これくらい明白な、論理的に明らかな
「真実」はないと思っているが、
 世の中の人にはなかなかわかってもらえない。

 単一電極計測やfMRIは、マッピング
(写像関係)を明らかにする上では大切な
 意味を持つが、
 それだけで意識の問題が解けるわけではない。

 もう一つ。Gerald Edelmanをはじめとする
さまざまな人が「意識の問題を解けた」
というモデルや理論を発表しているが、
 そのどの一つとして、
 「そのモデルで記述される対象が、
物理的、機能的に意識をもった私たちと
まったく同じふるまいをしたとしても、
 一切の意識表象をもたない「ゾンビ」
ではない保証はどこにあるのか」
という「哲学的ゾンビ」の問題に答えていない。

 これも、少しでも論理的に考えることが
できる人ならば明白な「真実」であるが、
なぜか世間の一部の人たちはそれを
見ようとしない。

 アル・ゴアのように、あきらめずに
行脚するしかないのであろう。

 あるいは、最後まで解いてしまって、
E=mc2のような、有無を言わせない
 形式まで昇華させてしまうこと。

 最初から不定の距離を思うと、
目が回ってしまう。
 100とか1000のひらめきの
向こうに、最終的なゴールがある。
 そのように思って、足元を
見つめていくしかない。

 動物と人間との不思議なかかわりを
写真に定着してきたGregory Colbert
と話す機会があった。

 動物と人間の間にも、
empathy(共感)はある。

 しかも、私たちが想像している
以上のレベルで。

 人間だけが住まう都会の光景は、
species ghetto
(単一種を閉じこめたゲットー)
だとGregoryは言う。
 
 進化論的な視点から言て、
「異種間の共感」にはどのような
意味があるのか?

 マッコウクジラの親子と一緒に
泳いだり、
 あるいは象と横たわったり。
 そのような時に生まれる
意識の交流には、どのような意味があるか。
 
 マッハの原理は、意識表象が
関係性から生まれるというステートメントであるが、
 同じような関係性に由来する
 豊饒への道筋が、
 私たちがまだ気付いていない姿で
この地球上に隠されているような気がして
ならない。

 地球温暖化の問題も、
意識の謎も、
 「真実」を見ようとしない態度は、
 「今、ここ」にある事象を切り離して、
周囲のさまざまとのつながりのネットワークを
無視することに由来する。
 
 「異種間の共感」に自分を投げ入れる
時の
 不思議にやすらぎを覚えるその境地の
中に、私たちは魅力的な鈴の音を聴き始める。

1月 26, 2007 at 07:57 午前 |

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コメント

>動物と人間の間にも、
 empathy(共感)はある。

動物にも喜怒哀楽があるから、
共感できるのではないかと思う。
動物も同じ生物で、生きるということに
それほど違いはないのだけど、
決定的に違う点が存在する。
それは、生きる上での置かれている
状況があまりにも違いすぎる。

動物は食物連鎖という異種間の
生死のやり取りの中、互いに共存
することで生きている。

人間は人生というまったく別次元
の中で生きている。
(だからspecies ghetto化する)

 人間は生死、生きる、生きているという
ことに、あまりにも鈍感になりすぎている。
それは、先進国になればなるほど
生きていることが当たり前に、そして
生死に鈍感になっていく。
 自然界の生死を感じ、本来、命という
ものは、どれだけ尊いものかというのを、
もっと感じていくべきだと思おう。
動物の命も尊い敬う心が無ければ、
地球温暖化は止められないのでは。。
「モッタイナイ」に続いて
「ハカナイ」で・・・・・・・・
もっといい言葉あるかも(;´д`)

投稿: 通りすがり@ゴア | 2007/01/28 10:14:39

BRUTUS,haikensimasita. Sokode kininarukoto gaattanode commentosimasita.

P,50 de hiramatusan tono taidann ga arimasuga,,,sokode [Monoha tukuridasenai]toiu comment gaarimasu. Design wo mananndeiru studento tosite anobubunnga kininarimasita.

WAtasiha monoha(ready-made demoiinodesuga) tukuridaseruto omounodesu.Nazekato iuto Pigumarion toiuhyougenn niarawareteiruyouni gainenka(genngoka) saretasekainoue dakaradesu.
Dakara mono(ready-made) ha tukuridaseruno deha,,,.

Sousinaito [Mono wo tukuridasanai ] mugennno sekaikann ninarukaradesu(Ikkaisei no kanngaekata karamo kanngaeru kotogadekirunodaha naidesyouka).Koreha kankyoumondai no isiki nimo tunagaru youni omounodesu.

Watasito simasiteha koreha Zikan no mondaito kankei ga aruyouniomoimasu. [Zikann ha tukuridasenai],korega watasino kotaedesu.
Konokoto kara kanngaeruto Kottou no imimomata tanosiku narunodeha naidesyouka(sizennbutu tono zikantekina tigai toka).

Kuwaete,[Surikae] to iukotobaga arimasitaga nandaka anokotoba niha mada kommakai dankaiga aruyouni omoimasu.


投稿: モリモト | 2007/01/27 8:29:50

多くの人々が無機質な(人工)社会に住む一方で、農山村の過疎化が
急激に進んでいます。動物との共存を進める上で、この過疎化とそ
れに関わる農業の問題の解決は避けて通れないのではないように思
います。

旭山動物園のように、動物を身近に感じさせる動物園の盛況さが目
立っていますが、それは逆に今の人間が動物と隔離されたコミュニ
ティで生きていることの裏返しだと思います。

ただ、上記のように環境問題を社会問題としては身近に迫る意識が
なかなか芽生えません。

上杉鷹山が「自助」の実現のために、米作以外の殖産興業を積極的
に進めましたが、これは藩士達にも自宅の庭でこれらの作物を植え
育てることを命じる、徹底した政策でした。

今の環境意識を芽生えさせる上で、このような1人1人の実践の積
み重ねの徹底が必要なのかもしれません。たとえば、割り箸を使わ
ず、自分の持ち箸を使うなどでもいいのです。そんなわずかな心が
けと行動を徹底するところから始まるような気がします。

投稿: コロン | 2007/01/27 5:04:11

PTSDと聞いて、自分のことを考えました。
でも、不思議だなぁ~。
何故かというと、私は名も無き星で、茂木先生のバーチヤルな
生徒ですが、意識が茂木先生と繋がる時があるような気がします。

昨日、私もゴア副大統領ことを、小説講座の先生に作品を送る時にメールしましたので、今朝の日記を見てびっくりしました。その時、茂木先生に送って読んで貰おうかしら? と思ったのですが、いくらなんでもそれは迷惑だろうと思ってやめました。

実は、一年ちょっと前から趣味で小説を書いているのですが、それは、地球温暖化をもたらし、異常気象が近年続いている状況が何故起こってきたのかを、日本という国を自己批評的目線で私小説風に、意識の問題と絡めて書いたのです。

「仮想の楽園」と言う題名で、そもそも、私はこの小説を書いている時、昨年の3月「脳と仮想」を本屋で目にしたのです。それで茂木先生の大フアンになった訳です。だから、意識のことを素人ながら考えていたんですよ。

半年ほど、一身上の大事件が起こり、全く書けない時、茂木先生のクオリア日記にコメントさせて頂きました。12月頃から続きを書いて、短編ですが取りあえず完成、と言う時に、ゴアさんのことを知って・・。
私のは所詮素人で自慢できるものではありません。(^-^)
時々、茂木先生に失礼なことを書いてしまい済みませんでした。噴火したことあったかもしれないなぁ。
ネットって、ちょっと、いい気になれちゃうんですね。

明日都心から都心への引っ越しです。今度のマンションは光が来ていないところなので、2,3週間ネットが使えません。不便です。寂しいけから、ネットカフェで見ることにします。


投稿: tachimoto | 2007/01/27 2:26:17

こんばんは。
昼間のコメントで、事故にあったのはゴア氏の娘さんではなく、息子さんでした。
しつれいいたしました。

投稿: M | 2007/01/26 23:35:04

ビニールの有料化が一部で話題になりました。コンビニは反対している様です。温暖化・環境保護と叫ばれて久しいですが自分ではなく世間に既属している日本人は立識が低いのだと直に感じます。内向的・保守的・閉鎖的で安直なニヒリズムに流れるのが一番楽だろうと、無自覚ないわゆる当たり前や常識といわれる中で暮らし自分一人が何かをやったとしても無意味じゃないかという風潮です。
公は私からだと思います。僕も近場なら自転車だとかスーパーでも本屋でも袋は基本貰わないくらいの事でしかないんですが、個人の手の届く範囲といいますかやれることってこれくらいだろうと。
「今、自分が電車に乗って人間社会に揺られているこの時に北海道の森でヒグマが倒木を乗り越えようとしているかもしれない」
「私が仕事に忙殺されているこの瞬間にアラスカのではザトウクジラがブリーチングし海面を爆発させているかもしれない」
人間は全てを定義しようとするが鯨は風を感じたかったのかもしれない、ただなんとなく飛び上がったのかもしれない、人が決して理解できないなんのためでもなく在る自然。我々の時間と重なり流れるもう一つの悠久の時間。星野道夫さんが浮かんできました。

投稿: 関山 | 2007/01/26 20:55:10

真正面から見つめると、みる人によってはきわめて都合の悪い「真実」。
その「不都合な真実」は環境や脳科学の問題だけではなく、実に多岐にわたる。文学、思想、宗教、政治、えとせとら。

我々が住まう世界には、実に沢山の「不都合な真実」が転がっている。その「真実」を真正面から見極めることが「今、ここ」にある事象を切り離す事無く、周囲の諸々のつながりのネットワークを直視し、異なる者同士の共感を呼び起こし、崩れかけた世界の調和を取り戻すことに繋がるに違いない。

ところで…ココ数日の「日記」を読んで思ったこと…。


それは茂木さんが、いよいよおのれの「本懐」というか「本丸」にきり込もうとしていることだ。何故かそう感じられてならない…。

フラワーピッグの長年の、血の滲むが如き苦闘が報われることを、切に願っている。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/01/26 18:26:32

「脳の中の幽霊」をやっと読み終えました。
次は、エーデルマンの「脳は空より広いか」
にチャレンジします。

#日本語で読めて良かった

投稿: まさぶん | 2007/01/26 17:57:05

不都合な真実
以前の新聞の広告で、ゴア氏は娘さんの事故以来、
それまでの考えかたが変り、いまの活動に至ったとありました。
環境問題は人の生きのこりにかかわる根本的で切実な問題ですね。

意識の問題を解けたという理論もあるんですか。。
真実を無視して都合のよいところだけ拾ったり、
そのまま捉えず、都合よく捻じ曲げて解釈したり。。
身近でも目の当たりにすると、人はそういう傾向になりやすいものなのかとうたがってしまいます。

哲学的ゾンビ
自分が自分であることを、自分に証明している自分が
自分の中のどこかにいる・・
わたしという存在が、なんだかすごいというのを、さいきんなんとなくつかめるようになりました(笑)

>関係性に由来する豊饒への道筋が、
 私たちがまだ気付いていない姿で
 この地球上に隠されているような気がしてならない。

>「異種間の共感」に自分を投げ入れる時の
 不思議にやすらぎを覚えるその境地の中に、
 私たちは魅力的な鈴の音を聴き始める。

すてきなことばに、感動です。

 茂木先生、がんばってください!

これからもノイズをはじき飛ばし、
真実をつきつめて、わたしたちに見せてくださいませ。
 応援いたしております。
  

投稿: M | 2007/01/26 14:36:04

「色即是空」の意味を考えていたら、2000年前のお釈迦様も、意識の問題に気づいていた、と、推測しております。

最も、本人に聞いてみなければわかりませんが・・・・。

投稿: tain | 2007/01/26 13:30:49

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