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2007/01/10

歩くキノコ

ボクたちが子どもの頃は、
学年が違う子どうしでも野球や缶蹴りを
して遊んでいた。

 小学校の高学年の時、ずっとリーダー格
だったスポーツのできる近所のお兄さんが
公園でぼんやりと遠くを見ていた。

 「どうしたの?」
と聴くと、
 「けんちゃん、大人になると、考え事を
することがいろいろあるんだよ」
と言った。

 何だかまぶしかった。
 その時、お兄さんは中学生になっていた。

 脳の中にさまざまな要素が蓄えられるほど、
それらの間の結びつきで様々なことが
生まれてくるから、
 意識の流れに浮かぶうたかたのごとく、
いろんなことを思うようになる。

 だから、蓄積が増えるほど、
脳の自発性に任せていても、いろいろな
ことが起こって、退屈しなくなる。

 代々木から、明治神宮の森を抜けて
NHKへ向かった。

 「光の川」が現れる、ボクの大好きな
散策コース。

 意識の世界線の問題についていろいろ
考える。

 何かぽこりと浮かぶと、手に持った
ICレコーダーにこっそりと吹き込む。

 できるだけ目立たないように
さり気なく、足早に進みながらやるが、
それでも挙動不審に見えるかもしれない。

 もっとも、他人にどう見えるか
という点について言えば、もう諦めている。

 森を抜けるまでの間に、12個の
短い音声ファイルができた。

 代々木公園を通り過ぎている時、
そうか、オレは「歩くキノコ」だな、と思った。
 頭の中に蓄積されたさまざまなものを
解し、結びつけ、浮かび上がらせる
 歩くキノコ。

 ただ歩いているだけでも、
ぽこぽこといろいろな傘が
無意識の地面から飛び出てくる。
 それだけ種々雑多のものが潜む
土壌とはなった。

 岩波書店で大澤真幸さんと対談する。

 お目にかかるのは久しぶり。

 志向性の問題を議論していて、
 authentic intentionalityというモティーフを
喚起された。

 これも脳の蓄積の中から浮かび上がってきた
何ものかである。

 大澤さんと一緒に座っていると、
頭髪爆発コンビになってしまう。

 それで、対談中一瞬笑いの発作に
とらわれたが、何とかがまんした。

1月 10, 2007 at 06:54 午前 |

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コメント

「無意識の地面から飛び出てくる。
 それだけ種々雑多のものが潜む
土壌とはなった。」
とは、羨ましいです。私は、ただいま開墾中です。
昨夜、買ってきたCDの歌声が耳から入ってきて心臓にささった。
ドキドキが治まらない。
また聞く。また心臓にささり、ドキドキする。
とんでもない答えが浮かび上がってきた。
これは答えなのか?

しかし、どんどん茂木先生が「きのこ星人」に見えてしまってます。
プロフェショナルの司会されてるときに、先生が「きのこ」に見えそうで・・・。またこんなコメントですみません。

投稿: | 2007/01/10 21:06:35

光の川を行きながら、
アタマの中に蓄積された諸々を解し、結びつけ、浮かび上がらせる
“歩くキノコ”。

フラワーピッグこと茂木健一郎は、
光の川が反射する日の光を浴びながら、
何かを思いながら歩くキノコと化した。

挙動不審も何のその、頭に浮かんだ諸々をレコーダーに
吹きこむ。

無意識の地面からぽこぽこ生え出した
いろいろな思いの傘を。

茂木先生の場合はキノコのように
無意識の土壌からいろいろなものが
現われるそうだが、

自分の場合は、
無意識の土壌からあらわれるのは、
キノコのようにぽこぽこ、というよりも、
恰もバクテリアのように、
じわじわ、という感じで出現するようです。

これから生きて居るうちに、どれだけの物事を
アタマの中に蓄積できるだろうか。

そして、どれだけ、無意識の土壌を
これらのもので満たして豊かに
できるのだろうか。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/01/10 18:25:14

あやしい健一郎さん。。
ほんとにキノコが歩いてたら、たのしそうですねえ(笑)

投稿: | 2007/01/10 17:12:25

『歩くきのこ』ですか、おもしろい例えですね。
でもどちらかと言えば、茂木先生は樹陰や土壌で、き
のこは創造物のような気もしますが…(笑)

今回のブログ記事を拝読させていただいて、茂木先生
の知の源泉が何なのか、感覚的に分かったような気が
しました。(私が推察できるほど、簡単なものではな
いと思いますが…失礼ながら私見を続けます)

それは”対話”…先生は常に自分と”対話”し、また
他者とも”対話”しています。また過去とも…。

そんな”対話”の中で、常に思考力を高め、想起した物
をフィードバックする。その繰り返しの中で、思考をま
さに楽しむ道具のようにして、新たな相手、過去・歴史
から新たな知を吸収されようとしている…。

それを支える要素としては知的好奇心と鋭い洞察力、複
眼的思考などが必要ですよね…。

私は今、知が枯渇してきている(笑)ので、先生を見習って
頑張ります!!

投稿: コロン | 2007/01/10 15:33:17

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