伏流水
ここのところ、仕事をしながら
小津安二郎の映画を時々かけている。
本当はゆっくり見たいのだけれども、
そんな時間はないから、
「ゼロよりは少しはかかっていた
方が良い」という考えで
せりふを聴き、
ときどきちらちらと画面を見る。
昨日は『父ありき』と『お早よう』
を流した。
『父ありき』の、有名な、二人で
川に入って釣りをする場面。
『お早よう』で、最後に待望の
テレビを買ってもらって、
弟がうれしすぎてフラフープを
回すシーン。
そのようなとびっきりの箇所は、
手をとめて思わず見つめる。
小津は、本当に凄い人だと思う。
その度に新しい発見がある。
『お早よう』で、隣人たちがほんのささいな
誤解から険悪な状態になっていくプロセスは、
人の世に絶えない諍いの見事な徴表と
なっている。
「おなら」を一つのモティーフに、
市民生活の取るに足らない日常を描いている
ようでいて、
よく考えてみれば恐ろしい。
『考える人』の最新号は
小津安二郎特集で、
「もののあはれ」についての
小津の発言が載っている。
三枝成彰さんに誘われて、麻布十番の
そば屋で懇談した。
島田雅彦、團紀彦、竹山聖、奥田瑛二
の面々。
そば屋で酒を飲みながら・・・
というのは座持ちの良いもので、
話の大輪の花が咲いた。
今読んでいるBertrand Russellの
The problems of philosophyの中に、
Philosophy, if it cannot answer so many
questions as we could wish, has at least the
power of asking questions which increase the
interest of the world, and show the strangeness
and wonder lying just below the surface even in
the commonest things of daily life.
とある。
また、
Whoever wishes to become a philosopher must
learn not to be frightened by absurdities.
とある。
麻布十番の雑踏の中を歩きながら、
私はいろいろと奇妙なヴィジョンがちらついて
仕方がなかった。
あれはドイツの映画監督か誰かが
バイロイトで演出した『ローエングリーン』
だったか。
エルザが禁じられた問いを発し、
白鳥の騎士が去った後、
希望を失った世界に雪が
降ってくる。
人々も雪まみれになったまま動かず、
やがて全てが白に包み込まれてしまう。
その最後のシーンが、伏流水
のように強烈によみがえってきて、
私はそのなぜか至福のように感じられる
イメージの中に包まれていった。
1月 29, 2007 at 06:50 午前 | Permalink
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平成17年に
旧金谷町と島田市が合併するまでの10年間、
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私もその一員として審... [続きを読む]
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須磨智慧の道から「キムタツ先生」の本の紹介の第2弾として、ブログ「VIVA読書」さんからのホットな情報が届きましたのでお知らせします。 [続きを読む]
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» oxymoron/オクシモロン トラックバック 松野勉・相澤久美/life+shelter associates
INAXのセミナールームで行われた
佐々木睦朗さんの講演会に行ってきた。
(佐々木さんのことをご存じない方に簡単に説明しておくと、日本を代表する構造家で、仙台メディアテークなどの構造設計をした方です。)
「Morphogenesis of FLUX structure」などの空間構造生成について
近年の仕事を通して説明して下さった。
自由曲面は、もうどんな形態でも解析できてしまって、なんだか面白みがない。
かつて吉阪隆正も八王子セミナーハウスの松下館でつくっているし。
その当時... [続きを読む]
受信: 2007/01/31 13:03:36
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コメント
映画での1コマが自分の中で反芻され、それが鮮明なイメージ
として蘇ってくること、確かにありますね。
私は韓国版の『8月のクリスマス』が好きで、主演のハン・ソ
ッキュの優しさの満ちた、それでいてどこか陰のある切ない笑
顔が今でも蘇ります。
それぞれ想起された映像というのは、自分に何かしら人生の中
で指針になった、もしくは感化されたカットが多いのではない
かと思います。それを咀嚼することで、自分の人生の意味を見
出そうとしている、またその世界像に隠されたメッセージを探
し求めている…そんなことがあるのかもしれませんね。
投稿: コロン | 2007/01/30 5:29:14
小津映画は、自分も衛星TVの映画劇場などで見た事があるけれども、
大変に奥深い。
何でもない日常の、人々の心の機知や、感情や、
いろいろな思いが、
セピア色のクオリアを伴って、見るものに迫ってくる。
実際見ている画面は白黒なんだけれど。
小津のように、人心の細やかな機微まで映像化できる映像作家は、
なかなか現われない。
茂木さんの朝カル講演でも小津作品を見せていただいたが、
やはりその時にもセピアいろのクオリアを感じた。
ところで、東京は今年は、二月もなんだか暖かいらしい。
何時になったら、白一面の至福の
銀世界は訪れるのだろう。
投稿: 銀鏡反応 | 2007/01/29 18:54:34
フラフープの光景、目に浮かんでくるようです。ぜひ見てみたいです。
考える人も、読まなければ。
show the strangeness and wonder ~~
・・not to be frightened by absurdities
The problems of philosophy も、
小津さんの映画に通じるものがあるんですね。。
興味深いことばたち。
英語もうちょっとできるようになったら、がんばって読みたいと思います。
投稿: M | 2007/01/29 9:47:38