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2006/12/07

「自分のただ一つ」

大学院生のときから博士号をとって
しばらくの間、
 私は猛烈なスピードでノートをとり続けた。

 アイデアや、図、計算式をだーっと
書いて、その間は自動書記のように
ほとんど休むことが
なかった。

 1994年2月、脳科学に転じて
2年が経とうとしていた時に、
 電車に乗っていて「がたんごとん」
でクオリアに目覚めた日も、
 研究所からの帰りにノートを書いている
最中だった。

 自宅に帰り着くまでに、
10頁書いたように記憶する。

 ところが、この記念すべきノートが
ずっと行方不明で、
 その時に何を書いたのか、再現することが
できない。

 どうも、最後に、「世界よ、ありがとう」
といったようなことを書いたような気がする。

 ノート魔といえば、親友の「おしら様」哲学者、
塩谷賢もそうで、こまかい字でびっしりと
書いていたものである。
 今でもそうしているのかしら。こんど聞いてみよう。

 このところ、ノートを取らずに、いきなり
仕事をする、というスタイルになった。
 アイデアが脳の中で半ば無意識のうちに
醸成されて、
 机に向かった瞬間に一気に吹き出すという
感覚でいた。

 ところが、どうもノートの病気がぶりかえしたのは、
いよいよ本丸に行こうという気持ちがあるのと、
 少し世間から見えないムダなことを
やってみようという雅気のなせる
わざであろう。

 柳川透の論文を読み、
 ひたすらノートを書きまくりながら
東海道線を移動し、
 畏友、白洲信哉が心血を注いで実現した
青山二郎展をMIHOミュージアムに
見に行った。

 最初の2、3点を見ているうちに、
「あっ、書けた」と思った。
 和樂の原稿のことである。

 信哉が酔っぱらって道路に寝転がると、
それを背負ってホテルまで届ける
役回りの編集部の渡辺倫明氏によると、
文字数はまだ決まっていないのだという。

 しかし、書けたことは書けた。
 青山二郎展をMIHOミュージアムで
開催した意味もわかった。
あとは机にすわって流れ出るのを眺める
だけである。

 見に行かないと、信哉になぐられ
そうだったので、
 これで助かった。
 それと、
 深いインスピレーションを
得られて良かったと思う。
 

 昨日(2006年12月5日付)
の朝日新聞朝刊の丸谷才一氏の
「袖のボタン」は素晴らしかった。

 『坊つちゃん100年』と題して、
論ずるが、普通に読めば「これは差別の小説」
であり、
 「そんなえらい人が月給四十円で遙々こんな
田舎へくるもんか」
 「こんな所に住んで御城下などと威張っている
人間は可哀想」
 「田舎者はけちだから、たった二銭の出入でも
頗る苦になると見えて、大抵は下等に乗る」
などと
「何もこうまで言わなくてもいいだろう
とたしなめたくなるほどの言いたい放題である。
第三者であるわれわれは笑っていればいいが、
当事者である松山の人びとはずいぶん腹が
立つのじゃないか。」
と丸谷さん。

 ところが、
「松山に人びとは、大いに喜び、
誇り、坊っちゃん電車、坊っちゃんスタジアム
などと命名している。坊っちゃん文学賞
もあると聞いたし・・・一体どうしてこうまで寛大
なのか」

 丸谷さんの謎解き。

 「『三四郎』は現代日本文明批判という性格が
強い小説で、端的に現れているのが(広田先生の)
「亡びるね」という予言だが、ここで漱石が
熊本を借りて日本人の自己満足を批評している
ように、『坊つちゃん』では松山を拉し来たって
日本人の島国根性を非難している。識見の低さ、
夜郎自大、洗練を欠く趣味、時代おくれを咎めるの
に、日本の縮図として四国の一都市を用いた
のだ。そんな風に一国の代表として自分たちの町が
選ばれ、その結果、名作が成ったことを
松山の人びとが光栄に感じているとすれば、その
読解力は大いに評価しなければならない。」

 今の日本はそれでも随分良くなったけれども、
「世間」というものの作用には、ここで
言う「松山」に通じるものが
まだまだずいぶんたくさんある。

 青山二郎は、一万の焼きものを見ていいものは
一つだ、というような言い方をしているが、 
 同じことはあらゆるものに当てはまる。

 選り分けて、かきわけて、
「自分のただ一つ」を見いださねばなるまい。

12月 7, 2006 at 03:28 午後 |

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コメント

頑張れー

投稿: | 2006/12/09 16:11:29

毎日「クオリア日記」拝見しています。更新されていなかった理由が、わかり安心しました。

つい最近、ようよく「脳と仮想」を読み終えました。実に楽しく読ませていただきました。空港での少女の何気ない会話「ねえ、サンタさんていると思う?」のところで、ぐっと本の流れに入っていけた。

小林秀雄さんの講演を東大で、ガールフレンドと一緒に聞いた時、茂木さんのシャツが彼女の涙で・・・しっかり青春。

文学書といっても言いすぎでない、という意味の書評がアマゾンに載っていた、まさしくそのとおりでした。すばらしい著作を読む機会を得た事をしあわせに感じています。

投稿: morien | 2006/12/07 18:17:16

「世界よ、ありがとう」・・・この言葉で、茂木さんはそれまで自身にとって未知であった「クオリア」という世界に気づいたことで、自身のぐるりを取り囲む全ての“世界”に感謝を捧げたのだろう、・・・と、こういう推測でよろしいでしょうか?

たいていの人間は「クオリア」を通してものを感ずる。私たちがものをみたり聞いたり、さわったり味わったりするのも、「クオリア」のなせる技だ。この一年半近くの間、「クオリア日記」を閲覧したり、茂木さんの講演やイベントに行ったりしている間に、自分の中にはそういう思いが強まっていったように思う。
過日この「日記」で紹介された詩聖タゴールの詩を思い返してみよう・・・私の中の意識を通してエメラルドは緑となり、ルビーは赤となる。・・・クオリアこそが、人間が世界を認識する上でなくてなならないものなのだ。ただ、人それぞれに感じるクオリアに違いがあるということも忘れてはならない。
さて「自分のただ一つ」という表題についてだが、私自身も(だいぶ風通しなどがよくなったとはいえ)この島国根性につつまれた狭い世界の中で、如何にこの世界を開き、選り分けかき分け、私にとっての「ただ一つ」を見いだしていくか、いまこそ真剣に考えなければならない。

過日、朝日カルチャーセンターでの「脳とこころ」の講座修了後、茂木さんに自分で描いたイラスト数点をみていただいたが、茂木さんはぱっぱっとみるだけで「ああうまいですね」とおっしゃった。それが実は私には「うまいだけ、それだけですね。魂が入っていないですね」と言っているふうに聞こえた。(お許しを!)ひょっとしたら、俺の作品は本当に「魂」が入っていないのかもしれない・・・その日以来、そう思っている。

本当に魂のはいった作品を描かなくてはならない。そのためには、もっと見聞を、おのれを、磨かなくてはならない。のこされた時間は無いかもしれぬが、その時間の中で精一杯、やっていくしかない、とほぞを固めることにしている。

そうだ!自分にとっての「ただ一つ」とは、魂のこもった(仮令小品であっても)作品を描き上げることなのに違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/12/07 17:15:49

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