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2006/12/20

漱石が、まずは自画像から始めたのは

先日の芸大の忘年会で、
 蓮沼昌宏(一時期ハトばかり描いていたので
「ハト沼」、もしくは「ハッシー」)、
 杉原信幸(「すぎちゃん」)、
 粟田大輔(美術手帖 評論入選)
と喋っていたとき、
 自画像の話になった。

 ヨーロッパではある時期から自画像を
描く習慣ができたが、
 なぜ日本ではそのような動きが起こらなかった
のか。

 しばらく議論したあとで、
 ちょっと酒を飲んで、ぼんやり
している時に、
 そうか、一方で私小説はあるな
と思った。

 自画像と私小説の違いは何か?
 そして、なぜ日本では後者の方が
発達したか。
 自分たちのことをありのままに見つめることは
案外難しいものだ。

 漱石の「吾輩は猫である」は、私小説とは
少し違う。
 それは、明治を背負った知識人の
猫の目を通した自画像ではなかったか。
 
 自分の由来するところ、その起源をまっすぐに見るの
は案外難しいものだ。
 私小説は、ヘタをすると白日の下にさらす
よりは、やんわりと隠蔽することに寄与する。

 讀賣新聞。
 ヨミウリ・ウィークリーの二居隆司さんが、
「今年もお世話になりました」
と大好物のピエール・マルコリーニを下さった。

 お世話になったのは、こちらの方である。

 読書委員会。本を眺めていると、
米本昌平さんがいらした。

 これから、いろいろと
お話するのが楽しみである。

 以前米本さんとお目にかかった時、本当に面白かった。
 おじいさんが、役者を歓待するのが好きで、
最寄り駅から家まで、くる時にわかるように
道ばたに桜を植えていたという話をうかがった。

 本についての議論。
 発言してから座ったら、
 鵜飼哲夫さんが
「お話されるときは、茂木さんのようにわざわざ
お立ちになる必要はありませんので」
と言った。
 恥ずかしかった。

 話す時にはどうしても立ってしまうというのは、
ボクの中に何か起源問題がある。
 力動として、足がかってにすくっとなってしまう。

 こうやって日記を書きながら、
 さっそくマルコリーニを三粒食べた。
 その後柿を口にする。

 子どものとき、母親が、チョコレートと果物を
食べる時は、果物を先にしろと言って
いたのを思い出す。

 漱石が、まずは自画像から始めたのは
芸術家として正しい態度だったのだろう。

 東京芸大は卒業制作と同時に自画像を描き、
それは学校に残す。

12月 20, 2006 at 08:17 午前 |

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コメント

            愚図

   自画像も まぼろしのまま  往きたくない。

投稿: | 2006/12/21 6:51:17

なんだか、
一昨日の、私の子供の頃の告白文は、私小説に思われてしまったでしょうか? きっと、茂木先生は、ぬるい文だなぁ、と思われたことでしょう。そこが、文章の達人とアマチュアの違いですね。
私、自分の子供時代を振り返ることは、全くと言っていいほどありません。ついつい茂木先生の作戦に乗っかって、書いてしまっただけ。以前に、自己批評についての音声ファイルを聴いた時、自分の自己批評を書いてみましたよ。だから、あれは、自己批評じゃないです。

自分を美しい白雪姫とも思っていませんしね。あれは、継母に、殺されるのではないか、と恐怖心を持っていた象徴として書いたんです。
私は小学校5年生の時、「呪い殺してやる」と継母に言われたのです。
生意気な口をきいたからです。高校を卒業するまで、台所で母が包丁をもっていると、怖くて近づけなかったでのす。これは、私の中で妄想として恐怖になっていたのだと思いますが。

10から2にした美術の先生に対しては、先生に理由を聞きに行く勇気がありませんでした。完成していなかった絵を家に落ち帰り、書き直そうと思って4つ折りにしたのです。しかし家の用事で新しいものを書く時間がなく、その4つ折りを広げて完成させたのですが、その折り目が入ったのが許せなかったのかな? と思ったのですが、その後も2だったのです。

私は、先生に認めてもらおうと絵を描くことに集中しました。私は皆に認められていたんです。けれど、先生の評価は2でした。
年月を経て、タハとその理由に気が付きました。先生は私の才能に嫉妬したのだと。私は自分が好きなことに集中してしまう、今でいえばオタクだったんです。ちょっとだけ、茂木先生と似てます? でも脳の性能の具合がポルシェとポンコツ軽自動車ほど異なりますが。

絵を書く才能は皆に認められていましたが、成人してから仕事以外ではまったく絵を書く情熱は無くなってしましました。
今年になって、またオタクっぽさが出てきたのかな? 茂木先生のブログにコメントを書くなんてことが、やめられなくなってしまって。

こらからは、たまににしようかな?


投稿: | 2006/12/21 0:38:09

日本で「自画像」よりも「私小説」が発達したのは、
如何やら、日本人が自らの起源を直視して、ありのままに見つめ、
あるいは突き放して客観視するのが苦手、
という問題に起因するのだろう。


ウェブの世界で、日本人が匿名を使うのは、
「私小説」の発生起源と同じで、やんわりと自分を隠蔽したがるからなんじゃないか。

私だって、こんな「銀鏡反応」という、
素人には容易に由来のわかりにくい
(実は化学反応の一種)
ハンドルネームを使ってブログを書いたり、この「クオリア日記」にコメントしたりしているんだもの。

本日のエントリーで茂木さんのいうように、
自分の由来・起源を直視する、というのは本当に難しい。然しそれをやってのけた夏目漱石は、やはり凄い。

口で言うほど、また文章で現わせるほど、おのれの由来する所を見つめてゆくのは、
明治という時代を背負った漱石ほどの文学者でも至難の技であったろう。

それを「吾輩ハ猫デアル」において、猫の眼を借りた形式で己の「自画像」を描ききった彼は、芸術家としてもまた人間としても、偉大だったのだ。

ドンナに難しかろうとも、芸術家として正しい態度を貫くのならば、
まずは自分と向き合い、その由来・起源を見つめていくことから始めなくてはならない…。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/12/20 19:49:53

茂木さん、こんにちは。渡辺真也 in NYです。お久しぶりですが、お元気でしょうか?
実は最近、広島現代美術館のカタログテキスト用に、自画像に関する文章を書きました。レンブラントの自画像の発生が宗教改革とオランダ独立、さらにレコンキスタ以降のマラーノの流入と関係している、という文章です。また、自我の発生とコギトの問題についても述べています。お忙しいかとは思いますが、ご興味がありましたらメールにてお送りします。
私の方は1月にまた日本に一次帰国する予定です。お時間がありましたら、ぜひご飯でもご一緒できたらと思います。ではでは。

投稿: | 2006/12/20 15:19:30

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