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2006/12/13

ともし続けたいと考える

ボクの通ったのは、学芸大学付属高校といって、
東横線の学芸大学にあった。

 毎年、「辛夷祭」という学園祭でオペラを
上演するのが習わしで、
 ボクが一年の時には『マルタ』をやった。
二年がウェーバーの『魔弾の射手』で、
三年が『カヴァレリア・ルスティカーナ』だった。

 ボクは魔弾の射手の照明を担当した。
 まだ、オペラの演出というものが
どんなものかよくわかっていない中で、
 ずいぶんめちゃくちゃなこともやったが
最後は何とかかたちにした。

 最後に、アガーテがスコアよりも
高い音を出して、それで拍手喝采になったなあ。

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』
のゲストに指揮者の大野和士さんがいらした。

 道具のコーナーでスコアを見ているときに、
過ぎ去った昔を思いだして胸がきゅんとなった。

 音楽部の人たちが、スコアを広げ、
ひとつになって調べをつくりあげる。
 多くの人がかかわって一つの幻想
世界ができあがる。

 どこか白熱電灯のようなあたたかさを
持つあの共同作業が、しみじみなつかしくなった。

 夜、オペラ劇場に灯りが入ると、
そこは現実の社会とは異なる、ふしぎな空間。
 竜が空を飛び、
英雄が炎につつまれた美女を目覚めさせ、
 人が憎み合い、慈しみを分かち、
そして思わぬ伏線が大団円を迎える。

 大野さんは、ずっとあの世界の中に身を置き、
タクト一つで音を奏でている。
 大野さんの胸に、ずっと、あたたかな
白熱電灯があかあかとともっている。

 感動の強度を保っていたいと思う。
 尋常ではない、存在の根幹を揺るがされるような
そんな心の中の波動。
 オペラ劇場の中で時折訪れる、あの
奇跡のような時間は間違いなく一つの福音であり、
 古代ギリシャへとつながる精神の道である。

 「古代ギリシャには、専門という概念はなかった」
 ボクの好きな言葉。確かニーチェ。
 
 スタジオでは、住吉美紀さんが一般的な
質問をしてくださったので、
 ボクは思う存分飛ばすことができた。

 「住吉さんがいるから、ボクはオタクな
質問ができるんです。」
 「じゃあ、私がいなければ、ちゃんと
配慮して一般的な質問もできるということ
ですか?」
 「いや、それは、その・・・」

 打ち上げに、大野さんの友人の島田雅彦
が来た。

 ボクはやることが山積していて、
本当は一次会で帰らなければならなかったの
だが、
 島田が来てしまっては仕方がない。
 運の尽き。
 引きずられるようにしてカラオケに行った。

 マエストロを初めとして、皆うまい。
 ボクはそれを聴きながら仕事をしていた。

 「なんで茂木さんそんなに忙しいんですか」
と大野さんの回がディレクターとしての
「卒業作品」になるかもしれない河瀬大作
さんが言うと、
 私の隣りにいた島田雅彦が
 「貧乏暇なしなんだよ」
と言って、みんながガハハとわらった。

 島田め、相変わらず憎まれ口を叩きやがって!
とひとつこづく。

 「面白い。茂木さんと島田さんは、一体
どんな関係なのですか」
 「いや、まあ、そのね。」
 「大野さんと三人で、悪の三人衆ですね」
 
 ボクはててへと笑いながら、それでも手元は
仕事を続けた。

 そのうちバッテリーがなくなってきた。

 ちょうど一つ仕事が終わったタイミングだったので、
蓋を閉じ呆然としていると、
 有吉伸人チーフプロデューサーが
「茂木さん、やっと終わりましたか! 良かったですね。
何か歌ってください!」
と言うので、
 「じゃあ、短い歌をひとつ歌います!」
と言って、
 井上陽水のアルバム『氷の世界』の
最後にある「おやすみ」を歌った。

 あやとり糸はむかし 切れたままなのに
 おもいつづけていれば こころはやすまる
 もう、すべて終わったのに みんなみんな終わったのに
 
 いつわりごとの中で 君をたしかめて
 泣いたり笑ったりが 今日も続いている
 もうすべておわったから みんなみんな終わったから

 深く眠ってしまおう 誰も起こすまい
 あたたかそうな毛布で からだをつつもう
 もうすべておわったから みんなみんな終わったから

 正確ではないかもしれないが、上のような
歌詞をおぼえている。

 それで、リュックを背負ってひとりかえった。
 「おやすみ」一曲を歌って、さっと帰った。

 タクシーの中で、バッテリーが尽きた。
 こうなると時にもう抵抗できない。

 流れていく夜景を眺めながら、
ボクもあの暖かな光をともし続けたいと考える。

 アインシュタインは言った。
 人は、感動することを忘れたら、死んだも同然だ。

12月 13, 2006 at 08:03 午前 |

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コメント

こんばんは。

高校の学園祭でオペラをやるなんて素敵!
照明だったのですね。
茂木先生の歌がどんなか、聴いてみたいな~
とっても良い声だから。

「おやすみ」という歌、良い詩ですね・・。

茂木先生の暖かな光で、みんな癒されて、
氷の心が解けて、暖かな、ふあふあの羽根になっちやうみたいな
そんな気がしています。

投稿: tachimoto | 2006/12/14 1:07:31

こんばんは、いつもぴょんぴょんと躍動的な茂木さんの文章を拝読させてもらっています。確かにそんな温かさって大事だし、何よりそういうものを自分に常に持っていると、いつも自分をわくわくの状態にできるような気がします。

「白熱電灯のようなあたたかさ」

とてもいい表現ですね。“情熱”って単純にいうよりも、より感覚的に
それ自体の大切さが伝わってきました。これでまた、僕は感動を得られました。死なずに済みそうです。(笑)

指揮者の大野和士さんの放送、楽しみにしてます。
では。

投稿: U-G | 2006/12/13 23:13:34

      誰にでも 心の傷はある  

思った以上に 傷は深く 冷光となり  現象に驚く

   人は誰でも 傷を埋め合い  生きている

         当たり前のこと

            灯火 クオリアは映し出す

    

投稿: 一光 | 2006/12/13 21:59:50

人は、感動することを忘れたら、死んだも同然だ…。まさにアインシュタインの言葉の通りだ。感動を忘れた人間は生ける屍だと思う。

感動の強度を保っていくことは、情報過多のこの御時世、なかなかに難しいことかもしれないが、出来るだけ“いいもの”に触れようと、弛まざる努力を続けていけば、僕の心の中も白熱電球のように暖かい光が灯り続け、そのぶんだけ感動の強度を保っていけるだろう。

それにしても井上陽水の「おやすみ」の歌詞、けっこう沁みるものがあるなぁ。

もうすべて終わったから みんなみんなおわったから…。恋の終わり、世の終わり、そして人生の終わりをも連想させるこのリフレインが何ともいえない余韻を残す。フラワーピッグはこんな歌も好きなんだね。

悔しいことに、自分自身はオペラへ足を運ぶチャンスになかなか恵まれない。茂木さんがいうような福音はなかなか味わえない。

茂木さんと同じ(?)で“貧乏暇無し”だから…。せめてオペラの歌曲集や序曲集のCDでも買って、絢爛たる世界をイマジネイションするとしますか…。

我という存在の根幹を揺るがされるような、激越なる心の衝動を一生に一度は味わって見たいものだ、といつも思っている。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/12/13 18:50:25

「人は感動することを忘れたら・・・死んだも同然だ!」アインシュタインがおっしゃる通り・・・でも感動するためには能動的に動くことが必要なんですよね・・・。与えられることに慣れている私たちには・・・感動すること・・が難しくなってきているのかも知れません。

投稿: 飯嶋 倫 | 2006/12/13 9:37:25

住吉さん、瞬時に普通っぽく鋭い質問できてすごいなあ・・・と
朝カルの佐藤さんトークでしみじみ思ってました。

木村さんの放送回でも、りんごの味の感想のところで、二人のコメントの違いの面白さと、違いのよさを味わいました。

住吉さん、普通っぽく見える面白い質問楽しみにしています。

投稿: 平太 | 2006/12/13 9:08:35

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