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2006/11/06

振り返ってみれば奇跡の力によるとしか思えないような

投入堂に行った。

 ブルータスの鈴木芳雄さんから、
「倉吉」まで来てくださいと指示されて、
 それがどこなのかわからないまま、
京都から特急に乗った。

 なぜか、終点だった。

 駅で鈴木さんが待っていた。

 「茂木さん、革靴ですね。ちょっと裏を
見せてください。うっ、これはちょっと」

 「日本で一番危険な国宝」と言われる
投入堂。

 その足下に行くには、険しい山道を
登っていかなければならない。
 時折、転落して命を落とす方がいる。

 「二十日前に、一人亡くなったばかり
なんですよ」
と鈴木さん。

 近くのショッピング・モールに行き、
「三徳山に登るのですが」
と言って、いつもより真剣に靴底を見た。

 これなら大丈夫だろう、という靴を買うと、
防水スプレーをしてくれた。

 「良くお話しになりますよ」
と事前に鈴木さんに「警告」されていた
住職の米田良中さん。

 破顔一笑、豪快で勢いがある。

 精進料理を食べ、登り始めると
どんどん先に行く。

 木の根を伝い、鎖にしがみつき、
ぐんぐん登る。

 カメラを撮る都合上、先に行かせて
ください、
 と頼まれても、
 米田さんはついつい先に行ってしまう。

 米田さんの身体の勢いと、
山の気配に、
 次第に、投入堂もそうだが、修験道のことが
気になり始めた。

 文殊堂の狭い回廊に立って下を見ると、
そのままふわっと行ってしまいそうで怖い。
 猿は、こんな風景をいつも見ているのだろう。

 ここで落ちた、という岩の背を通る。
 「左側は通らないでください」という
板が置かれているが、その向こうの断崖を
思うと思わず身がすくんで、
右側をそろりそろりと這った。

 このような時、想像力というのは
案外邪魔なものである。
 老若男女、小さな子どもも歩いて、
注意をすれば無事行って帰れるんだから、
大丈夫なはずだ。

 「ちょっとしたことで」と想像して
しまうとうまく猿になれない。
 しかし、私は山道が好きなので、
楽しみながら登った。

 子どもの頃を思い出す。
 最近は山に登る暇もないが、
 確か小学校3年の時に英彦山に登頂した
はずだ。
 山猿としての基礎的な勘のようなものはある。
 ただし、この所使っていない。

 胎内潜り、のような暗い洞を抜けると、
そこに投入堂はあった。

 「法力によって投げ入れた」
という印象は、なるほど相応しい。
 岩のくぼみに、一体どうやって
というような形で建築されている。
 しかも、美しい。
 非対称の魅力。

 厳島神社の様式に先んじているという。
 投げ入れられたお堂が、海の上にのびのびと
広がっていったか。
 力動的なこと甚だしい。

 米田住職が、登ってくる人に次々と
解説を始める。
 疲れることを知らない。エネルギッシュな
人である。


 投入堂の前で説明する米田良中住職

 今運動を進めているという
世界遺産登録も、投入堂の美しさと、
山岳信仰の蓄積を考えれば大いにあり得る
ことだろう。

 山道を下りながら、修験には心を惹かれる、
と思った。
 大峯山にも行ってみたい。

 「室内でマシーンをやるような、
あんなのよりこっちの方がよっぽどいいですね」
と鈴木さんに行った。

 途中で、小学生1、2年と思われる
数人と一緒になって降りた。
木の根につかまってキャーキャー叫んでいる。
 その女小猿たちが、米田住職が
「何か書いてください」と持ってきた
タイミングでちょうどやってきた。
 
 まいった、「行くまで書かないよ」と言ったら、
一番小さな子が舌足らずにしかし頑固に
「いやだ。絶対に見る! 書くまで行かない!」
と言い張った。

 見ると言ったら絶対に見るのだろう。

 仕方がないので絵と短文を書いた。
 十の小さな瞳が見つめる。

 「あれ、木かなあ」
 「ねえ、あの文字なんて読むの?」

 やりにくいこと甚だしい。


 小学生に見つめられて書きました。

 米田住職が、泡般若を振る舞って
下さった。
 「三徳山開山1300年を記念して造りました。
これが本当の寺ビール(じびーる)です。」

 謝して別れる。
 握った手が、力強く、大きかった。

 山岳で鍛えた信仰と体力は侮れない。
 織田信長が、比叡山を恐れたのも
むべなるかな。

 たまには山に入り、体力と胆力を
鍛えたい。

 そこに信仰のかたちがあるならば、
法力も付くのであろう。
 まさか投げ入れたのではないにせよ、
あの建物を造ること自体が、
 尋常の業ではない。
 その精神を育んだお山。

 生涯に誇るべき業績とは、
確かに日常の中で生まれているものの、
 振り返ってみれば
奇跡の力によるとしか思えないような、
 そのようなことを指すのだろう。

 だとすれば、投入堂は全ての創造者に
とっての鏡になるはずだ。

11月 6, 2006 at 07:12 午前 |

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» 私の中の記憶?記憶の中の私? トラックバック Little Tree
おかしなタイトルになってしまいましたけれど、 いま気になっていることを表すとすると、どうも、そんな風な言葉になるようです。 [続きを読む]

受信: 2006/11/06 7:38:38

» 修験道フリー・ウェイ−10 トラックバック アヴァンギャルド精神世界
◎修験三十三通記−9 (深秘分第一、宝冠論) 宝冠とは、山伏がちょこんと頭に載っける頭襟のこと。 質問:山伏(修験者)の先達は既に修行が進んでおり、大日如来の次の位である金剛薩多のレベルにまで修行が達していようから、大日如来の五智の宝冠のシンボルである宝冠を頭に載せることは変ではない。 ところが山伏になったばかりで、峯入り修行もしていないような初心者でも宝冠を付けるのは、何かもっともな理由があるのでしょうか。 �... [続きを読む]

受信: 2006/11/08 6:02:43

コメント

あれっ?このご住職大竹さん?違うか・・・似てる・・。

尋常ではない、奇跡の力を出したのが人間であるなら、
それが私達より先にうまれた人たちの、示し、残してくれた道しるべなら、こんなに誇らしいことはない。

その道しるべをたどってみたら、勇気が湧いてきそうだ。

投稿: 平太 | 2006/11/06 19:20:44

写真をば拝見すると、投入堂は険しい断崖にしがみついているようにして建っている。もっとも、フラワーピッグはもともと子供の頃は“山ザル”だったので、今回の岩山を登ったとき、その時の勘が蘇ったことだろう。

それにしても米田さん。あとでビールを奨めるとは。しかも“寺(地)ビール”なんて駄洒落つき。修行僧にしては随分粋なことをする人だなァと思った。

日常の営みで生まれる、振り返れば「奇跡の力によるとしか思えない」、後の世に称えられるような業績。

茂木さんもそのうち、そのような業績を日常のうちに残すのに違いない。
ががが、がんばれ、フラワーピッグ!!…ただし無理しすぎはダメよ。

…でも、山林を登る、ということは死ととなり合わせでもある。くれぐれもお命を落とさぬよう、登る時には用心してください。

人生もまた険しい山を登るか、流れの激しい河を渡るようなもの、しかし、登りきった者、わたりきった者には、真実の栄光という素晴らしい光景が待っているはずだ。それはホリエモンらが味わってきたような「栄耀栄華」とは全く別のものだ。

数々の苦難を乗り越えたあとに掴む、命の底から味わう真の幸福と充足感。

フラワーピッグにも、本当にそういう瞬間が訪れて欲しいと念願する(だから茂木先生にはなるべく長生きしていただきたいのだ)。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/11/06 18:58:50

昨日会った女小猿たちの父です。お騒がせしてすみません・・(^^)
この小猿たち京都発終着駅の『倉吉』に住んでおります。地元なのに初登山。そこでこんな有名な人に会えるとは・・・!尤も子どもたちは『ニンテンドーDSの…』で判ったみたいなんですけど。   いい思い出になりました。険しい山も、素晴しい投入堂も、面白い住職も、そして、茂木さんに出会えたことも・・・。いつかまた三徳山に来られることがあれば、こころ、ほたる、りな、ゆずという4匹の小猿がいたことを思い出してもらえ・・・ればなぁ。

投稿: たつおか | 2006/11/06 16:35:08

茂木さん
 投入堂に参られましたか、そうなんです危険な山岳信仰の寺ですよネ(余りにも厳しく一般観光客受けしない)正しく孤塁の山寺です(地元では親しみを込め、みとくさんと呼びます)。
でもその美しさと気高さと奇跡に「写真家の土門拳は写真集で山岳寺院建築では日本一」と賛美してます。
確かに、アノ山寺の回廊を回る時一瞬身体が浮遊しそうな感情に襲われた経験が有ります。
又、地元の小学生等は見知らぬ人達にも非常に馴れ馴れし(こんにちはの挨拶を連発し)恐れを知りませんネ、此れも良しとしお許し下さい。
合掌!!

投稿: 久米仙人 | 2006/11/06 13:33:17

              山岳信仰

          自然の中に 神は 宿る

 北部九州 英彦山と共に 求菩提山 修験道 未だ かなわず

              憧れの 山

投稿: 一光 | 2006/11/06 8:35:39

以前テレビでちらっと目にして、あれはなんだ? 行ってみたいなあ、と思い、そのまま忘れていました。

鳥取なんですね。。
投入堂というんですね。

なんで下からしか写していなかったのか、今わかりました…

これは、癒しにならないこわさですよね。
誰かに投げ入れてもらいたい気分です。
でも、いちどは登ってみたい気もします。。

参考までに、行きと帰りは、どっちが怖いんでしょうか。。

ご無事でよかったです。

投稿: M | 2006/11/06 7:51:56

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