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2006/11/05

四門出遊

京都大学の湯川・朝永シンポジウムは、
記憶に残るすばらしさ。

 フィールズ賞の森重文さんご自身に、
難解な森理論の概略を説明いただく。

 深谷賢治さんの
 「くりこみ理論、もう一度読んで見たんですけど
ねえ、数学者の目から見ると、あれは数学ではない。
キタナイんですよ」
との爆弾宣言から
 盛り上がった、
 数学と物理学の違いについての議論。

 なぜ、先行波の解は捨てられ、
遅延波だけが「物理的」だと
されるのか?
 
 超関数(distribution)の理論で
整備されるまでのディラックのデルタ関数の
存在論的意義とは何か?

 京都大学における「自由」の問題。
 「自由」ゆえの要求水準の高さ。

 湯川秀樹さんのそばに10年間いたという
米沢富美子さんによる、心のこもった言葉
 「先生は、「物理学はひとつ」とおっしゃって
いました」
 「先生は、学問は「混沌」の時期が一番
面白い、といわれました」

 聴衆からの発言も大変レベルが高く、
心に残る議論となった。

 最後に、米沢さんが、湯川さん、朝永さんの
平和運動への取り組みに触れられ、
 平和のありがたさ、それを守る大切さについて、
ご自身の空襲体験を交えて話された。

 湯川・朝永生誕100年
シンポジウムに相応しい締めくくりとなった。

 自分の人生のことを考えた。
 ボクは、「古典的な科学」の世界から
四門出遊したような気がしている。

 最初は、バブル経済の中で生き方に
悩んで法学部に行った。

 次に、クオリアの問題に目覚め、それが
全てを数量化する通常の科学の方法では
扱い得ないことを知った。

 それから、芸術とか、文学とか、
他の活動分野と比較しての科学の立ち位置、
原理的な位置づけについての思索が始まった。

 釈迦は東の門から出て「老い」に出会い、
南の門から出て「病気」と遭遇し、
 西の門から出て「死」に向き合った。

 釈迦は、北の門から出た時に、修行者たちと行き違って
自分の道を見つけるが、
 私にとっての北の門は果たして開いているのか。

 京都は、どこに行っても人がいっぱい。
 しかし、今年は暖かくて紅葉はまだまだで、
 23日のあたりがピークでしょう、
と運転手さんが言った。

11月 5, 2006 at 05:56 午前 |

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コメント

 お供したき北の門。
  しかし、千差万別ある北の門が、
   学問の喜びかなと思い至る。
自立を目指せ!

投稿: cosmosこと岡島義治 | 2006/11/06 20:31:26

「古典的な科学」の世界から四門出遊

というのは実に印象的なお言葉ですね。
私も京都生まれで、朝永博士と同じ小学校で
なのですが、京都の雰囲気がそのような発想を
お与えになるのでしょうか。


投稿: マーヒー | 2006/11/06 0:15:01

米沢富美子さんの「二人で紡いだ物語」を読んだ事がります。
壮絶な人生だと思いますがご本人は何事も無かったかのように
毎日の営みを続けておられるという印象を受けました。
弱音を吐いたときご主人に、できないのはあなたの頑張りが足りないんじゃないかと言われてはっと気づいた、まだ頑張れる…と言うようなことを書かれていました。
これまで、人の何十倍も働いてきていらっしゃるのにまだ足りないと…
そしてそうなんだと思えることが私には驚きでした。
愚痴を言いたくなったらよく、そのことを思い出します。

お元気にしていらっしゃるのですね。よかったです。

投稿: sakagutinoriko | 2006/11/05 20:41:06

だいじょうぶですよ、茂木さん。
きっと、茂木さんらしい結論に行き着きます。

私は、市井の中に飛び出さずに、心脳問題がわかった!
と言われても、きっと信用しないと思います。

たくさんの人たちと出会って、たくさん議論をなされた間から
導き出された“説”だからこそ、
私はきっと自分の問題として受け入れられるんだと思います。
応援してますよ!茂木さん。

投稿: ひみつのあこ | 2006/11/05 17:06:48

私は会場で意識・無意識について発言した学生です.
いざマイクを渡されると緊張してしまって,後から
振り返ると何を質問したかったのか,うまく伝え切れて
いなかったような気が大いにするのですが,シンポ
全体を通して,とても刺激的な時間・空間でした.

著名な研究者の自伝・評伝を読んでみますと,やはり
緊張と弛緩,意識と無意識の関係についてはとても
興味を引きつけられるところです.
寝床の脇にメモ用紙を必ず置き,毎日の散歩を日課と
されていた福井謙一先生.
長期間・高密度の思考の後にふっと問題解決の
アイデアが浮かぶというパターンで偉業を成し遂げ
若き日の朝永先生も刺激を受けたという岡潔先生.
湯川先生以外にも具体的な例はたくさんありますね.

また,岡先生の『春宵十話』が最近復刊され,あらためて
読んでいるのですが,この先生は情緒や美意識というものを
大変重視されていたようです.
意識・無意識と創造的成果の関連性と共に,研究者の
美意識や感性についても興味は尽きないところです.

著名な先生方が勢揃いというシンポジウムでしたが
意外にも(!?)たくさん笑ってしまいました.
『京大の功績は何もしなかったこと』という総長の
自虐的なコメントに始まり,深谷先生のトーク,
そしてそれをコーディネーターのお立場から
率直に暴走と称された茂木先生のコメント.

私も聴衆の1人として,大変心に残るイベントでした.
プロフェッショナルに御出演中の茂木先生と
目が合って質問できたことは大きな収穫です.
参加できて良かったです.
本当にありがとうございました.

投稿: hiro2356 | 2006/11/05 13:36:46

フラワーピッグこと茂木先生も、出家当時の釈迦のような立場だったのか…。四門出遊…。釈迦もまた、生老病死の四苦と向き合う人生の道程において、おのれの道を見出し、涅槃の直前において、法華経という仏教最高の教えを説くに至る。

茂木先生は、最初、生きかたに悩んで法学部へ行き、それからクオリアの問題とであって、「全てを数量化する通常の科学の方法では扱い得ない」と知り、芸術や文学の分野に飛びこみ、そこと比較しての「科学の立ち位置、原理的な位置付けへの思索」が始まった。

…そういう思索を繰り返すうちに、フラワーピッグもやがて、自身の行くべき道を見つけるのだろう。茂木先生にとっての「北の門」は必ず開いているはずだ。

湯川・朝永両氏が平和の為にどれだけ多大の貢献をされたか、今のヒルズ族や政治屋たちは、わかっているのだろうか?

それはさておき、今年の京都はあったかい日が続いているようですね。人もいっぱいで…お疲れ様でした。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/11/05 11:05:37

少し先行く 五十代

三十代   四方の門は すべて開いたと 思えた

 四十代   門の先に 何かを求めた

  五十代   成り行きの先を 信じられるようになれた

      これからも 楽しく歳を重ねたい

         基本 凡人  暢気ですみません

投稿: 一光 | 2006/11/05 9:14:37

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