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2006/11/04

MAXは売りに来ない

三連休の最初ということからか、
 新幹線が全指定席満席で、
デッキに座って仕事をしていた。

 最初はおしりは着けていなかったけれども、
隣りの女性を見ると、床に座ってメールを打って
いたので、
 私もあぐらを組んで、パワーポイント
をつくった。
 お陰で、「透明ランナー」の絵が描けた。

 仙台に着くまで、
時々立ち上がって車外の風景を見た。

 美しい。稲の穂が光に揺れ
黄金色に輝いている。
 河川敷を虫網を持って歩く兄弟が見えた。
 トンボやバッタと遊んでいるのだろう。

 席があれば座るが、別に立っていたって
床に座っていたってなんてことない。

 昔、小倉の親戚と一緒に鹿児島の霧島に登りに
行った時は、夜行列車に乗って、
 座席の下に新聞紙を敷いて、その上で眠った。
 ヒーターがぬくぬくと暖かく、心地よく幸せだった。

 今ならばビールを飲むところだろうけれども、
子どもの時の眠りはビールなしでも甘美で
そして魔力的だった。

 鹿児島に着き、
 高千穂峰山頂登山の前日、石がごろごろしている
原っぱでキャンプした。

 時々眼が覚めると、背中にゴツゴツと当たっている
のがわかって、それがむしろ気持ちよかった。
 大地の上に横たわっている、そんな実感が
あった。

 贅沢って何なんだろう、とこの頃つくづく
思う。

 セレブがどうのこうのとか、
贅を尽くしたナントカとか、
 ばからしいなあというのが実感。

 野山の中で、たき火をして、
芋を焼く。
 枝にマシュマロを刺してジュッと溶かして
熱々を食べる。
 あれほど贅沢なことはない。

 しかし、都会ではたき火そのものが
もはやできないのだ。

 アリゾナのツーソンの近郊の
サボテンがにょきにょきしているところで
ビールを飲んでいると、
 もう他には何もいらない。
 人工的なしつらいなど、必要ない。

 あれが本当のラグジュアリーだなあと思う。

 新幹線の席がいっぱいだったので、
デッキの床に座って、
 だから
 そんなことを考えたのだろう。

 自然の中で岩の上に座ることが幸せなんだったら、
別に席など要らない。床の上にペタンでいい。
 都会だったら、おにぎりでも買って
公園のベンチで食べればいいんだよ。

 仙台で降り、
近くの会場まで歩いた。

 チャイルド・ライフ・スペシャリストとは、
病院で子どもが安寧のもとに医療を受けられるように
様々な配慮をする人たちのことなり。

 その研究会で喋る。

 お腹が空いてカツ丼を食べたので、
ぎりぎりになった。
 目黒実さんが、隣りの人に「茂木さん、カツ丼を
食べてたんだって」と言っているのが聞こえた。

 「遊び」の分科会を覗く。
 病院の中に、その中では絶対に医療行為を
しない空間をつくるべきである。
 なぜならば、そうしないと子どもは
安心して遊べないからである。
 なるほど、と思う。

 帰りの新幹線の中、今度は座る。
 このところの疲れが溜まっていて、
あっという間に睡魔に襲われる。

 缶コーヒーが飲みたいと思ったが、
そうか、MAXは売りに来ないのである。

 我慢してただ睡魔に包まれて
そのまま上野、東京と。

 夢は野原をかけめぐる。

 自由に森の中を歩いていた少年時代は遠く。

 新幹線の中からかいま見た、
 河川敷を虫網を持って歩いていた
兄弟が、しみじみとうらやましい。

11月 4, 2006 at 05:32 午前 |

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コメント

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」、
いつも楽しく拝見しております。

鋭い視点と適切な質問に素晴らしいなぁと
拝見していてとても心地よいです。

番組を拝見して茂木さんにも興味が湧き、
著作を拝見しました。

タイトルと本文の絶妙なバランスにコメント残したくなりました。

最近TRUCKと言う家具屋さんの本の最後の寄稿文に
同じような事が書かれていて、
物質的な贅沢で満たされる訳ではなく
いかに「充実」した日々を送れるかではないか
そう書かれていました。

人によって捉え方が異なるその「充実」こそ、
私が求めていた言葉だったのではっとさせられました。

沢山の方にお逢いになって
様々な場所へ赴き
日常とは違う速さで動くモノに身を寄せる

ご多忙の事と思います。
どうぞ素敵なクオリアを沢山お感じになって下さい。

そしてその鱗片でもお裾分けして下さると嬉しいです。
茂木さんが仰っていた
「いいモノは人に伝えたくなるのは脳の視点から言うととても自然な事」
この言葉を胸に。

投稿: aya | 2006/11/08 11:37:53

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」、
いつも楽しく拝見しております。

鋭い視点と適切な質問に素晴らしいなぁと
拝見していてとても心地よいです。

番組を拝見して茂木さんにも興味が湧き、
著作を拝見しました。

タイトルと本文の絶妙なバランスにコメント残したくなりました。

最近TRUCKと言う家具屋さんの本の最後の寄稿文に
同じような事が書かれていて、
物質的な贅沢で満たされる訳ではなく
いかに「充実」した日々を送れるかではないか
そう書かれていました。

人によって捉え方が異なるその「充実」こそ、
私が求めていた言葉だったのではっとさせられました。

沢山の方にお逢いになって
様々な場所へ赴き
日常とは違う速さで動くモノに身を寄せる

ご多忙の事と思います。
どうぞ素敵なクオリアを沢山お感じになって下さい。

そしてその鱗片でもお裾分けして下さると嬉しいです。
茂木さんが仰っていた
「いいモノは人に伝えたくなるのは脳の視点から言うととても自然な事」
この言葉を胸に。

投稿: aya | 2006/11/08 11:35:45

どこでも場所を見つけて仕事をされるということは以前にも書いていらしたと思いますが、
茂木先生は 新幹線の床にも座られるのですか!
日記を読んで とても楽しい気持ちになって笑ってしまいました。

先生は芸能人ではないけれど  私の好きだった”芸能人”の人は、
新幹線の床になど たぶん 絶対に座りません。
席を譲ってくれる人はいなかったのですか?
見かけた人がいても まさか茂木先生だとは思わなかったのではないですか?
連結の近くは揺れが大きいので 作業が大変だったのでは?
人によっては というより 多くの人は デッキの床に座るなんてみじめだと思うはずなのに、
先生はそうは思われないのですね。


投稿: yuli | 2006/11/06 2:45:18

少年になればいいのに。
そのとき、私は少女です。

投稿: くりおね | 2006/11/05 7:43:44

本当に、贅沢っていうのは何なのでしょうか?…昨今流行りのセレブ系おしゃれがどうとか、贅を尽くしたダイニングでの料理が美味いのとか…。これらは、箆棒な額のカネをのべつにかけて、ただ食欲と所有欲とを際限無く満たそうとしているだけの行為に見えまする。

茂木さんもこのエントリーでいわれているように、こんな、ギラリギラリな成金趣味のラグジュアリーなんて、本当のラグジュアリーじゃないような気がする。

むしろ、カネで買えない、海、山、砂漠のサボテン、小川、田圃や里山の生き物立ちの息吹きに触れたり、原っぱで焚き火をしたり、などといった、天然の世界にじかに触れることが、人工物に囲まれている我々にとっては、このうえないまことの贅沢のひとつなのだろう。

宝石、ブランドもの、クルマ、かたちある物は死んでしまっては持って行かれない。持って行けるのは、自分がこれまで生きた生の軌跡だけ。

その生の軌跡を生きる中で、私達はどれだけ天然のめぐみに触れ合えるだろうか。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/11/04 13:24:08

あれっ?

MAXは2階建てだからワゴンでは売りに来ませんが、
アテンダントさんが両腕に透明な袋を下げて売りに来る
っていう方式で販売してたような気が・・・・・。

少なくとも2、3年前の上越新幹線ではそうでした。
方式が変わったのかな???
いや、自信はないです・・・・スミマセン(汗)


今日は京大で
ユカワさん、トモナガさんのシンポジウムなのですね。

素粒子物理がお話の中心になるんだと思いますが、
その中で茂木さんが
どんなトークを展開していくのか興味津々です。

投稿: zitterbewegung | 2006/11/04 11:24:04

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