« (本日)プロフェッショナル 番外編 | トップページ | 脳の中の人生 10刷 »

2006/11/19

 雪囲いも終わって

遠くにありて思うもの。

 大町から作家の丸山健二さんが
講演とサイン会のためにいらした。

 文藝春秋の山田憲和さんに、
あずさでいらっしゃいます、と聞いて
新宿駅のホームでお待ちした。

 山田さんの御愛息、大氣くんが
好奇心にかられて目をきょろきょろ
動かすので、ボクの魂もふらりと動く。

 黒い鞄をひとつ提げて、ふらりと
現れた。
 「あれっ、なんでいるの?」
と丸山さん。
 実に、二年ぶりくらいである。

 「今度、庭に来てよ」
 「はい、今はどんな様子ですか」
 「雪囲いも終わってね。これがたいへん」

 丸山さんの庭の風情は、いつも心のどこかに
しまい込まれている。
 たとえ、それとして明示的に思い出さない時でも、
私の脳の回路の中には、過ごした時間の記憶が
くっくりと刻み込まれている。
 それが、記憶というものが私たちの
存在を下支えするときの形式であり、
 だから、過去はないがしろにできない。

 丸山さんをサザンテラスまでお見送りして、
渋谷に向かう。
 しっかりと握った手は、大地からにょきっと
出た新芽の感触がした。

 『科学大好き土よう塾』の収録。
深海の不思議な動物たちのことをさまざまに。

 ディレクターの近藤浩正さんの考えは、
普通の生物概念からすると「ヘン」な生きものを
見ることによって、
 好奇心を喚起するとともに、
生態系の多様性の恵み、その豊かさに目を開かせよう
というもの。

 深い海のことなど、ふだんは考えることが
ないけれども、
 サケガシラや、ホウライエソ、チョウチンアンコウ、
フクロウナギなどの不思議な生きものたちの
姿を見ると虚を突かれる思いがするのは、
 文字通り海と無意識がつながっている
からであろう。

 痕跡は、それを意識しない時でも実は私たちの
存在を下支えしている。
 三木成夫がかつて考えた「生命記憶」の
思考の周辺に、一人称で生きるときに
私たちを支えてくれるさまざまな心の脈動
のひな型がある。

 放送は2006年12月9日の予定。

 朝日カルチャーセンター
『プロフェッショナル 番外編』
 
 出色の出来であった。

 佐藤可士和さん、住吉美紀さんと
3人で「コラボ」でサインした本30冊は
あっという間に売り切れた。


 佐藤可士和、住吉美紀、茂木健一郎のサイン本

 創造するということを、
私たちはついつい「未来に向かってなにかを
開いていく」というイメージでとらえ勝ちだが、
 実は「昔にさかのぼり、隠されていた過去を
よみがえらせる」というメタファーの
方が適する場合も多い。

 フロイトによる「無意識」の発見はまさに
そうだし、
 ダーウィンの進化論もまた同じではないか。
 だからこそ、真実というものはそれが目の前に
置かれた時に何やらなつかしい風情をしている。

 山本隆之さん、小池耕自さんが
NHK組を代表して打ち上げに来てくださった。

 普段会っている人でも、文脈を変えて
語らうとまた違った味がする。

 その時に立ち上がった感触が、「新発見」
というよりも、「ああ、やっぱりそうだったか」
という懐かしい気がするのは、
 「思い出す」
ということの持つ不思議な現象学的
次元だろう。

 遠くにあるものが気になる。
それを想起することで未来を手元に引き寄せられる
気がする。

 登龍門の鯉は、過去にさかのぼることで
龍になる。
 水の流れが由来する「起源」へと
さかのぼって行こうとする。

 丸山さんの大町の庭の上の空気は、
凛と張り詰めていることだろう。

11月 19, 2006 at 10:25 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です:  雪囲いも終わって:

» メタファーとは トラックバック 須磨寺ものがたり
雨交じりのスタートとなった日曜日、少し気温がさがってきたかな?いつも訪問している「茂木健一郎・クオリア日記」の今日付けのブログに、よく茂木さん(脳科学者)が使う言葉の一つに「メタファー」が使われていた。... [続きを読む]

受信: 2006/11/19 13:39:10

コメント

未来を手許に引き寄せる為に遠くにあるものを想起することの難しさ。それを引き受けないと明日への飛躍はない。

「過去から未来に向かって飴のように延びた時間という蒼ざめた思想」(小林秀雄)の中で過去を思い返すことで、未来の為の糧が出来る筈だ。

歴史認識の問題でわやわや騒いでいる連中は、過去を思うことの重大さ、重要さがはたして何処までわかっているのだろうか。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/11/19 15:43:09

明日から印度へと向かわれるとの事、道中の無事故、そして無事のご帰還をお祈り致します。

「登竜門」の鯉は実は水源=過去へ遡って、竜と変わるわけか。

過去は忽せに出来るものではなく、振りかえることで、自己の再確認ができ、また新しい発見が出来るものなのだ…。だから歴史は揺るがせにはできない。

未来に向かって何かを切り開いていくことは、勿論大切だ。そうでないと、人生が前進せず、停滞してしまう。だけれども、それだけに関わっていては、なにか大切なものを見落とす恐れがある。

昔に遡って、隠されていた過去のさまざまを蘇らせることも、価値ある人生を生きる為には、トテモ大切なことだ。

きょうびの印度は、ITを中心に都市部では発展が目覚しい。が、1歩都市から地方に転じれば、そこには悠久の時の流れにたゆたう昔ながらの印度の姿がある。

茂木先生は明日から、印度の最先端の脳科学ワークショップへと赴かれるわけなのだが、釈尊が教えを説いたかの地の、奥の深い文化に触れられて、先生もますます、哲学者のような風貌になって帰られるのか知らん。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/11/19 12:57:27

・・龍だし、感動すると舌がでる、だし。
最初に選んで、最後まで悩んだサイン本であります。
わたしが連れて帰ったのは、パオウ、の象さんです。

薔薇のお庭。丸山さんとサイン会は、なんとなくすぐには結びつきませんでした。
きょうの日記も、金の言葉集ですね。


投稿: M | 2006/11/19 11:41:23

コメントを書く