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2006/10/21

木漏れ日だけは

誕生日の朝、近くの森でジョギングを
していたら、
3月31日の日記
 で書いた場所とは
別のところに、またフェンスが出来ている。

 私は、さっそく中野区の公園課に電話した。
 「私たちも驚いたのです。いつの間にか
フェンスがつくられていたのです。あそこは、
財務省の住宅の敷地ということで、
 突然フェンスがつくられたのです」
との答え。

 嫌な予感はしていた。
 斜面に大木が生えるその気持ちの良い
土地の川べりに、
 しばらく前から青いビニルシートが
幾つか点在していた。

 そのうち、何かをするんだろうと
思っていたが、
 まさか、そのビニルシートぎりぎりに
フェンスをつくるというような
姑息なことをやるとは思わなかった。

 中野区の公園課に聞いた財務省の
電話番号にかけた。
 「国有財産の保全」のために、
フェンスをつくったのだという。

 「ご存じのように、ホームレスの方も
いらっしゃいますからね」と担当者。

 フェンスをつくると、どうして
「国有財産が保全」されるのか、
理屈がわからない。
 ただ、気持ちのよい斜面があるだけなのに。

 「ホームレスの方々に退去して
いただくためには、もう少しソフトな
やり方もあったのではないか」
とだけ申し上げて、電話を切った。

 この件については、いろいろ書きたいが、
今は気力がない。

 かつて、新宿駅西口の地下街に
意味のない突起物をつくったセンスと
同じである。

 なぜ、そのような行為を私が
イヤだと感じるのか、
 おそらく言ってもわからないだろう。

 話が通じない相手に何を言っても
無駄である。

 東京大学の情報学環に西垣通さんを
訪ねる。

 とても書ききれないほど、
いろいろなインスピレーションを
いただいた。
 
 西垣さんが、日本では孤立しているように
感じることがあるとおっしゃったので、
私は養老孟司さんの話をした。

 「養老さんの最近の一連の著作は、
自分がその中では住みにくかった日本
という社会の本質がどこにあるのか、
 その由来を一生懸命解き明かそうとして
いたんだと思うんです。
 バカの壁とか、世間とか、
脳化社会とか。
 そう思うと、なんだか切なく思えて
くるんです。」
 
 西垣さんに誘われて、学士会館分館で
昼食。
 本当に楽しい時間であった。

 「あっ、ぼく一時から会議があるから
行かなくては」
 「すみませんでした。もう5分過ぎていますよ」
 「いいんです」

 西垣さんをお見送りし、
しばらく、NTT出版の佐々木元也さんと
お話する。

 ぼんやりと本郷三丁目まで歩いた。
 途中に、「かねやす」がある。

 竹内薫と、徳間書店から
出ていた「トンデモ科学の世界」
の新装版用の対談。

 奇しくも、文庫化してくださる
大和書房の松浦早苗さんがゲラを
取りにいらっしゃる。

 文庫のデザインができあがっていた。

 単行本と文庫本。
 新旧の本が並んだ。


本家「トンデモ科学の世界」と文庫本

 「最近は、科学がトンデモだというより、
政治がトンデモなんじゃないか」

 私の気分がほろ苦だったのか、それとも
薫に触発されたのか。
 
 竹内は、そのうちニューヨークにでも
暮らし出すんじゃないかと思う。

 六本木ヒルズ。審査員を務めさせて
いただいた、
三菱化学ジュニア・デザイナー・アワード
の表彰式。

http://www.m-kagaku.co.jp/mcjda/award/awd01_index.html  

 受賞者たちの顔は、未来への希望に輝いていた。

 夜の六本木を、森の静寂をとっくの昔に
忘れてしまったような表情の人たちが歩く。

 それでも、希望という木漏れ日だけは残る。 

 世界が、それほど美しい場所ではない
と思える日もある。

 そんな時、ふとカナダの湖のほとりに引っ込んだ
グレン・グールドの生涯を思う。

 一年に一回、誕生日くらいは、
soul searchingをしてしんみりとするのが
相応しいのだろう。

10月 21, 2006 at 09:08 午前 |

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» 晩秋の風に吹かれて。 トラックバック 銀鏡反応 パンドラの函
@江古田で、行政関係者が川縁に一度張ったフェンスからそう遠くない(幅が1mくらいしかない)ところに、またフェンスが張ってあったそうな。 @一度張ったフェンスのすぐ近くに同じようなフェンス・・・理由は「国有財産の保全」だという。ホームレスを追い出すために張ったのだろうが、もっと違うやり方はなかったのかね。 @この話は、きょう(10/21)の「クオリア日記」に書かれていた話だ。国有財産保全のために、なんでわざわざ川縁の近くなんぞにフェンスを張る必要があるのか。作者の茂木博士ではないが、私も理解に苦しむ。... [続きを読む]

受信: 2006/10/21 20:48:26

コメント

 線を引くのが好きな人がいるものです。
 知的障がいのある長男を普通に育てたいと思っても、保育園で、小学校で、中学校で、線を引かれ続けてきたことを思い出しました。
 なぜ線を引かれるのか?線引きされる命なんてあるのか。
 問い続けてきたけれど、その答えはいつも「お子さんの成長のため」というとても丁寧なお言葉でした。「お子さん」自身が望んだことより、誰かの“思いやり”が最優先される。主権者とは誰のこと?主体は?同じ日本語を話しているはずなのに、通じない不思議さ、もどかしさ。
 「引かれた線を消すのって大変なんだよね」と、在日朝鮮人の友人に話したら、「ホントにそう!」「私たちって線引きされた人たちなんだねぇ」「諦めずに消し消ししてやる」なんて言っていたのは数日前。
 
 「差別ではなく区別です」なんて大真面目に言う人もいたりして。

 フェンスの向こう、ホームレスの人たちからは何が見えるのだろう。
 線を引く。その位置は、今は自分の遥か向こうかもしれない。けれど、線を引いて、引いて、引いているうちに、自分の足下にその線がきてたりして・・・。身動きできなくなったそのときに、線を引いた人たちはそのことに気付くのでしょうか。

投稿: まゆさん | 2006/10/21 21:49:14

ひょとしたらさっき書いたコメントが送信されていないのでは、という危惧を抱いたので、もう一度送信する。

行政というのは本当にトンデモというか「バカの壁」の構成員としか言いようがない。
「国有財産の保全」の為なら、何もわざわざ川縁のフェンスぎりぎりに新しいそれを作らなくてもいいんじゃないのかなぁ?これは江古田界隈だけの問題でなく、少なくとも都の行政の姿勢の問題であるとみた。

科学もトンデモ化し、政治や文化までもトンデモ化しつつある今日の日本。もしかしたら
養老先生の一連の執筆活動は、この日本社会の本質を抉り出し、その醜さを批評する行為なのかもしれない。
バカの壁、脳化社会...いつからこの国はこんなにおかしな方向にいってしまったのか知らん。

ただ、無限の希望だけが、木漏れ日のように、私たちの頭の上に慈光として降り注いでくれている気がする。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/10/21 12:59:04

なにも、フェンスをはらなくても…
国有地だからこそ、模範になるような空間作りが必要なのでは???

癒される場所、減る一方で、益々ストレスフルな社会になっちゃう。
お役人のやる事は、理解不能。常識の認識が違う人に
何を言っても通じません。ホント、疲れるだけです。

財務省まで電話かけた茂木さんのような人が、もっと
沢山ふえるといいのですけど。公務員の意識を変えるのも
国民一人ひとりの声。何も言わないでいたら、それまで。

以前(10年ほど前)、遺伝子組み換え食品のことで、
厚生省まで電話をしたことがあります…やはり、ただただ
苦々しい思いをし、疲れただけでした。

投稿: フ~シャン | 2006/10/21 12:35:38

「国有財産保護の為」にフェンスを、ねぇ...。行政というのは如何してこう、意味不明のことを何だかんだと理由をつけて、やってしまうのかな。本当に国有財産の保護の為だったらなにもわざわざ、せこいフェンスなんか設けなくたって、そのまんまにすりゃええやないけ。
まったくもってこれだから行政という「バカの壁」の構成員は困るんだよ。

「バカの壁」、世間、脳化社会...。このとんでもなくおかしな島国の本質とは?ということを探るために養老先生が一連の本を書かれたことというのは、その本質を我ら万人の前で抉り出し、その醜さについて批評する行為だったのかもしれない。

科学もトンデモ、社会も、政治も、この国ではみんなトンデモ化してしまっている、たいていのものは。
ただ、未来への無限の希望だけが、木漏れ日のように恵みある慈光を我々の頭上に投げかけてくれる。これだけはトンデモ化しようと思っても、出来るものではない。養老先生の一連の執筆行為は、醜いこの島国社会の本質を批評した上で、我らにそんな希望の在処を指し示そうとする行為でもあるような気がいましている。

希望だけが、トンデモで満ちあふれてしまったこの世の中で、ただひとつ、消えざる救いの灯火のように思えるきょうこのごろ。

とにかく、行政という名のバカの壁の構成員のせいで、いらぬ不便と不公平とを押し付けられたかたちの我ら庶民。いっそのこと、役人が得して庶民が損をするいまの公務員制度というものは、この際思い切って廃止したほうがいいと思うなぁ。そうお思いになりませんか、茂木先生?

投稿: 銀鏡反応 | 2006/10/21 12:31:44

おっちゃんたちの中に、自分の肉親の姿を見つけても、皆そういうやり方をするのだろうか。

街にでてきた、つきのわぐまやいのししの「駆除」と同じ思想のようで、吐き気がする。

一部の側面からみた勝手な要求ややり方ばかりとおるのだろう。
反対側からみた、希望や要求はみてもらえないのか。
除菌思考きわまれりか。お前達がばい菌だよ。って誰にいえばいいんだ

投稿: 平太 | 2006/10/21 12:12:18

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