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2006/10/13

テーマにしていること自体が「とげ」

 中学校の時、全校で遠足に行き、河川敷を
歩いたことがあった。
 あの頃、なぜかみんなエンジ色のジャージを
着ていて、
 河川敷をゆったりと拡散しながらそぞろ
歩きすると、
 すすきが揺れ、トンボが飛び、
誰かがひっつき虫を見つけて投げつけた。

 気になる女の子がどこを歩いているか、
なんとなく意識していたり。
 仲間たちと腹をかかえて笑ったり・
 黙って青空を見上げたり。
 とにかく胸がざわざわと揺すられる時間だった。

 あの頃、ああいうことはこれからの人生でも
何回でもあるんだ、と思っていたが、
 実際にはそんなことは二度となかった。

 ひっつき虫を思い出したのは、
『プロフェッショナル
仕事の流儀』の収録にゲストでいらした
 「たまごっち」の開発者、横井昭裕さんの
お話がきっかけである。

 横井さんが、社長をされている企画会社
「ウィズ」の社員たちと居酒屋で会話をしていて、
「ひっつき虫楽しかったね」という話になり、
それをヒントに玩具の開発を思い着く。

 その様子をとらえた
ビデオをスタジオで見ていて、私たちはひょっとして
子どもの頃の楽しかった幻影を一生追い続けているのか
もしれないな、と思った。

 思春期に入ろうとする頃、
 背伸びして大人の世界を見上げると、
そこはキマジメな仕事、約束、責任の世界の
ように思え、なんだか息苦しく、
 鉛色の飴が引き延ばされたような場所に思え、
 鼻がつんとしたのを覚えている。

 核が爆発し、猟奇事件が起こり、不正や格差があるいやな世の中だが、
 そんな中、子どもの頃のようなピュアな遊び
だけが私たちの精神の平静を保っていて
くれるのかもしれない。

 実際、研究は遊びだし、文章を書くことも遊び
だし、すべて、人生の不確実性に向き合うことは
そうだ。

 聖なり遊び! わがよろこびよ。

 「プロフェッショナル」の石原正康さん
の回を見た住吉美紀さん(すみきち)からメールが
届いた。

 凄いですよ、茂木さん!
 「文学は毒である」という会話の部分が
使われていましたよ!
 
 毎回、4時間近くスタジオで話している
のだが、放送されるのはそのごく一部の
15分余り。

 どうしても、とんがったところとか、深く入った
ところは編集の過程で落ちてしまう可能性が
高く、私や住吉さんは常々切なく感じていたのである。

 「文学は毒である」という部分は、石原
さんの発言もかなり突っ込んでいて、
 また、文学という表現の分野にかかわるものの
矜恃のようなものが現れていて、
 放送されて本当に良かったと思えるのである。
 見逃してしまった方、是非再放送で!

 「たまごっち」を世界中で4000万台という
大ヒットに育てた横井さんは、ヒットには
「とげ」が必要だという。
 万人にとって抵抗感なく受け入れられる丸いものでは
流されていってしまうというのである。
 
 「たまごっち」の場合には、一度始めると
「一時停止ボタン」もなく、世話をし続けるしかない
という設定が「とげ」だった。
 もし、世話をさぼっていると病気になったり、
性格が悪くなったり、死んでしまったりする。

 果たして「プロフェッショナル」という
番組は企画としてはどうなのか?
 収録の最後に、「さりげなく聞いてください」
と副調整室から指示があった。

 私は、もうカメラが回っていないような
風に、「さりげなく」聞いた。

 横井さんの答えにしびれた。

 まず、「プロフェッショナルというのは、
絶対的な技量、経験、ノウハウをもっていて、
素人が千人束になってかかっていったとしても、
全く歯が立たない。それくらいの絶対的な
差がある人を言うんです」と言ったあと、

 「プロフェッショナルという番組は、
そういう「プロフェッショナル」ということを
テーマにしていること自体が「とげ」なんじゃ
ないですか」

と断言したのである。

 なるほど、と思った。

 最近は、プロとアマの境界が曖昧になって
きていて、
 アマっぽいプロが受けたりする。

 そんな時代に、普通の人から見たらはるかに
遠く見える、プロたちの凄まじい努力と挫折と
苦悩と栄光の物語を放送すること自体が、
 一つの「とげ」なのだろう。

 今の自分からは遠いところにある。
だからこそ、そこに近づきたいと憧れる。
 努力しようと思う。
 そんな心の動きは、きっと平成日本の
地上波テレビの風景の中では「とげ」だ。

 有吉伸人チーフプロデューサー(ありきち)が、
感心したように歩みよってきた。

 「いやあ、実は、プロフェッショナルの
企画は、最初からそのようなことを目指して
構想していたんですよ。ははは。」

 有吉さんの髪の毛が、気のせいかいつもより
もさわやかな青年風に見えた。

 「プロフェッショナル」のチーム全員にとっての
「ひっつき虫」が見つかった。

10月 13, 2006 at 08:59 午前 |

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コメント

「文学は毒である」
その話をされていた
茂木さんの目が
キタ!というように
鋭く光るのを
見逃しませんでした☆

投稿: BambiN | 2006/10/14 16:25:46

この世は猟奇的な事件が起こり、核実験が北朝鮮で行われ、不正や格差、希望より絶望が幅を効かせ過ぎる、実に重苦しく息苦しい時代に入っているが、その息苦しさを救うのが、少年時代のピュアな遊びだ…ということは人生、遊びがなければ、鬼まみれで地獄の如きこの世間に勝てず、苦しみの中に吸い込まれていくに違いないということか。

そうさ、全ては遊びさ。仕事も遊びなのさ…。

そんな世の中は「とげ」があるものが最後には残る。「たまごっち」も、『プロフェッショナル』も「とげ」があるから支持される。『プロフェッショナル』はプロの凄まじい苦悩や努力と栄光をテーマにしている。そのテーマ自体が「とげ」になっているとは言い得て妙だ。

そういや、言われるようにプロとアマとの境界線があいまいになってきている。

何だか、プロだかアマだかどっちつかずのようなものが、受けているようである。実際TVを見ていると、アマチュアに少々毛が生えた程度でプロになっている芸人や役者をよく見かける。

真のプロとは、素人にはとうてい真似出来ないほどの絶対的技量を持つものなのだ。「たまごっち」の開発者とて、人にまねが出来ないほどのアイデアと技量をもっていたと推測する。


そんなプロが減りつつある昨今、『プロフェッショナル』は真のプロとは何ぞや、ということを見る人に伝える役目を果している。そんな番組でキャスターをしている茂木先生やすみきちさん、番組製作スタッフの皆様、本当にご苦労さまです…。

ところで、「ひっつき虫」とは一体何でしょう??
もしかして、本当の虫ではなく、イラクサの類いなのか知らん?

投稿: 銀鏡反応 | 2006/10/14 0:19:48

> 最近は、プロとアマの境界が曖昧になって
>きていて、
> アマっぽいプロが受けたりする。

> そんな時代に、普通の人から見たらはるかに
>遠く見える、プロたちの凄まじい努力と挫折と
>苦悩と栄光の物語を放送すること自体が、
> 一つの「とげ」なのだろう。

ある種の『勘違い』を払拭すること、にもなるのかな。
ちょっとした『運』だけで、大した努力もなしに
誰でも有名になれる、Topに昇れると勘違いしがちだし、
メディアにも祭り上げられがちな昨今だから。

石原正康さんの回、石原さんはもちろんですが、
大好きな詠美さんをいっぱい映してもらえて最高でした!(笑)

ここって、、、
メールアドレス無しじゃぁ書き込めないのですね。。
不特定多数にアクセスされるのは嫌だけど、しょうがない。
書き込んじゃえ〜〜!!hahaha!(^。^)##

投稿: yuki@mixi | 2006/10/13 12:09:53

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