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2006/10/22

人々がにじり寄るように

最近は時間がなくてなかなか書けないんだけど、
英語のブログ
は本当は毎日、記したい。

 普段当たり前だと思っている日本での生活を
英語で書こうとすると、いろいろ苦労する。
 日本語圏では自然にわかることを、
いちいち注記付きで記していかなければ
ならないのだ。

 その抵抗感が、つまりは自分たちのことを
外から見る「メタ認知」であり、
 無意識の意識化である。

 カナダから、15歳の時にホームステイで
お世話になったVernaが来て、
 八日市の招福楼にお連れした。

 もともと、『和樂』の関係で
来る予定だったのが、ちょうどVernaが
日本に来るというので、誘ったのである。

 東京駅で待ち合わせをして、新幹線に乗った。

 「最後に日本に来たのは、いつだっけ?」
 「1993年だったと思う」
 「ランディーとトレバーはどうしていますか?」
 「元気よ。ランディーは最近も南アフリカに
行ってきた。忙しく働いている。ケン、あなたは、
以前、ランディーとトレバーでは、ランディーの
方が繊細で、トレバーがタフのように一見
思えるけど、実際は逆だ、と言ったの覚えている?」
 「そんなこと言ったかなあ。」
 「あなたが言ったことは本当だとつくづく思う。
でも、いつそんなことを言ったのかしら?」
 「さあ、いつだったかなあ。」
 「1978年の時のはずがないわね。15歳で、
そんなに洞察力があるはずないもの。」
 「その後、大学生になってから再び
ヴァンクバーを訪れた時だったかなあ。」

 今回の『和樂』の旅はいつものように
橋本麻里さんがコーディネートして
下さっている。

 米原で近江鉄道に乗り換え。
 小さな駅舎からゆったりと列車行。

 Vernaは、車内の制服を着た中学生たちに
興味をもって、盛んに写真を撮る。

 それで思い出した。ホームステイした
数年後、Vernaたちが日本にやってきた時、
盛んに小学生や幼稚園児がカワイイと言って
写真を撮っていたことを。

 「特に、あの、小鳥みたいな黄色い帽子を
かぶって歩いている子どもたちは、本当に
カワイイ」

 尼子で降りて、西明寺へ。
 住職一代に、一回だけ公開が許されるという、
秘仏「薬師瑠璃光如来」を拝観する。

 この前に公開されたのは、52年前だと言う。

 人々がにじり寄るようにその姿を
見上げている。

 私も、順番を待って、膝で歩み寄るように
身体を曲げて拝した。
 細部はよくつかめないが、その神々しい
お姿がかいま見える。

 突然、「ああ、そうか」と気付きの瞬間が
訪れた。
 秘仏の何年に一度の公開、というのは
時々話に聞くが、実際に体験するのは
初めてである。

 その意味のようなものが、自分の中で
納得がいった。

 「橋本さん、今回の和樂、もう書けましたよ。」
 「待ってください。本来の目的の招福楼は
まだですから。」

 脳の機能の本質とは何か。
 私にとっては、今まで気付かなかったことに
目を開かされるというのが何よりの
よろこびで大事だから、
 そのような語り口になる。

 思うに、人は、自分の体験の中で
何が大事かを整理して、
 その世界観の下に、「脳はこのような機能を
持っている」という「語り」をするのでは
ないか。

 脳語りが、自分を映し出す鏡なのである。

 招福楼には、以前「おしら様哲学者」
塩谷賢と訪れた。

 それ以来の再訪。前に来た時は昼で、
庭の白砂が目に鮮やかだったのを覚えている。

 85歳になるという招福楼の
 ご主人が茶室で薄茶を振る舞って
くださった。
 
 橋本さんの友人、武者小路千家の若宗匠、
千宗屋さんがご紹介下さったのである。

 ご主人は、もう60年間も
京都の武者小路千家にお稽古に通われている
という。

 和ろうそくに照らし出された
茶室の中で、至上の時。
 かつてそのような夢を見たような気がする。

 やがて
 食事の間へ。
 Vernaが正座をしにくいというので、
椅子を持ってきてくださった。

 床の間を背に、まるで女王かエンプレスの
ように見える、とVernaをからかった。


床の間を背に、EmpressのようなVerna

 いちいち英語で説明していく中で、
伝わるよろこびと、ぽろぽろと指の間から
砂がこぼれ落ちていくような悲しみと。

 日本語圏の中でしか成立しない意味の
数々があふれて流れ消え、そのかわりに、
全く別のなにかが立ち上がる。

 この世界で生きていく上で最も
大切なことのひとつは、お互いに容易に
理解し合えない、しかしそれぞれが
固有の豊饒を抱いた世界の間で引き裂かれる
ことを体験することではないか。

 そのようにして、初めて世界の中に
並列する不可視で多様なものたちの豊かさに
感謝する気持ち、簡単には見ることのできない
他者を思いやる心が生じる。

 一つの世界の中での安住よりは、
引き裂かれてありたい。

 そのようにして、初めて魂の運動が始まり、
気付きの時も訪れる。

10月 22, 2006 at 06:02 午前 |

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先日もそうだったのだが、ときおり初対面の方と話す機会がある。 そして、話している... [続きを読む]

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先日、授業参観「ちいちゃんのかげおくり」についてお話した後で 私の中でなんとなく消化不良のような、中途半端な感じが残っていて そのつづきを、書きかけたままになっておりました。 なにやら「道の途中で…思うこと」という気持ちで どこからか掘りおこしてきて、もう少しお話を続けてみようと思います。 とはいえ、また「ちいちゃんのかげおくり」のお話そのものについてではありませんし 教育についてとい�... [続きを読む]

受信: 2006/10/24 0:36:45

コメント

茂木先生、いつも拝見させていただいております。
毎回とても楽しみです。

>いちいち英語で説明していく中で、
>伝わるよろこびと、ぽろぽろと指の間から
>砂がこぼれ落ちていくような悲しみと。

なんと的確な表現なのだろうと、胸の奥を貫かれたような思いです。
生まれ育った環境も文化も教育も宗教も、全く異なる夫と出会ってからいつも感じていた「最後の隙間」は、まったくこの表現の通りです。
日々「完全な相互理解はない」と諦めの思いを持ちつつも、「それでも伝えたいんだ!」というアツイ気持ちを抱えながら夫や彼の国と向き合って生きていけることは、本当に幸福です。

日本のメディアでよく使われる「世界中の・・・」という言葉を私はあまりよく思っていません。「世界中で話題になった」や「世界中に知られている」など。本当の世界には、ビートルズもマドンナもブラピも知らない人々はたくさん存在するはずなのに。
自分に与えられた情報や価値観だけを「常識」だと思うのは、1つの環境で生きていくうえでは仕方のないことですが、それをいつの間にか世界を「平面」のように捉えてしまうのは怖いことなんじゃないかと思っています。
だからこそ、先生の仰る「引き裂かれる」という経験が、本当に大事なのでしょうね。

投稿: | 2006/11/18 1:21:31

>突然、「ああ、そうか」と気付きの瞬間が訪れた。
>その意味のようなものが、自分の中で納得がいった。
私にもそういった瞬間が何度かありました。
本で読んだり、写真で見ていたことを実際に目にした時にもそういうことがよくあります。
幸せな瞬間ですね。


投稿: m-tamago | 2006/10/23 12:39:53

茂木さん、ありがとうございます。語彙が少なくてうまく表現できませんが、こんな素敵な文章を読むことが出来て、心にしみてくる感覚を実感できて、、、ありがとうございます。

投稿: | 2006/10/23 7:25:23

「この世界で生きていく上で最も大切なことの一つは、お互いに容易に理解し合えない、しかしそれぞれが固有の豊穣を抱いた世界の間で引き裂かれることを体験することではないか。…そのようにして、初めて世界の中に並列する不可視で多様なものたちの豊かさに感謝する気持ち、簡単には見ることのできない他者を思いやる心が生じる」。

違う文化圏同士でも、人の間でも、自分がいる世界と違う世界に出会う時、互いを容易に理解出来ず、「固有の豊穣を抱いた世界の間」で「引き裂かれることを体験」しなければ、豊穣多様なものすべてへの感謝と他者への思いやりは生まれてこないと言うわけだ…“カルチャーショック”と言うのは、脳にとっても人生全般にとっても、非常に大事なことなのだなぁ。

思うに、単調な「一つの世界で安住する」ということは、他の生きていく上で最も大事なものものに気付く間もなく人生を終えてしまう危険性があるわけで、だから生きて居るうちに、様々な世界に飛びこみ、引き裂かれて、結果、いろいろな豊かなものに気づいて、他者への思慮と見えざる多様さへの感謝の心を生んでおくことが大切なのだろう。

自分の住んでいる言語圏ではあたりまえの事物も、違う言語圏の言葉で言い表そうとするといろいろと注釈がいる。それが無意識の意識化「メタ認知」なら、通訳の人はそれを瞬間的にこなしているのかもしれない。

「メタ認知」する能力の高い人が、違う言語圏の事物を我々の言語圏に言い換えて、正確に伝えることができるのだ。


茂木先生は日本国内や世界を言ったり来たりされている。そこで幾度と無く違う文化や違う言葉、習慣、思想、哲学にふれ、幾度と無く引き裂かれて、
見えざる多様さへの感謝と他者を慮る心を手に入れられている。

そう言う人が、実はこのモノカルチャーであることをよしとしがちな、せせこましき島国の、もともと持っていた多様さと豊穣を蘇らせることができるのかもしれない。…自分達もかくあらねば、と思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/10/22 12:53:41

お互いに容易に
理解し合えない、しかしそれぞれが
固有の豊饒を抱いた世界の間で引き裂かれる

素敵なフレーズですね。

投稿: | 2006/10/22 11:22:03

強く強く抱きしめられた時のような高揚感を覚えました。
今朝の日記。

ずいぶんと朝晩冷えてきました。ご自愛ください。

投稿: | 2006/10/22 8:57:36

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