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2006/10/01

トンカラリン

 うったまがった。

 熊本県の旧菊水町(合併して和水(なごみ)町)
の謎の隧道遺跡、「トンカラリン」に行った。
 
 誰が何のためにいつ作ったのか、わからない。
松本清張が「卑弥呼の鬼道」という説を
唱えてから、有名になった。

 由来がはっきりしないので、文化財の指定が
難しいという。

 幾つかの部分からなっていて、全長450メートル。

 案内してくださったのは、和水町教育委員会の
益永浩仁さん。

 「なぜトンカラリン、と言うのですか?」
 「地元では、穴が開いていて、そこに
石を投げ込むとトンカラリン、という音が
するというので、そう呼ばれていたようです。」
 「なるほど」
 「それと、コウモリがそこから出てくるというので、
コウモリ採りの穴、とも言われていたようです。」

 コウモリ採りの穴の下は、実は天井石
によって覆われた深さ7メートルの「地隙」になっており、
その裂け目を歩いた。

 益永さんが先導して懐中電灯で照らしてくださるが、
それがなければ真っ暗である。

 珍しいというキクガシラコウモリがいた。

 行き着いたところに階段があり、
その先は、人が四つんばいになってやっと
通れるような狭い真っ暗なトンネルが続いていた。

 「この先行けるのですね」
 「行けます。地上まで20メートルくらいです」
正直言って、恐怖はあった。
 「行くしかないでしょう」

 そろそろと前に進んだ。
 時々、腰がつかえそうになった。
 ゆるやかな勾配で上がっており、
しかし地上はなかなか見えない。
 トンネルが途中で曲がっているので、
終点が見えないつくりになっているのだ。

 5、6歳まで、時々見ていた夢がある。
 真っ暗なトンネルがゆるやかに曲がっていて、
そこを私はいつまでも落ちていくのだ。

 今となって後知恵で考えてみれば、
産道を通ってこの世に出てきた時の
記憶、ということにでもなるのだろうが、
当時はとにかく恐ろしかった。

 そして、産道の記憶、という特定の解釈に
着地をするまえのその表象の方が、
私の存在を意義深い形で脅かして
いたように思うのである。

 トンカラリンは、出生を再体験することに
よる生の再生、というイニシエーションの意味が
あった、という解釈もある。

 地元の子どもは入ってきて
あのトンネルを経験するのだろう。
 大丈夫だとわかっていても、恐ろしい。
 しかし、生まれるとは恐ろしいことだったに
違いない。

 随分長く感じられた時間が過ぎて、
地上が見えてきた。


「トンカラリン」のトンネルの出口が見えてきた。

 橋本麻里さんは、杉本博司さんにトンカラリンを
薦められたという。

 周囲の風情といい、沖縄の斎場御獄のような
生死について潔い深さがあった。

 環境はがらりと変わる。

 東京に戻り、汐留の日本テレビへ。

 「世界一受けたい授業」の収録。

 このブログで使おうと、控え室の表示を
撮っていたら、佐谷直子さんが言った。

 「これ、おはよう紙って言うんですよね。」
 「おはよう紙? なんでですか?」
 「入ってきた時に、「おはようございます」
と言うじゃないですか。それで、「おはよう
紙」というのです。」
 「なるほど。」
 「新人の時、先輩に、「おはよう紙用意して
おいて」といきなり言われて、「えっ、おはよう紙って
なんだろう、おはようって書いてある紙かな、とか、
とまどいましたよ〜」


「おはよう紙」

 スタジオに入って、携帯電話の電源を切った。
 再び佐谷さん。

 「一応、切っておこうとおもいましてね。」
 「そうですか、圏外だから大丈夫だと
思いますが」
 「この前、NHKの『プロフェッショナル』の
スタジオで、圏外でも電波を出しているから、
マイクにノイズが入ると言われたんです。」
 「えーっ。ここでは、みんな、圏外だから
気にしたことないですよ。NHKの方が、性能の良い
マイクを使っているんじゃないですかあ〜」

 無事収録を終え、お目付役の
新潮社の金町井孝さん、金寿煥さんと
一緒に町に出た。

 金さんが、「ハイボールのうまい店」
に連れていくと言う。


 すぐそこですよ、すぐそこですよ、
と大分歩いた頃に、Rock Fishという店があった。

 「茂木さん、ビールがお好きなのはわかって
いますが、騙された、と思って
ハイボールを頼んでください。」

 というので、そうしたら、確かにまろやかで
うまい。
 町井さんが、「ロックがなくてこういうのは
いいなあ」としきりに感心する。

 金さんは新婚ほやほやで、「カレーパンをつくるのが
うまいのです」と自慢する。
 町井さんは「えっ、お前、結婚していたの?」
とびっくりする。
 
 町井さんがうったまがった。

 ハイボールを三杯飲んだ。

 男たち三人がしみじみとハイボールを傾ける。
実にハードボイルドの世界であるが、
 どうも私一人だけが子どもっぽかった
ような気がする。

 ニヒルな大人の男の味わいを出すには
どうすればいいんでしょうか。
 ねえ、町井さん、金さん。


大人の魅力。新潮社の町井孝さん(左)と金寿煥さん(右)

10月 1, 2006 at 07:32 午前 |

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 男性には、ニヒルが似合う人もいれば、それが似合わない「可愛い」といわれてしまう人もいる。そのどちらにも当てはまらない人も勿論いる。  ハードボイルド!といえば、北方健三氏のイメージが強いが、亡くなった“霊界の案内人”丹波哲郎氏もかつてはそういう感じで売り出していた。また昔は、ギャグのネタにもされていた(ハードボイルドだど!by 内藤陳fromナンセンストリオ)  旬の人物でいえば、ハードボイルドな人っているかなぁ?? それに近い人は、俳優・山崎努氏か? でも…この人は旬の人物とは、あまりいえな... [続きを読む]

受信: 2006/10/02 20:05:58

コメント

茂木さんは天然素材で勝負されてる人。
普段はおそらくお好きな服装、みなりでお仕事され、マスコミ用に着替えることはあっても、それは一時でここ最近のことと思います。


普段スーツ着用率が高く、一応好きなデザインを選んでいてもそればっかに身を包んで過ごしている人とは一緒の雰囲気にはならないと思う。

スーツ族の人は、スーツ着るとき、いかに大人にみせるか、かっこよくみせるか、日常的に意識してる人たちなんだと思う。それが雰囲気になってやがて板についちゃんじゃないかな。

茂木さんはその必要のない人。そこが新鮮なおさしみ人間というかもぎたて果物人間というかいいところだと思います。

茂木さんの素材って、スーツに包まれてないからのよさがあると思います。

しかし、スーツを否定してるんではないのですよ。
そういう、おとこの世界も好きです。上手に賢く放出される
フェロモンにも弱い私でございます。

投稿: 平太 | 2006/10/01 17:03:27

トンカラリンで、暗黒から光明への「通過儀礼」を経験した茂木先生。

全くの暗闇から、明るい光の中へ出る、というのは、誕生の瞬間の追体験という以外に、死の世界から生の世界に、生命体が再生されて立ち現われてくる、という意味も含んでいるかもしれないし、また、修行の暗がりから、光に満ちた悟りと喧騒の世界へ、覚者として出現するという意義も入っているかもしれない。

菊頭蝙蝠(キクガシラコウモリ)と遭遇するなんて、なんと幸福な。御存知でしょうが、中国では「蝙蝠」は、福につながるというんで、幸福を呼ぶシンボルとして慶事の際に蝙蝠の飾り物をつくって家々に飾られる伝統がある。

私の近所にも、つい10数年くらいまえまで、夕刻になると蝙蝠(といってもこれはアブラコウモリかイエコウモリといった小型のものだった)がパタパタと、夕暮れの空を飛び交っていた。鳥とも蛾とも違う姿に、「嗚呼、アレが蝙蝠か」と思って珍し半分で見つめていたのを覚えている。

そんな蝙蝠達も、マンションが近くに立ち並ぶようになったら、もう見かけなくなってしまった。


うったまがる、と言う言葉は関東でいう「おったまげる」と言う言葉に似ている。もしかしたら、「おったまげる」は「うったまがる」が語源なのか知らん?

ハードボイルド、ねぇ…。茂木先生はハードボイルドに走るより、今のまんまがいいんじゃないんですか??(笑)

投稿: 銀鏡反応 | 2006/10/01 10:26:34

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