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2006/09/19

りーんりーんと聞こえる

 最初に菱岩を訪れたのは、
学生の時だった。
 何をしに、「おしら様哲学者」
塩谷賢と京都に行っていたのかしらん。

 菱岩の前から塩谷に電話をしても、
彼も思い出せなかった。

 とにかくでぶ塩に連れられていった。
 予約しないと
受け取れないから、
 塩谷が電話をしたのだと思う。
 今も昔も、あいつは携帯電話を持って
いないから、
 公衆電話からかけたのだと思う。

 菱岩の御主人の河村岩松さんと
お話しながら、そんなことを思い出していた。

 「岩という名前がつくのは、代々の
伝統なのですか?」
 「いや、そんなことはありません、たまたま
私だけで。」
 
 菱岩が200年近く続いてきたことに
ついてうかがった。
 「私たち仕出し屋というものは、ご近所の
方々からご支持されている間は続きます。
支持されなくなったら、それはもう仕方がない、
戦争中の悪い時期を経験したからでしょうか、
祖父は、そんなことを申しておりました」

<京都、菱岩の前で。五代目御当主の河村岩松さんと>

 できあがったお弁当をいただき、鴨川に向かう。

 台風がそれて、かんかん照りで暑い。
 「もうジャケットはいいですよ」
と伏谷さんが言った。

 川のほとりで直射日光を受けていたら、
一日で日焼けしてしまった。

 (家に帰ってTシャツを脱いだら、
いわゆる「土方焼け」になっていた)

 鴨川も、上流にくると自然の色が濃い。
 オハグロトンボが飛び、時折
ヤンマが通り過ぎる。

 鴨川に足を浸して熱心に網を使っている
子供がいた。
 お母さんが近くにいて、眺めていたら、
自然に会話となった。

 「鴨川にはよくいらっしゃるのですか?」
 「そうですねえ。年に一回くらいでしょうか?」
 「あのう、ひょっとしたら、茂木先生でしょうか」
 「はあ」 
 「さっきから、似ている人がいるなあ、と思って
いたんです。」

 ーお母さん、オタマジャクシがいたよー

 見ると、熱心にのぞき込んでいる。

 昼食に入った北山の蕎麦屋、
権兵衛で、ふと気付くと、
りーんりーんと聞こえる。
 「どこにいるのですか?」
とたずねると、おかみさんが窓際を
指した。

 「毎年この中でかえるのですよ」
と言う。

 「水を時々やるのですか?」
 「いいえ。10月くらいになると、
ふろしきで包んで、縁の下に
入れてしまうのです。それで3月頃
とりだして。乾いていたら、その時
水をやります」
 「エサはキュウリに鰹節ですか?」
 「スズムシの餌というのがある
んですよ。あの器、景徳鎮なんですよ。
中国で見つけてね。コオロギを飼うでしょ。
それ用なんです」
 「ほお」
 「二三年に一回、
他のところからスズムシを連れてきて
入れなくてはいけないんです」
 「遺伝子ですね」
 「あまり血が濃くなってはいけないんですね」

 これは良いことを聞いたと思った。
毎年水槽の中でスズムシがかえって、
りーんりーんと鳴いていたら楽しい。

 伏谷さんが、「茂木さんは本当に
虫が好きなんですねえ」とあきれるように
言った。

 加山さんと二人は、もう一日京都で仕事がある。

 名古屋でとなりの人が入れ替わった。
 煙草の匂いのするおじさんで、
原稿を書いていると、PCを取りだして
かちゃかちゃやりはじめた。

 ちょうどいい、と眠った。
 品川で降りていったあとは
静かになった。

 でも、すぐに東京に着いてしまった。

 もとめていたのは、スズムシのりーんりーんが
映える静寂だったのかもしれない。

9月 19, 2006 at 05:28 午前 |

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私の住んでいる横浜を中心にして、いくつかご紹介したいことがあります。 ご存知の方も多いかとは思いますが、以下に転載してお知らせいたします。 『 星野富弘 「花の詩画」展』  会場: 横浜赤レンガ倉庫1号館  スケジュール: 2006年09月21日 2006年10月09日  開館時間: 10:00−19:00、金・土は20:00  住所: 〒231-0001 神奈川県横浜市中区新港1ー�... [続きを読む]

受信: 2006/09/19 22:31:33

コメント

初めて、訪問させていただきます。
今、旬の人で大忙しなのにほぼ
日刊でブログ更新すごいです。

今日はお休みで、なぜか茂木健一郎さんのことを
考えてしまいました。
「プロフェッショナル・・・」大好きで欠かさず見ております。
内面から輝く人は、どんな宝石よりも
輝いていて、茂木さんもそんな人だなぁ~と。

難しいコメントは書けないのですが
これからも番組拝見させていただきます。

10月の声が聞こえてきているのに
今日、最後のセミが儚げに鳴いていました。

投稿: 秘密の・・・ | 2006/09/20 0:37:58

おっ!茂木先生、菱岩のご主人と、なんともいえない、いいツーショットの写真がとれてますねぇ~(^0^)200年近くも続いている老舗を率いる人の顔はなんともおだやかなものなのだな…。

鴨川のせせらぎ、オハグロトンボ、ヤンマ、オタマジャクシ…京都にはまだまだ美しくかけがえのない自然が息づいているんだなァ。で、そんな自然に触れられた、土方焼けの東男のフラワーピッグが、う~ん、羨ましい…。

それにしても茂木先生、河でオタマジャクシとりをしていた子供のお母さんにも名前と顔が知られていたなんて…。

本当に全国区になってしもうたんですね。

鈴虫を景徳鎮のうつわで育てる風習も京都ならではのものなのだろうか、それともその蕎麦屋独自の飼い方なのだろうか。

ほんと、水槽で鈴虫が毎年かえって、秋になるとりーんりーんと鳴いていたらいい風情ですねぇ…。

ところで…。

近年、東京の街路樹の天辺で、鈴虫よりもボリューム高めでりりーん、りりーんと鳴いている虫がいるでしょう。あれは明治の頃かに外国(ヨーロッパか?)から入って来た“アオマツムシ”という虫らしいです。多分御存知かと思われますが…。

そのアオマツムシが、この間、山手線の電車の窓のへりにつかまっているのを発見した。そいつは電車の外側につかまっているようで、「なんの虫だろう?」と不思議に思っていったん電車を下りて見てみると、それはメスのアオマツムシだった。

オスだったら、はねの表面に複雑な筋模様があるはずなのだ。その筋模様がないということは、このアオマツムシはメスということだ。そう思った。

今の時期、マンションの庭ではコオロギ(ツヅレサセコオロギか)がさかんに恋歌を奏でております。

コオロギ君たちも、彼女を呼ぶべく一所懸命恋歌を奏でているんだな…そしてそうやって彼女と結ばれ、子孫を残していくんだな…。

土方焼けのフラワーピッグも、そんな鈴虫やコオロギたちの風情ある響きを聴きながら、眠りにつくのだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/19 20:08:32

秋涼やかな会話ですね。
風流ってこういうことなのか。と思いました。
気分が落ち着くお話でした。

投稿: 平太 | 2006/09/19 18:06:39

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