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2006/09/25

糸くずだらけになっていた

自分は「ホープフル・モンスター」
(希望に満ちた怪物)なんだ、と気付いてから、
随分気が楽になった。
 というよりも、自分がやっている
いろいろなことが、説明できるようになった。

 なぜ、「科学者」という肩書きがあ
りながら、エッセイを書いたり、評論を
書いたり、小説を書いたりするのか?
 テレビに出たり、キャスターを
したりするのか?
 突然変異のホープフル・モンスター
なんだから、仕方がない。

 子どもの頃から、「自分はこの集団に
何の過不足もなく収まる」と感じた
ことが一度もなかった。
 だから、どの専門家集団にも完全には
収納されないホープフル・モンスターに
なっても、仕方がないことなんだろう。

 長野に着き、
 座って待っていると、cobaさんが
現れた。
 とにかく強烈なキャラクターで、
いろいろ周囲に仕掛けていく、
 そのリズムが心地よかった。

 SBC信越放送の方が、
「茂木さんとcobaさんて似ていますねえ」
と言われていたが、
 確かに、cobaさんも、アコーディオンという
楽器を武器にワールド・ミュージックの世界に
切り込んでいった突然変異種として、
 ホープフル・モンスター仲間なのかもしれない。

 「cobaさん、ご一緒に行きませんか!」
とお誘いして、
 一緒に善光寺の戒壇廻りにいった。

 池上高志と行ったのが最初で、
それ以来長野というと、戒壇巡りに
行くのを楽しみにしている。

  まさに、そのような、「暗闇の中を手探りで歩く」という思い出すことのできない記憶を、私は長野の善光寺で探り当てたような気がした。
 善光寺の本堂の下には、「戒壇廻(ルビ:めぐ)り」と呼ばれる場所がある。人々が暗闇の中を手探りで歩き、極楽につながる錠を触ることができれば幸せになれると伝えられる場所である。
 私が戒壇廻りを初めて訪れたのは数年前のことである。どんな趣旨の場所かも知っていたし、そこが暗闇であるということも知識としては持っていた。しかし、善光寺の本堂に入り、地下につながる階段を下りていった時に私を包んだ完璧な暗闇には、すっかり度肝を抜かれてしまった。不特定多数の人が出入りするような場所が、まさか本当に何も見えない暗闇になっているとは思っていなかった。その思っていなかったところにどんと暗闇がぶつけられたから、内心かなり動揺した。なぜか、額のあたりにチリチリと熱いものを感じながら(これは、おそらく、暗闇で前に移動する時に、突起物が額のあたりにいきなりぶつかる可能性をカラダが感じて身構えていたということではないかと思う)、私は壁伝いにゆっくりゆっくり歩行した。
 やがて、何とか錠を触ることができて、地上の光の下に出てきた。私は、錠を触ることができたということに喜ぶというよりも、あの暗闇から抜けられたことにほっとしていた。それくらい、完璧な暗闇の中で歩くという体験は、私を動揺させた。
 それまでの私の人生でも、暗闇の中を歩くという体験が全くなかったわけではない。お化け屋敷。神社にクツワムシを捕りにいった時。あの電柱まで、とふざけて目をつむって歩いた時。停電した時。そのような時、私の手は確かに暗闇を探っていた。しかし、善光寺の戒壇廻りのように、本当に何も見ることのできない暗闇の中を、全く光を持たずに歩くという体験は、初めてであった。
 戒壇廻りは、衆生に自らの置かれている無力な状態を自覚させ、釈迦の慈悲をこいねがう気持ちにさせるという趣旨の装置なのであろう。その場所で、私は、私たちの祖先にとっては間違いなくなじみ深い体験であった、暗闇の中を手探りで歩くという私の中の「思い出せない記憶」を探り当てた。
 新月の晩は、必ず一月に一回はやってくる。火を手に入れるまでの長い歴史の中で私たちの祖先が経験したのと同じことを、私は思い出せない記憶の中から拾い上げたのである。

 茂木健一郎『脳と仮想』(新潮社)より

 「cobaさん、最後に行ったのはいつですか?」
 「4歳の時かなあ」
 「えっ!」
 「長野県人にとっては、一つの儀式のような
ものなんですよ。こわくてねえ」
 「それは、子どもの時行ったらこわいでしょうね」
 「いたずらっ子が入って、中で迷ってしまって、
一週間後に出てきた時には、なぜか体中が
糸くずだらけになっていた、という噂を聞きましてね。
「糸くずだらけになっていた」というところが、
妙なリアリティがあって、子供心に怖くて仕方が
なかったんですよ。」
 「なるほど」
 「それで、親に連れられて入った時、迷う
くらいなんだから、どれくらい広いんだろうと、
右手で壁を触って、左手で闇を探ってみたんですけど、
全然何もさわれなくて、その向こうにものすごく
大きな空間が広がっている、という感じがしたんですよ」

 この会話を読んだだけでも、cobaさんの
類い希な感性が伝わると思う。

 落成したばかりのSBC信越放送の社屋の中で、
抽選で当たった150名の方々を
前にトークショウをした。

 後にラジオで放送されるとのこと。
 一時間では全然足りないくらい盛り上がって、
もっと話したい気持ちだった。

 「世界には数千種類の言語があるじゃないですか。
その全てを理解することなどとても不可能だから、
せめて音楽として聞きたいな、と思うんです。
その点、音楽は最初から国境がないから、cobaさんは
良いポジションにいますよね」 
 「ところがね、茂木さん、音楽にも壁があるん
ですよ。この国では、この楽器を使ったこういう
ジャンルの曲は、絶対に売れないとか、そういった
見えない壁があるんです」
 
 アコーディオンで闘ってきたcobaさんならではの
言葉だった。
 なるほど。音楽にも壁があったか。

 トークセッションの最後に、cobaさんが
言った。
 「茂木さんは、音楽家が作曲したり演奏したり
するときに、ああ、この人はこういうクオリアを
目指していたんだ、と言い当てることが
できますか?」
 「そうですねえ。完全にではないですけど」
 「これから、ボクが今日茂木さんと話してみて、
「こんなクオリアだった」という曲を、即興
で弾きますから、後で、どんなクオリアだったか、
解説してくださいね!」

 cobaさんが取りだしたアコーディオンの
美しさにうなった。
 いきなり、麗しき宇宙が降臨したよう。

 cobaさんが弾きだした曲はバロックの荘厳な
曲のようでいて、それでいてアルゼンチン・タンゴ
のような官能に満ちていて、
 うわっと圧倒された。
 ぼくは、アコーディオンには120のボタンが
あってそれも押して音が出る、ということさえ
知らなかったのだ。

 「どうです、茂木さん、どんなクオリアでしたか?」
 「宇宙樹、のようでした」
 「ウチュジュ?」
 「北欧神話で、世界を支えているという巨大な
樹木のことです。」
 「そうか、やっぱり、茂木さんは、地球から
宇宙を支えている樹木なんですね」
 「さっきcobaさんが、褒められておわるのは
不愉快だ、と言っていたじゃないですか!
 きっと、見た目の体型が大きな幹のようだ、
というだけのことなんじゃないかなあ」
 「境界を越えてるんじゃなくて、単に肥えとる、
という感じですかね。はははは」
 「なにぃ!(笑)」

 SBC信越放送の人に「似ている」と言われた
cobaさんと私だが、帰り支度をすると
ますます似てきた。

 「アコーディオンは背中に背負うんですね」
 「そうです。このリュックだけでも、15万円
ですよ」
 「まるで、カタツムリが移動しているようですね」
 「茂木さんも、そんなに大きなリュックしょって、
変わらないですよ!」

 新幹線に乗ってすぐ、論文の仕事を始めた。
ホープフル・モンスターは、何しろ、
 在来種の数倍のジャンルの仕事を抱えている
ので、本当に忙しいのだ。
  
 軽井沢で隣りに人が乗ってきて、
その辺りからうとうとし始めて、
 MacBookを膝に載せたまま
眠ってしまった。

 今日も論文書き、原稿書きと、
「現場系」の仕事が待っている。

 この日記を書いている時が唯一の息抜きかも
しれない。

 もっとも、息継ぎをしていないと、
人間、やっていられない。

9月 25, 2006 at 04:50 午前 |

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mixiで茂木健一郎先生の講演予定をみて、すぐに東京へ行きました。 自宅を出て講演会場の席に着くまで約2時間半でした。 こっそり、ひそかに行って、講演終了後に突然サインをもとめようと思って、 カバンのなかには『脳とクオリア』をしのばせていました。 ところが、... [続きを読む]

受信: 2006/09/25 9:31:26

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受信: 2006/09/26 22:11:49

» 希望に満ちた怪物(A Hopefui Monster) トラックバック 銀鏡反応 パンドラの函
@人間は―とくにこの島国に住まう者達は―みな、所定の組織や集団の枠に収まることを望んでいる。組織に所属する、ということを、疑う事無く受け入れようとする。 @そうでなければ、はみ出し者扱いをうけ、社会的に“抹殺”されると思っているからである。 @しかし、人間は本来、枠に嵌められきれないものであり、かならずはみ出してしまうものなのである。 @無理に枠に収まろうとすると、その集団や組織の“ロボット”のようになってしまい、ろくなことにならない。 @増してやこれからは、一層なる“激動の時代”である。枠の中に収... [続きを読む]

受信: 2006/09/27 20:14:46

コメント

 「ひろちゃんは病気なの?」
 長男の障がいの事を聞かれたのは長男が小4のとき。同級生のこの子は、お母さんに「ひろちゃんは病気でかわいそうな子」と言われたらしい。「病気だと思う?」と聞くと、「ううん」と首を横にふり、「だって、誰よりも元気だもん」と言う。「そうだよねー、病気じゃないんだよねー」と答えると、「じゃあ、なぜひろちゃんはあんななの?」ときた。「おばちゃんにもよくわからないんだけど、あれがひろとなんだよねー」と返すと、「ふーん、そうかぁ」と言ってそれで終わり。自閉症とは何か、なんて話をしたわけでもないのに、その子はなんだか納得して行ってしまった。たったそれだけのことだったけれど、その子はその後も長男を「かわいそうな子」ではなく「同級生」として接してくれた。

 長男に障がいがあると分かったとき、暗闇におとされたようだった。本を読み、講座に出かけ勉強した。暗闇の正体が知りたかったから。自閉症を知れば、長男を理解できると思っていた。でもある時、私は研究対象となる存在と暮らしているのではなく、自分の産んだ子を育てているのだ、と気が付いた。子ども自身が調べられたりすることを嫌がったこともあって、私は正体探しをやめることにした。自閉症を知らなくてもこの子自身を知ればいいんだ、と思ったから。
 わからんちんの子どもとの日々は、こけつ転びつの日々ではあったけれど、もう暗闇ではなくなった。とは言ってもそれで全てが解決するはずもなく、次から次に山が迫ってくるような感じではあったけれど。長男に障がいがあると分かった頃に産まれた次男、そして覚悟して産んだ長女。たいへんだったけれど、同じ両親から産まれても、同じ子どもにはならない、というあたりまえの事実を知ることができて幸せだったのかもしれない。違うからこそ面白いのだと実地に教わったような。
 是枝監督のお話が聞きたくて出かけた対談の帰り道、私には聞きたいことがあったなぁ、と感じた。それから、茂木さんの書かれたものを読んだり、このブログも読むようになった。
 そして「ひろちゃんはどうしてあんななの?」という問いに、私は救われていたなぁ、と思い出した。何を話したわけではない、その子も納得していたわけではなかったのかもしれない。でも、あの時、なんだか子どもってすごいなあ、と深く感じられて、やっぱり人生は捨てたモンじゃないよね、と思えた。
 あのときの私は、障がいを受け入れることが大事だった。次々に起こるモンダイに対応するのに追われていた。そして、もし今、同じ事を聞かれたら、ちがう話をするであろう自分を感じている。
 勉強よりも・・・と思っていたけれど、今は、人間の面白さを学びたい。
 
 センセイ、ホープフルに頑張ります。

投稿: まゆさん | 2006/10/02 0:59:02

cobaさんのことは、テレビ「イタリア語会話」のレギュラーだった時に知りました。
去年住吉アナウンサーのイタリアからの中継に登場するなど、TVでも活躍されていますね。
cobaさんの演奏を聴いていると、なんだか幸せな気分に
なります。scoreが出ているので、いつか演奏してみたいと思います。

投稿: かりんと | 2006/10/01 15:33:59

『所属するとはそれに対して疑わなくなる事を言う。』

 ホープフル・モンスターに捧ぐ。

投稿: cosmosこと岡島義治 | 2006/09/26 23:32:59

cobaさんとのセッション、お聞きしたかったです。
ブログの文章からでも、とても楽しき雰囲気が感じられました。cobaさんの情熱的かつ官能的な演奏、大好きです。
そっか。cabaさんと茂木サンは、似ていらっしゃるんですね。
ボーダーレスなところでしょうか。いろいろな意味で。

先日やっとアマゾンから「生きて死ぬ私」単行本が届きました。
文庫では既に読んでおりましたが、素敵な装丁と新たに茂木さんの写真が掲載されたという事に惹かれ、購入しました。
同じ文章なのに、やはり写真が加わると、またより想像力が深まり、本に触れている間は脳の中に快楽物質があふれ出します。
茂木さんのご本を読むときは、本当に私の脳=心?が喜んでいるのがわかります。

まだまだご多忙のご様子ですが、季節の変わり目でもありますので、どうぞお体をお大切に。

投稿: renren | 2006/09/26 23:14:53

      魂   ルビ廻り

    何かを探す旅なのかもしれない

          魂の闇には 順路が無い

投稿: 一光 | 2006/09/26 3:14:04

cobaさんでしたか~

私は、copaさんだと今まで勘違いしていました。
ドクターコパさんみたいですね~。

私も、そのcobaさんのアコーディオンをテレビで、かつて見て聞いて、
その官能美溢れる揺れるようなメロディに聴き入ってしまい、
CDを買いに楽器店に行ったことがあります。

所が、名前を間違って言ったせいか、店員の方が知らなくて
買うことが出来ませんでした。今日やっと謎が解けました。

所で、『宇宙樹』という本、私持っています。
竹内真一さん、作で、慶応義塾大学出版会の出版です。

3年ほど前に本屋で見つけ買ったのですが、
表紙には『cosmic tree』とあり、背に『宇宙樹』とあります。
すばらしい本でした。
茂木先生の『脳と仮想』、岡本太郎さんの『呪術』と並び私の宝物なんですよ。

音楽も本も美しい出会いですね! 
あれ? 美しい日本!みたい? 

投稿: tachimoto | 2006/09/25 22:22:59

そういう意味では、うちのボスもホープフル・モンスターだ、とカテゴライズできて、私もすっきり。
あっちこっちを結び合わそうとしながら、風呂敷がドンドン広がっている感じ。
しかし、ボスは乗り物の中で仕事ができない。
それって、ホープフル・モンスターとしての資格がないかなぁ。
その点、茂木さんは偉い。(え?イヤミじゃないですって)

投稿: kyono | 2006/09/25 20:21:47

今、茂木さんは「SONY」という「組織」の中にいるけれど、その、「SONY」という世界とゆるく繋がっているだけなんだ、ということを自分のブログに書いた覚えがある。

でも本当は、ゆるくつながっているというのではなく、そんな「SONY」の枠の中に収まりきらない人なのだ。

でもそれはそれで、大いに誇りに思っていいと思う。むしろ組織にすっぽり納まるタイプの人のほうが、いざ、環境ががらりと変わったときに対応できないから恐ろしい。

「はみ出し者」という言葉があるが、この言葉こそ、実はhopeful monsterの異名だ。

茂木さん、大いなる「はみ出し者」として、この世をば、生きて行こうじゃありませんか。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/25 19:58:25

全くの暗闇で手探りをしながら動く…火を発見するまで、私達の祖先はずっとそんな暮らしをしていたんだな。

戒壇めぐりに限らず、全く光のない暗闇を歩行すると、その先祖由来の古い古い記憶が蘇ってくるのだろうか。

cobaさんはTVのトーク番組出演や御洒落番組のテーマ曲作曲で知っているけど、本当に魔法のようにアコーディオンを操り、麗しの音的宇宙を降臨させてくれる。彼もやっぱり突然変異的hopeful monsterなのかもしれない。

(無論、あんなに美しくダイナミックにアコーディオンを鳴らす為には、人より余計に鍛練・修行をしているものなのだ…。)

そして、そういうhopeful monsterは、「人のやれそうも無いことや発見、解明をするものだ」と私は思っている。

茂木さんもcobaさんも、人のやれないことをやろうとしているか、やっている、世にも稀なるhopeful monsterに違いない。

茂木さん、物凄く多忙な日々が続いているようですが、くれぐれもご無理をなさらぬよう、ご自愛くださいませ。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/25 18:55:27

こんにちは

長野県にそのような お寺があるんですね。

このお寺をつくったかたの 気持ちがなんとなく わかるようなきがします。(たぶん)
(無明の こわさを 疑似体験できるんですね。)

鍾乳洞の中にはいったときに
にたような?体験を した断片的な記憶があります。
(実際は 怖さを感じる能力が すくない 子供の時で いみもわからず手をひかれただけだとおもいますが)(たぶん2−3歳ごろ)

コウモリが 飛んで なんとなく 不思議な空間であったように おぼえています
でも 完全な闇では ないですが 

いまはほかの鍾乳洞にはいると 地震がきたら こわいな とおもい そそくさ
と とおりすぎますね。(^ ^;)

で また Macに反応してしまいました。(当方現在PBG4)

今後のご活躍を ご期待します。

投稿: ふたごのせんぷーき | 2006/09/25 12:20:20

あ~~、行きたかった。行けばよかった。
くやまれます。

投稿: 河村隆夫 | 2006/09/25 10:53:20

昨日 吹奏楽演奏会に 行ってきました。

アルヴァーマ序曲 架空伝説のための前奏曲

青銅の騎士 そして

☆ マゼランの未知なる大陸への挑戦 ☆

   ホープフル・モンスター  マゼランもいます。

  

投稿: 一光 | 2006/09/25 8:12:28

COBAさんとの会話、楽しいです。
やはりボーダー姿でいらしたんでしょうか。
ユグドラシル? ですか?
すごい演奏だったのでしょうね。。

善光寺、むかしスキーのさい何度か寄り、明け方で、参道をうろうろした記憶がありますが、
暗やみは記憶にないので、ぜひとも体験したいです。

三段落目の先生のことば、とても共感いたしました…

投稿: M | 2006/09/25 5:32:06

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