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2006/09/04

「生きて死ぬ私」2刷

徳間書店「生きて死ぬ私」2刷
が出来上がりました。

初刷り以来、何と「9年ぶりの増刷」
です。

amazonにはまだ反映されていませんが、
そろそろ
本屋さんにも並び始めているものと
思われます。

 ちくま文庫版との差異は、
本文中に当時私がデジカメで撮影した
写真が掲載されていることで、
 その後の経緯に触れたあとがきの付された
文庫版と併せ、ご愛顧いただければ幸いです。

『生きて死ぬ私』2刷の表紙

『生きて死ぬ私』2刷の内容

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198608679 

9月 4, 2006 at 03:56 午前 |

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ここのところ、エントリーがあるたびに出かけては様々な感興を呼び起こされて帰ってくる『三上のブログ』。今朝、思い立って「はてな」の流儀にしたがいソーシャル・ブックマークを付けさせていただこうと即実行に移したら、あれよあれよという間に最近のエントリー4つにマ... [続きを読む]

受信: 2006/09/05 8:26:57

コメント

Mさんのコメントから考えました。
ネットが痛くないのは、相手の顔が見えないからではないでしょうか?ネットで言いたい放題なのも、ネットが物足りないのも…、そこに相手が見えないから。

言葉だけがむき出しで行き交っているネットの中をのぞくと、ときどき寒くなることがあります。
もし、そこに相手を見ながら対話していたら、その言葉は出ただろうか?

この人、なんでこの髪型にしたのかな、とか、この服どこで買ったんだろう、とか、今の目は冗談だよって言ってるな、とか、言葉以外のたくさんの情報を交わしあって…。
その相手から言われた言葉だからこそ、痛い、とか
その相手が言ってくれた言葉だからうれしい、とか。

だからって、ネットでの交流を否定するわけでもないのでこうしてたまに参加してます。
だからこそ、この新しいツールに対して、いろんな試みがなされていることに意義も粋も感じるし。

私ができる試みは、少しでも体温の感じられる言葉を発信できたらいいかな、ってところです。

投稿: kyono | 2006/09/07 9:57:17

きのう、有楽町の駅前と、銀座のナルニア国の大きな看板の本屋さんを回って、
どちらもまだ並んでいませんでした。
こうやって大きいのを見てわかったのですが、なんとも意味深い絵の表紙ですねえ。

きょうの日記で、そうか、スペースは自分でも作れるんだと、またアハでした。

きのう先生の言葉を受けて菊地さんが、
ネットでは痛い思いをする機会がないからね、と言っていて、
ああ、わたしがネットに感じる物足りなさなは、それに近いことなのかもしれない・・と思いました。
その一方で、ネットだから言いたい放題というのもまたあって。
この違和感をうまく捉える言葉はなかなか見当たらないであります

投稿: M | 2006/09/06 14:22:01

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