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2006/09/23

珍しい魅力的なキノコ

『きっこのブログ』 
は、誰が書いているのか、何人で
書いているのかわからないけれども、
すばらしい「アート・プロジェクト」
であると思う。

もはやインターネット上のブログなどは
主流のメディアなのだろう。

クオリア日記を書き始めたのが、
1999年11月11日。
最初のうちは、「よく毎日書きますねえ」
とか、「時間とるの大変じゃないですか」
とか、とにかく、インターネット上に
何かを書くのは、論文や本を書くのよりは
「一段下」の行為である、というような
ことを前提に、揶揄的に話しかけてくる人が多かった。

 自分の中でも迷いや揺れのような
ものはあって、「ここはプライマリーな
メディアだ」と確信のようなものが
生じたのは、しばらく試行錯誤を続けてからの
ことだった。

 『きっこのブログ』は、そのスタンスや
内容など、すでに「マスコミ」を超えていて、
情報価値が高い。
 2006年のブログ大賞、読者賞を
受賞したが、 
 『きっこのブログ』を支持する読者が
これだけいるということは、
 日本人もバランス感覚がまだあるということで、
なんだかうれしい気がする。

 そもそも、ある問題について賛成か
反対か、というのはその人の個人の自由で、
 大切なのは社会の中に様々な意見が
存在する、「生態学的多様性」である。
 
 インターネット上で、右から左、
上から下、中から外まで、様々な意見が
並列している状態こそが、豊かな森のようで
好ましい。
 日本という言論の森は、ともすれば
生態学的にはつまらないモノカルチャーに
なりがちだけれども、 
 そんな中、『きっこのブログ』という
珍しい魅力的なキノコを木陰で見つけてうれしかった、
と思う人は多いのではないかと思う。

 『きっこのブログ』は本になるそうで、
インターネット育ちのキノコが本屋に並ぶ
ことになるわけである。

 全てのメディアがそうだが、インターネットという
メディアも使い方次第である。
 誰かが、明治に当時の「ベンチャー企業」だった
新聞に連載小説を書くことを選択した
夏目漱石は、
 今だったらインターネット上に小説を
書くことを選んでいただろう、と言っていたが、
 まさにそうなのではないでしょうか。

 この「クオリア日記」も近日中に
徳間書店から書籍化される予定です。
 タイトルは、おそらく
 『やわらか脳 ー茂木健一郎 クオリア日記1ー』
のようなものになります。
 単なる時系列ではなく、徳間書店の本間肇さんが
苦労して並べ直し、編集してくださっています。
 インターネット上で無料公開されている
テクストですが、
 その「編集」に、付加価値があるわけです。

 研究所合宿最終日に参加するために、
再び逗子へ。

 タクシーで佐島マリーナに向かっている時に、
一日前、逆に走っている時に
思いついてそのあと忘れてしまった
大切な着想を思い出した。

 佐島マリーナから逗子に行くまでに、
意識を支えるダイナミクス、希望に満ちた怪物、
そしてもう一つ着想があったのだが、
その何か、を思い出せずに気持ちが悪かった
のである。

 やはり、記憶は場所依存的で、同じところで
思い出すことができた。

 上の三つの着想の中で、
 自分自身が「希望に満ちた怪物」
(hopeful monster)
 
であるということに気付いたのは大きな
ことだったが、  
 考えてみれば私が「自画像」
と称して描いている「フラワーピッグ」
は「希望に満ちた怪物」である。

 決して主流ではなく、しかし、
いつか大きな花を咲かせることを
夢見てつぼみをくわえて上を向いている。

 フラワーピッグは、希望に満ちた怪物なのです。

 今、インターネットという場所には、たくさんの
「希望に満ちた怪物」がいるのではないか。
 マスメディアが活性化するためには、
これら奇妙で魅力的なものたちのsearch partyを
組織する必要があるだろう。

 先にブログに書いたMogiquitous computingには、
多くの反響をいただきました。
 
 読者の皆様のご期待にお応えし、
 作者の大和田茂クンを、帰りの電車で
撮影しました。
 この人が、大和田クンです。

<大和田茂クン 湘南新宿ライン、車中にて>

 大和田クンから、Mogiquitous Computing
のURLを教えてもらいました。

http://www.geekcore.jp/owd/Mogiquitous/

 内容を説明したpdf fileも上のURLから見ることが
できます。

また一つ、ここに珍しく魅力的なキノコが・・・・
 
 皆さん、今日も元気でがんばりましょう!

9月 23, 2006 at 07:24 午前 |

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受信: 2006/10/16 0:59:27

コメント

きっこのブログ、読んでみました。
内容の好き嫌いは別として、確かに稀有な存在だと思います。

でも、どうして『すばらしい「アート・プロジェクト」』
なのか分からないでいます。
説明してもらえたら嬉しいというか、もやもやが晴れて助かるというか、
よろしくお願いします。

投稿: さかもと | 2006/09/24 10:56:34

 フラワーピッグは、希望に満ちた怪物なのですね。。。
茂木先生は 懐が広くて
あたたかいから。。。
多くの人にいっぱい愛されるのですね
凄い方なのに 気さくな感じが素敵。
私も 大好きです。(失礼しました)

『希望』育て 
現実の中で消えてなくならないように

それにしても
大和田さんの着想に 脱帽
茂木先生のおおらかさに うっとり でした。

投稿: ROSE | 2006/09/24 1:42:09

きっこさんの書く文章を見るとなんだかスキッとするんですよね。
自分もあんな風に文章を書いたり、意見出来たら
スッキリするのか、敵を作るだけなのか
と考えたりしますが。
ホントにスゴイ情報量ですよね。

投稿: アブレオ | 2006/09/23 22:39:11

「編集に付加価値」のいい例は、「電車男」でしょう。

投稿: サイン | 2006/09/23 14:58:32

茂木先生が「きっこの日記」の固有名詞をあげて
”すばらしい”と書かれたことに、
「あら~」っとなってしましました。

茂木先生が文中に、すばらしさの示す方向として「アート・プログラム」「きのこ(毒キノコでしょうか?)」の
フレーズを出したところにお考えがあるのかもしれませんが、
「きっこの日記」支持者(筆者を含む)には、
”あのノーベル賞に一番近い茂木先生が、私たちを肯定した。やっぱりコレは正義だ”と、
受け止められるのではないかしら?

かのブログは、
坂東眞砂子氏の「猫殺し」について、「猫がカワイソウだから許せない」を展開し、
亀田君のボクシング世界戦については、「試合は八百長だからTBSはヒドイ」を大展開しました。
己の価値感に当て嵌まらないものは、受け入れられない、許せない、
今我らの理解できることこそが正義だ、という姿勢に、
わたしは痛さや辛さを感じても、すばらしさは感じられない。

インターネットという森が、豊かになることはすばらしい。
だから「きっこの日記」があって良い。
そういう風には受け止められないと思うな~。

それはそれでまた、とても痛くて辛い感じがします。

投稿: ふくちゃん | 2006/09/23 12:04:57

大切なのは、「生態学的多様性」…。社会の中に様々な意見があるのはむしろ自然なんですよね。あんまり「モノカルチャー」的になってしまうと、ある意味、息苦しくなってしまう。多様性の無い世界は本当に生きにくい。

日本はもうバランス感覚が失われて、そういう生きにくい社会になってしまったと思っていたけれど、まだまだそうじゃなかったんだね。

「クオリア日記」、ちかぢか書籍化され、徳間書店さんから出版されるそうで…お、おめでとうございますっっ!! 

いつかこの日記が、書籍かされたら好いなァと思っていたけれど、本当にそうなるとは夢にも思っていなかった。

>決して主流ではないが、しかし、いつか大きな花を咲かせることを夢見てつぼみをくわえて上を向いている。

茂木さんの「自画像」であるところの「フラワーピッグ」にはそういう意味が込められていたのか。

ところで、昨日のエントリーへのコメントのどこかで、自分でも気付かないうちに不適切な表現をしてしまい、真に申し訳ありませんでした、この場を借りて重ねてお詫びを申し上げます。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/23 11:08:27

おめでとうございます。どんな編集になってるか楽しみです。
ちょっと心の秘密基地なところもあったので、ひょろっとしたさびしさもありますが。
本として手にとった瞬間、違う感情がまたきっとわいてくると期待しています。

大和田さん・・・・ふくよかでいかにも福をよびそうなお耳・         黒目がちでゆったりとした感じのお目。
         その上の意思の強そうなお眉。
           
         全体として、何を生業としてるのか予測不         能な創造的雰囲気。
         
         今朝はおいしい玉露いただいたあとのよう
         な、ほ~っ。を味わいました。深謝。
         

投稿: 平太 | 2006/09/23 7:44:49

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