日本人への「放浪」の勧め
ヨミウリ・ウィークリー
2006年9月24日号
(2006年9月11日発売)
茂木健一郎 脳から始まる 第21回
日本人への「放浪」の勧め
抜粋
「履歴書に穴が開く」というのは、つまり、所属する組織がないということだろう。どこかに所属していなければ一人前に扱われない。そのような傾向が日本の社会には確かにあったと思うし、今でも根強い印象がある。「ニート」や「フリーター」に対する非難の中には、「お前ら、どこの組織にも所属しないで」というニュアンスが込められているように思う。しかし、個人と組織の関係をそのようにガチガチにとらえるのは世界的に見ると日本の特殊事情だということに、私はその後徐々に気付いていった。
全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。
http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/
9月 10, 2006 at 07:59 午前 | Permalink
トラックバック
この記事へのトラックバック一覧です: 日本人への「放浪」の勧め:
» 日本人が“放浪”できないわけ トラックバック 銀鏡反応 パンドラの函
☆英国など、先進諸国では、一年くらい仕事を休んで“放浪”しても、何も言われない。でもこのせせこましい島国でだと、一年以上も休んで放浪しようものなら、後ろ指を差される、で、ついでにこう言われる。
☆「何時までも遊んでないで、ええ加減仕事せんかい!」
☆そういわれて非難されて、ひいては周りから白い目で見られる、「ええ大人が、ぶらぶらしおって…、はよ働かんかい!コラ!!」。
☆このように周囲からどつかれ、しぶしぶ職を探すハメになる、というわけ。ああしんど!日本だと、一年以上復職しなかったら、病気の場合を除... [続きを読む]
受信: 2006/09/10 13:12:06
» 放浪と創造と『永遠の少年』 トラックバック 10億人が楽しめる手描き文字絵
放浪と創造と言えば、『永遠の少年』を思い出す。『永遠の少年』はユングの分析心理学でいう元型の1つであり、それをテーマとした翻訳書である(紀伊國屋書店、1982年、松代洋一他訳)。著者はユングの高弟(といっても女性)のマリー=ルイーゼ・フォン・フランツで、1970年の著作である。 永遠の少年とは、「... [続きを読む]
受信: 2006/09/14 0:49:29
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
経済的に許すならば~OKなのである。
誠にそのように思います。
社会が日本がっていって、結局何も行動しないで何年もな~んもしない人は、批判しながらもその社会、日本から卒業できない人だと思う。
投稿: 平太 | 2006/09/11 18:19:13
日本人が空白が造れない最大の理由として、組織に自分を縛りつけるメンタリティーの他に、もう一つ、空白をつくるということを「さぼる」とか「怠ける」ということに結び付けたがるメンタリティーがある。
ニートが非難されるのは、働かず、家にいついているものは「怠け者」で、いてはならない存在と観られているからだ。
「働かざる者食うべからず」という、ある意味呪わしい格言が、何時しか我々日本人に強迫観念となって染みつき、結果、空白を作る力を奪いつづけ、クリエイティヴィティを奪っていると言えないか。
一年ぐらい休んだって好いではないか。世界はみんなそうしている。
日本でも厚生労働省だか、経済産業省だかが、長時間労働や残業のありかたを見直そうと、いまになって、漸く動き出した。人間は組織のロボットではないということに、お上もやっとこさ気がついた、ということか?
長時間労働や残業が、かえって国民の働く意欲を減退させているかも、というのが今回の見直しの理由らしいが、それでも世界のように一年休んでもオーケー、ということにはならないらしい。
所詮、日本人は、“働かなければ食って行かれない”という脅迫観念にとらわれ続ける民族なのだ。実際、そうしないと、社会から抹殺されかねないのだから。
しかし、何時までもそれでいいのか?もう21世紀ではないか!
時代は、世界は刻々と変わりつつある。日本人は“働かざる者食うべからず”の強迫観念からそろそろ自由にならなければなるまい。何時までもそんな強迫観念にとらわれていると、日本人は脳からダメになる気がする。
これからは、ニートには「働かなくてもいいじゃない。無理して働いたって、創造的にはなれないよ。自分の好きなことをやりなさい」って言ってあげるだけの余裕が必要になってくるだろう。ただ彼等の尻をひっぱたいて働け、働けといったって、彼等に仕返しされるだけなんだから。
投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/10 9:42:10