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2006/09/13

身を傾けすぎると

吉本隆明さんの家にうかがう。

 今までで一番充実した対話になった。

 反省的な自己意識は、時にもやもやと
反芻的に作用し、必ずしも外への選択、
行為として表出しない。

 しかし、そのようなactionにつながらないと、
通常の意味での脳科学の対象にはならない。

 ある特定の分野に身を傾けすぎると、
カミュの専門家、扁桃体のエクスパート、
政治思想史の権威ということになってしまう。

 しばらく前から、私は「まだ
名前がついていないこと」をしたいと
思っていた。

 吉本さんが生涯をかけてそれを
自覚的に実践してきたことを知る。

 つまりは、名付け得ぬものがもやもやと
自己を駆り立てる「青年期」が永遠に
続くということなり。

 京都造形芸術大学での講義のため
京都入り。

 雨で曇った京都はまるで冬景色に見える。

9月 13, 2006 at 06:28 午前 |

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受信: 2006/09/14 21:29:32

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受信: 2006/09/15 11:22:12

コメント

今はもう秋~

3日ほど静岡に行って来たのですが、田んぼは8割方黄金に色づいていました。収穫間近の稲穂はすっかりこうべを垂れて、今はもう実りの秋。
都心にいると気が付かなかったけれど、
時間がゆったりと流れて、自然音が心地よく、視界からも植物のエネルギーが伝わってくるような・・・。

そんな風景を見ていると、悩みとか、苦しみとか、脳の中のもやもやが不思議と、霧が晴れるように、どこかへ消えてしまったかのように感じます。

脳って不思議ですね。そもそも、悩んだり苦しんだりって感情を持つってこと自体も。
意識と感情って、別の所にあるんでしょうか?

東京行きの新幹線に乗る前に、小雨の中、タクシーに乗り、思い出の地、県立美術館横の公園を見てきました。すっかり辺りは暗かったけれど、過去の懐かしい思い出が過ぎり、暫く私はそこに佇んでいました。

投稿: tachimoto | 2006/09/14 2:11:10

そっか、それ、いいですね。
「あれ」をめざしてます、って言ってしまうとわかりやすくて、途上にいるにもかかわらず、周りも納得しちゃったりするんですよね。
でも、私もいまだに「なに」に向かっているかよくわからず、「それ」が言えずにいます。
どこかで「身を傾ける」あるいは「没頭する」ことを避けてしまうフシもあるような気もするし…。
そうすることで見えなくなる景色を惜しんでいるような気がします。
とても同じレベルで申し上げるのは失礼ですが、ちょっと安心しました。そういうのも、あり、だなと。
冷たい雨の降る東京は、水面に映った影のようです。

投稿: kyono | 2006/09/13 19:56:06

 茂木さん、はじめまして。明日のプロフェショナル、脳外科医の上山先生ですね。私は上山先生は、技術力はもちろん、とても心の優しい方のようで尊敬しています。

 できれば阪大の審良(あきら)静男先生を取り上げて欲しいです。雑誌でしか読んだことがありませんが、日本でノーベル賞に最も近いのではないかといわれている医師だそうです。

 私は旅行と健康に関するブログを開設しております。今日は福島&上山先生の紹介をしました。よろしければお立ち寄りくださいませ。

投稿: saki | 2006/09/13 19:49:04

雨の京都はまるで冬景色…こんな時期こそ、京都のはんなり伝統文化がしっとりと胸に迫る時もなかろう。

私がこうして、きょうのぶんのコメントを書いているころには、もう茂木先生の京都造形芸大での講義は終わっているかもしれないが、今ごろは学生たちとワイワイやっているか、それともひとり雨に濡れた京都の町を思索しながら歩いているのか…。

「まだ名前がついていないこと」をやることが永遠の青春を生きる秘訣か。それを思索し続けている茂木先生は永遠の青春を生きていこうとし、自覚的に実践されてきた吉本さんも永遠の青春を生きている…。

心に沸き上がる、名付け得ぬもやもやが自己を駆りたてる「青年期」が人生のマンネリ化を防ぎ、永遠に若々しい人生を生き抜けるというわけだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/13 18:32:09

雨の京都、冬景色、底冷えする道、憂いをおびた薄紫、
その色に同化して、空気に溶けて静かに過ごしたい時があります。

今も雨ですか?

投稿: 平太 | 2006/09/13 9:36:17

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