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2006/09/26

スヤスヤの人の横で

 論文を、ひとつ仕上げて送った。
 まだまだ続きがある。
 休む暇もない。

 あの「スネークマンショウ」の桑原茂一
さんのワルダクミで、
 金髪になって英語で喋った。
 ウォーホルなのです。

 向かって私の右に映っているのが、
桑原茂一さんです。
 一番左に、吉村栄一さんの姿も。

 移動中、東京駅の丸の内口の
前にちょっとした階段などのある
スペースがあることに気付き、
 そこで仕事をした。
 
 神出鬼没。どこでも仕事をする。
隙さえあれば仕事をする。
 それで、手が動かせないような
状況では、
 仕方がないので、
 何事か考え出す。
 
 幸いにして、考えるべきことはたくさんある。

 だーっと猛スピードでタイプしていると、
 すぐ近くの花壇の端に、
新聞紙を敷いて、顔をタオルで
覆って気持ちよさそうに眠っている
人がいる。

 制服を着た人が二人私の横を
通り過ぎていって、
 おや、何だろうと思ったら、
 何事もなくまた戻って、
赤レンガドームの方に歩いていく。

 駐車違反の取り締まりをする
民間の人たちだった。

 花壇の横で眠るのが
ニンゲンのチュウシャキンシに反する、
というわけでもなかったようだった。

 しかし、スヤスヤの人の横で
仕事をしていると、
 人が来る度に、
 怒られるのではないかとドキリと
するのである。
 
 PHP研究所。東京座会。
 何回か欠席してしまったので、
久しぶりである。

 東京座会のメンバーは、
池内恵(思想史、中近東)、
牛村圭(思想史)、北康利(作家)、
中西寛(国際政治学)、福田和也(文芸評論家)、
古川元久(衆議院議員)、茂木健一郎、
若田部昌澄(経済学)、永久寿夫(選挙制度)。

 今回は、福田さんと中西さんは欠席でした。

 安倍晋三政権の誕生が近いというので、その
話題と、
 今後の議論のテーマについて。

 私は、「ギャップ・イヤー」の話をした。
 安倍さんは大学の九月入学を提唱されているが、
そのことと関連付けて。

 東京座会のメンバーは、どちらかと言えば
普段から政治や経済、政策のことを考えて
いる人たちで、
 それに対して私はどちらかと言えば
「アウェー戦」である。

 しかし、人生において、アウェー戦を闘う
ということは、もはや私にとっては日常になって
しまったから、取り立てて問題にすることでは
ないと感じている。

 そのことに関連して、
 昔は気になったいろいろなことが、
どうでも良いことになってきてしまった。
 本質だけを見つめて、そこで厳しい闘いを
して行きたいと思うのである。

 先日の長野でのcobaさんとのトークセッションの時、
途中で、
 「しかし、これだけ最初からセンセイ、センセイと
呼び続けていると、普通の人だったら、途中で
「センセイと呼ぶのは止めてください」と言う
と思うんだけど、茂木さんは言わないということは、
二つの可能性がありますね。一つは、本当に
自分でセンセイだと思っているということ、
もう一つは、そういうことは超越しているということ」

 チョウエツしているかどうかは判らないが、
cobaさんがセンセイ、センセイと言って
いたこと自体に気付かなかった。
 
 PHPエディターズグループの
石井高弘さんとビールを飲みながら
話す。
 もちろん、石井さんとしては
仕事の一環であって、
 本を書いてください、というのである。

 石井さんからいただいたレジュメは、
きわめてシリアスなものであった。

 「こんな企画でいいんですか? これだと、
そんなに売れませんよ」
 「いいんです。売れる本は別にあるんですから。
茂木さんとは、きっちりとした本を作って
いきたいと。」
 「しかしですねえ、書き下ろしの本で、
原稿が止まってしまっているのがたくさんあるのです。
あれと、あれと、あれと、あれと。そうか、
4つか。おかしいな。もう一つあったような
気がするんだけど、何だろう。」
 「ちょっと待ってくださいよ。あれと、あれと、
あれと、あれと。あれ、茂木さん、N出版の
Mさんの本、忘れていませんか?」
 「しまった、そうであった。傷だらけの
マキロンこと、NTT出版の牧野彰久さん
の本があったのだった。つまりですねえ、
石井さん、一冊半年としても、石井さんの
本に取りかかれるのは、2年半後、という
ことになりますね。」
 「でも、順番にやっていく、とは
限らないでしょう」
 「NTT出版には、今度、コムニスという
のの編集会議で行くのです。その時、マキロンも
現れるに違いありません。より根本的な
問題としてはですねえ、石井さん、ボクは、
今後は英語での表現を増やしていきたいと
思っているのですよ。」

 結局人生は毎日選択の連続だから、
何をやるか、ということはきちんと
選んでいかなければならない。

 勉強しなくちゃいけないことも
たくさんあるし、
 その中で、ある意味では必死になって
表現活動をし、人と会い、時にはビールを
飲んで腕立て伏せをしていく、ということに
なるのであろう。
 
 大切なことがあった。

 銀座のソニービルの中の
QUALIA東京が、9月一杯でクローズに
なるというので、
 ピエール・マルコリーニを持って
伺ったのである。
 メールを下さった築澤俊祥さんは
いらっしゃらなかったが、
 カードといっしょに託した。

様々な思いがこみ上げてくる。

 QUALIA東京の皆様、ありがとうございました。

9月 26, 2006 at 07:04 午前 |

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» 不可思議な夢 トラックバック 「パンドラの函」の裏書き
 みなさんは夜寝るとき、どんな夢を御覧になりますか??  私の場合、見知らぬマチやヒロバ、あるいは未体験の異次元世界に行く夢を見る事がアリマス。  ある時に見た夢は、矢切の渡しで川を下り、墨堤(隅田川の堤防)の桜の根元にいる黒衣の人物に会いに言った夢…それは、自分がよく知る人物だったが、…その矢切の渡しの船頭さんの顔があの「みのもんた」にソックリだった。黒衣の人物は脳研究者・茂木健一郎にソックリ(正確に言えば瓜二つ)だった。  また、酒も飲めないのに居酒屋で店員と喋っていたりとか、螺旋階段のあ... [続きを読む]

受信: 2006/09/28 21:13:24

コメント

キズだらけです。はい。
あいかわらず。

とにかく、今年度中には、
なんとしてでも、原稿を書き上げて
いただきたく…。

そろそろ、マキロン(消毒液)では、
手遅れなほど、傷がひろがっております(苦笑)

投稿: マキロン | 2006/09/28 15:36:22

 コメントするのは「わあ、おきれいなかた…」以来かと…。
その間、もちろん毎日欠かさず、日記を拝見していました。

 日記の茂木さんは、毎日元気いっぱい可愛いけれど、
生放送の番組に出演されている時、とてもお顔が疲れて
見えるよお…。

 秋を少し先取りして、髪をオレンジ色のマッシュルーム・カットに
しようと思っているのだけど、茂木さんも気分転換に、ジゲを
お好きな色にしてみたら、いかが~?(あれは被り物でしょ?)

 「茂木さんは私の、(いわゆる)“先生”じゃないから、
“茂木先生”って呼ばないんだも~ん」などと、ガキんちょな私。

 茂木さんのおいしい話、キボンヌ。(ダイエット中ですか?)

 こっちでも、あっちでもお待ちしております、健一郎さま!

投稿: 龍神 | 2006/09/27 6:18:42

なんか、おかしい、と思って見直すと、そう、ウォーホールな外見になっているのに、ポーズがいつもの「茂木ポーズ」なので
なんかおかしい(笑)と思いました。ご自身でそれなりに、自分のウオーホールになりきっていたということでしょうか。
茂木カラーばりばり出すぎです。(笑)


清濁あわせのみ、宇宙のかなたまで伸び行く宇宙樹、茂木殿。
清濁ばっくりあわせのみ、大海原で雄大にいきる茂木殿。
     

投稿: 平太 | 2006/09/27 0:10:55

「傷だらけのマキロン」という言葉がガツーンときました☆
そして笑いました。
類似の言葉とで言うと「ミイラ取りがミイラになる」なのですか??(笑)
茂木先生、いつも笑顔にしてくれてありがとう☆

投稿: おか | 2006/09/26 23:24:56

写真を見て仰天。
おお!も、茂木さんがまっ金髪になっている!

鬘(かつら)なのか、それともブリーチか…。

野口英世に続いて、今度はウォーホルというわけですな。むふ。

本の依頼も頼まれるし、スヤスヤ寝ている人の横でタイプ仕事をばなさっている茂木さん。本当に大変であろうこと、お察しいたします。くれぐれもご無理をなさらぬよう…。

ところで、茂木さんを平素から我々は、「センセイ」と呼んでいるが、当の茂木さんがそれに対して何も文句じみたことを言わないのは、(茂木さんが本当にご自分を“センセイ”だと思う人だとは如何しても思えないので)ご自分が「センセイ」と呼ばれることを超越しているからだと思うのですが。

外は雨が激しく降っている。何卒、お風邪を召されませぬように。

話は変わってQUALIA東京がなんと、この9月でクローズしてしまうとは、このエントリーを見てはじめて知った。マア私も何度か足しげく通って、コンシェルジュの皆様と仲良くさせていただいた。

今思えば、「脳科学」という当時は耳慣れなかった学問、「クオリア」なる、これまた耳慣れない言葉、そしてその脳科学を専攻し、クオリアのなぞを解こうとする、茂木健一郎という不思議な人物の存在を知ることが出来たのも、この「QUALIAムーヴメント」のお蔭である。

早い話が、QUALIAという「鉱脈」をSONYで発見して、そこを辿ったら、茂木さんに巡り合えたというわけである。

そういう意味で、あのムーヴメントは、少なくとも私自身にとっては新しいタイプの知性との出会いの場であった、と我乍ら思うわけである。

そのムーヴメントの発信の場だったQUALIA東京が、9月で閉ってしまう。

私も今月中に訪れて、支配人の築澤様や、コンシェルジュの皆様にいろいろお礼を述べたく思いマス。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/26 18:46:07

>「ボクは、今後は英語での表現を増やしていきたいと
>思っているのですよ。」

Yes, please !!! It's hard to explain about Qualia in English.
But what you are doing is super interesting,
I bet people outside of Japan is also looking for the new land of understanding.

Thank you for sharing your wisdom, art of thoughts, efforts and your passion !!!

投稿: Tropigalia | 2006/09/26 11:25:06

訂正します。

昨日の「糸くずだらけになっていた」のコメントで岡本太郎さんの著作『呪術誕生』を『呪術』と書いてしまいました。
間違えました。大変失礼致しました。

ちなみに、『呪術誕生』は、出版はみすず書房です。ちょっとお値段が高くて3千円です。
本当にゴメンナサイ。

所で、センセイ、と言う言葉、社交辞令的なものと、尊敬からの言い方とあると思います。
私は今、夏目漱石の『こころ』を読んでいるのですが、主人公の書生である私と先生との関係が延々と語られて、「先生」という文字が数え切れないほど出てきます。

初めてこれを読んだのは高校生の時でした。私はこの『こころ』を読んで感動した記憶があるのですが、今、改めて読むと
こういう内容だったのか、と・・・。(まだ、「先生と遺書」の手前です)

私にも若かりし頃、尊敬すべき演劇のセンセイがいて、親よりも年のセンセイを皆は
「欣ちゃん」と友人のように呼んでいましたが、私はいつも
「欣太先生」と呼んでいました。

茂木先生と呼ぶのもやっぱり、尊敬しているから、センセイを付けてしまう訳ですね!

センセイという尊敬の中には、世の中の未知なるものを知っている、大人のお手本、知恵者、自分の長所を発見してくれる期待、そんなのがあるのかも。

アンディ・ウォーホールの変装、オーラがあります!
今度はどんなヘンシ~ンされるか楽しみにしています。

投稿: tachimoto | 2006/09/26 9:57:53

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